会社員と緑の守護者(4)
俺とアスカはウルドの領主様に連れられて領主の館へと入っていった。
領主の館へと入る時、俺とアスカは念入りに身体検査をされ、武器だけじゃなくて鎧まで回収された。
「そこまでする必要あるんですか?」
俺は身体検査を行う兵士に、ついつい尋ねてしまう。兵士もその質問に慣れているのか、俺の身体をパンパンと叩いて不審な物はないかと調べながら答えてくれた。
「以前、鎧に刃物を隠して領主様の暗殺を企てた事件がありましたので。その時は未遂で終わったのですが、同じことが起きないようにと念入りに行うこととなったのです。」
パンパンと最後に足をはたいて、兵士は俺の顔を見ながら真顔で答えた。
……暗殺って……怖いな。
「異常なしです。どうぞお入りください。ご案内します。」
俺とアスカは木々で彩られたアーチを抜け、兵士に連れられて領主の館へと入っていった。建物の中に入ると、ほのかに光る木が照明がわりに使われている。どうやって光っているのか分からない。魔法だろうか。気になるが、また後で確認しよう。
コンコン。
「お客様をお連れしました。」
「どうぞ。入ってくれ。」
兵士に促され部屋に入ると、俺とアスカは口を開けて呆然とした。
領主の座っている後ろの壁、いや、壁ではない。壁のように見える木だ。目線をずっと上に向けていく。どこまでも伸びているように見える太い幹。屋根のように広がる枝葉。例えるなら、『この木なんの木、気になる木』だろう。あれを木の根元から見ているような感じだろうか。
「驚いてもらえたようでなによりだ。この木はウルド。この街の由来となった木だ。精霊が宿っていると言われている木でな。この街を守ってくれている木なのだよ。」
椅子に座った領主が自慢げに語る。
街を守っている木か……たしかに精霊が宿っていてもおかしくないような佇まいだな。見ていると何かチカラがもらえそうな神秘的なものすら感じる。
「首も疲れるだろう。とりあえずは座ってくれたまえ。」
領主に勧められ、俺とアスカはお金持ちの家にある豪華なソファーに座った。向かいには領主、左に婆と呼ばれる女性。右にケニーだ。アスカは右を向き、低い声で唸り威嚇している。落ち着かせようとアスカを手で押さえながら領主に顔を向ける。
ケニーはアスカの威嚇に一瞥したものの、それ以降は領主の顔を見てアスカを無視している。それがさらにアスカの感情を逆なでしているのだが、気にしていないようだ。
「……話しを進めされてもらいますね。」
どうやら婆やと呼ばれる女性が領主に代わって話すようだ。婆やと領主に呼ばれているが、声からするとそこまで年配の女性ではないような気がするな。フードを被っていて、どんな顔をしているか分からないから実際の年齢は分からないが。
「さて、先ほどケニーから届けられた手紙を見るに、あなたたちは魔王討伐に向けて、精霊のチカラを借りる旅に出ているのですね。」
「はい。魔王を倒すには精霊のチカラが必要だとニーケイン様が言っていました。」
俺は素直にうなずく。
「なるほど。たしかにウルドの木には精霊が宿っていると言われております。そのチカラを借りたいということですね。」
「そうです。」
「無理です。」
「無理? 無理っていうのは……」
婆やがてのひらをこちらに向けて話しを止めてきた。どういうことだ?
「……今、このウルドの木には精霊が宿っていないの。」
「……え? えっと……さっき領主様が精霊の宿る木って……」
「宿ることもあった。しかし精霊様は気まぐれだからな。」
領主が話し始めた。
「この木、そしてこの森を作ったのは精霊様だ。それは間違いない。しかし、精霊様は気まぐれで、このウルドの木にいたと思ったら別の場所へと向かってしまい、しばらく帰ってこないこともある。だから今は精霊が宿ってはおらぬ。それをいちいち説明するのは面倒だからな。この木に精霊が宿っていると言うようにしているのだ。」
「えぇ……それなら精霊様を探さないといけないの?」
アスカが尋ねる。
「そう。我々もこの森のどこかに精霊がいるとしか分からないの。」
……この森のどこかって……この森、かなりの広さだよね?
「何か手掛かりはないの?」
「あるが、大体の方向しか分からない。ケニー。」
「はっ。何でしょうか領主様。」
「ケニーに仕事を申し付ける。この者たちと森を探索し、精霊様と出会えるように段取りを行え。いいな?」
「はっ。領主様、お断りいたします。」
……キビキビとした動きで椅子から立ち上がり、気持ちいい敬礼を行い、堂々と……そう、堂々と……断った。こ、こいつ領主からの命令を断りやがった!?
「……どうしてだ? ケニー。」
「はっ、領主様。私には門番という大事な仕事があるからであります。」
「……門番は他にもいる。ケニーである必要はない。」
「はっ、領主様。領主様には無くても、私にはあるのであります。」
「はぁ……」
領主が頭を抱えた。このケニーというエルフは一癖も二癖もあるようなエルフだな。
「……ケニー。」
「はっ、婆や様。どうされたでしょうか?」
「……お願い、この冒険者たちと一緒に森に入ってあげて。」
「…………」
「ケニー、お願い。」
「…………い……分かりました。」
……どういった関係性か分からないが、婆やからの頼みに、ケニーは苦い顔をしながら、しぶしぶ了承したようだ。俺たちもあんまりこのエルフには良い印象がないから苦い顔になってしまうぜ。アスカなんて嫌悪感を隠してもいないし。
「え、このエルフと行くの嫌だけど。」
……はっきりと言うなよ。
「はんっ。この貧弱な冒険者もこのように言っております。私は同行せず、この者たちで勝手に行ってもらいましょう。」
ケニーはこちらに視線を送ってきたと思ったら、見下すような発言をしてくる。
「それはダメ。ケニー、貴方には案内がてら森の不調について調べてちょうだい。」
「それは、冒険者ギルドに依頼を出しております。調査結果を待ちましょう。」
「出しても何も原因が掴めていない状況よ。貴方が調べるべきだわ。」
「調べている冒険者の質が悪いだけでは? 金額を上げてベテランの冒険者に頼むのはいかがでしょうか?」
「それをやっても分からないの。森に詳しいケニーしかできない仕事よ。」
「何の話ししているの?」
アスカが首を傾げながら婆やに尋ねる。
婆やから精霊を探しながら、ケニーと一緒に手伝って欲しい内容があることを告げられた。
森からとれる果物がこの街の特産品で年中色々な果物が取れる。しかし、最近は小ぶりのものが増えてきたと報告があった。乱獲でもされているのかと警戒を強めていたが、管理している土地に関しては特に乱獲されている様子もない。数年は価格に影響が出ないと予測するが、その後は問題となる可能性があるとのこと。そして原因が分かっていない。冒険者ギルドに依頼はしているものの、これといった情報もない。古い文献を調べたりもしたが、特にこれといって対応策があるわけでもない。
「そういう訳で、森に詳しいケニーに調べて欲しいの。その原因の近くに精霊様がいるかも知れないし。」
「そうなんですか?」
「言い伝えによると、精霊様が森の不調を治してくれているそうだからね。可能性はあるのよ。」
「では、明日にでも早速、森の調査を頼む。話しは以上だ。」
そう言って領主様と婆やは席を外して部屋から出ていった。後に残ったのは俺とアスカ、そしてエルフのケニー。
「……」
「……」
殺伐とした空気が流れる。こんな奴と協力なんて出来るのか?
「私は私で調べる。足手まといのお前たちは街でも散策していろ。」
「私たちで調べるからエルフさんは門番でもしてたら?」
「……頼まれたことはこなす。お前たちのお守りは頼まれていないからな。お前たちのことは知らん。勝手にしろ。」
「いいよ。私たちも森の調査頼まれたけど、貴方と協力しろなんて言われてないし。こっちはこっちでさせてもらうから。」
……あぁ、やっぱり。
にらみ合う二人を見て、俺はため息をついた。ウルドの木もため息をついているかのように葉っぱが揺れていた。
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