会社員と緑の守護者(5)
「さて……森の中をかなり進んだけど……どうする?」
アスカに尋ねるが
「あのエルフ……どこ行った……」
アスカは、さっきから怒りで俺の言葉が聞こえていないようだ。
はぁ……やっぱりこうなったかぁ……
俺は手で目元を覆いながら天を見上げた。朝の感じからこうなるかも知れないなと思っていたけど、悪い方向に予想が当たったようだ。
俺たちは昨日、話し合いの後に領主の館に泊めてもらった。朝早くから出発して、森で起きている異常が何か調査する予定だ。
領主の門にはケニーがグローブの感触を確かめるようにニギニギとして立っていた。濃い茶色の革で出来た装備を着込み、森へと行く準備が出来ているようだ。顔はしかめっ面だが。
「……お前たち、本当に行くのか? 大人しく街で散策でもしたらどうだ? その間に私が森の様子を見て来てやろう。」
「おはよう、ケニー。領主様から依頼されたからな。やるだけのことはやる予定だ。」
俺はケニーの小言を躱して挨拶を行う。隣のアスカはケニーの小言に無言で睨んでいる。
「ふん。弱者ほど無理をするものだからな。それでケガでもしないといいがな。」
そう言ってケニーは領主がいるであろう部屋に向かって敬礼を行い、領主の館を出ていった。俺たちもケニーについていく。
朝早い街は空気が張り詰めるように透き通っている。元々空気に色なんて無いが、木々に囲まれたこの街の空気はミネラルウォーターのようだ。俺の身体が深呼吸して体の隅々まで取り込みたいと思えてしまう。
「ケニー、この街の空気はこんなに気持ちいいものなんだな。」
「そんなに気持ちいいなら、ここにいろ。その間に私が解決してきてやろう。」
「ケニーは森の奥にはよく行くのか?」
「……貴様には関係ない話しだ。」
「森の奥に行くのに何か買っていかないといけないものはあるのか?」
「はっ。いらん心配などするな。弱そうなお前たちが森の奥に行くことなどできまい。せいぜい魔物の胃袋に入らないように森の入り口で弱い魔物でも倒していろ。」
「自分たちの命くらいは自分たちで守るさ。」
「……できればいいがな。」
しばらく歩き、俺たちは街の外に出た。以前入ってきた場所と違い、ここは街のすぐそばにまで森が迫ってきている。森の中に一本の道が出来ているがどこに通じているのだろうか。
「さて、私はお前たちみたいなのろまに合わせるつもりはない。自分のペースで行かせてもらう。」
そう言って、ケニーは突然、走りだした。
「え? ちょっ……」
「待ちなさいよ! ケニー!」
俺はあっけにとられ、アスカは大声でケニーを止めようとした。
しかし、
「ふん。」
ケニーの姿がかすんだと思ったら消えてしまったんだ。
いや、実際には消えていない。どうやら木々から木々に飛び跳ねながら森を進んでいるようだ。それでもよく見ないとわからないほどの速度だ。
「こんなこともできないのか。大人しく私の帰りでも待ってるんだな。ハハハ……。」
「あんな真似できないぞ。」
「悔しい! ディー追いかけるよ。」
俺たちは走って追いかけたが、木々を飛びながら進んでいるケニーに追いつけることはなかった。そしてケニーの姿も見えなくなり、森の中に入ったはいいが、ここがどこなのか分からない迷子状態へと陥ってしまったのだった。
……いつまでも天を見上げていても仕方ない。木々に覆われていてはっきりと空は見えないけど。
「……アスカ、とりあえず落ち着ける場所を探すぞ。夜になる前に見つけないと大変だからな。」
「ぐぬぬ……」
「俺、ぐぬぬって言うやつ初めて見たわ。」
アスカもこのままだとまずいと思ったんだろう。悔しさをにじませた顔のまま付近を捜索しだした。
「何でそんなにケニーに敵対心をむき出しなんだ?」
「あいつがいけ好かないヤツだからよ!」
フンフンと音が聞こえそうなほど鼻息を荒くしているアスカを見て、今回の依頼は大変になりそうだと俺はため息がこぼれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます