会社員はⅩⅧ日目に謎解きをする(6)
「いらっしゃい。さぁ入って、入って。あぁ、靴は脱いで上がってね。」
俺たちを迎え入れてくれたのは、着物を着た人形のような女の子だった。
「……どうも。」
「こんにちはぁ~。」
「お邪魔いたします。これは……。」
扉の中に広がっていたのは、ザ・日本という古民家の建物だった。家の中心には囲炉裏があり、串に魚が刺さって焼かれている。
「久しぶりのお客さんで嬉しいわ。とりあえずお茶でも飲んでいきなさい。」
そういって着物を着た女の子は、人数分の座布団とお茶を用意してくれている。俺とアスカ、セバスさんの三人分だ。どうやらもてなしてくれるようだ。
「いただきまぁす。」
そう言って、アスカは靴を脱ぎ囲炉裏の近くに準備された座布団に座り、お茶を飲みだした。
「おい、アスカ。」
「遠慮しなくても大丈夫よ。さぁ、お上がりになって。」
俺とセバスさんは顔を見合わせた。セバスさんはなかなか踏ん切りがつかないようだ。俺は靴を脱ぎ囲炉裏のそばへと向かい。座布団の上へと腰かけた。
「日本人には慣れたものでも、異世界の人は慣れないわね。セバスさんには立ってもらうのも悪いから、そこの縁側にでも腰かけてちょうだい。」
そう言って、囲炉裏から少し離れたところの縁側に腰かけられるように座布団とお茶を女の子が運んでいく。
「あ、これはありがとうございます。」
セバスさんが縁側の座布団へと腰かけたのを見て、女の子も座布団に座り、俺たちに笑顔で話しかけてきた。
「ディー様でしたね。改めまして、私はヨシノと言います。」
「あの、ヨシノさん。急にヨシノさんの声が俺に聞こえてきたのはどうしてですか? それにこの場所は?」
「話しかけるきっかけはディー様が箱の謎を解いたからです。それまでここは閉ざされていました。謎を解いた瞬間、この場所にも時間が戻ったのです。そしてこの場所は、昔に日本から異世界へと渡ってきた私のマスターでもあった日本人が作成した魔法具の中です。」
ヨシノは俺の質問にも笑顔で丁寧に答えてくれた。それにしても、日本人かぁ……。
「そして、ディー様も日本から異世界へと渡ってこられたのですね。」
「……そのみたいです。その、日本人のマスターは今、どこに?」
「私のマスターであったサクラは日本人でした。彼女は山で遭難したそうです。気がつくとこの世界へとやってきて、冒険者を経て貴族へと成り、結婚をして生涯をこの異世界で終えました。」
「サクラ様ですと! たしか、初代領主様の奥方様のお名前で、伝説と名高い冒険者として名を挙げられた方では?」
「セバスさん、よくご存じで。その通りです。サクラはその当時パーティーを組んでいた貴族の男性と結婚をしたのです。あの当時は大変なことも多かったですが、懐かしい話しですね。」
ヨシノが遠くを眩しく見つめるような表情で少し笑いながら話しをしている。昔を思い出しているのだろう。
……それにしても初代様かぁ……どれくらい昔か分からないくらい昔の話しだよな?
「では、サクラさんとはもう会えないんですね?」
「そうですね。サクラはもうすでにこの世にはいません。私もあと少しの命です。」
はい!? どういうこと!?
「えっ? どういうこと?」
「この魔法具を作ってくれたのはサクラです。それから随分と時間が経ってしまいました。サクラが居た頃は箱の中で過ごしていても外の景色が見れたり、話しかけたりできたのです。今ではそんなチカラもなくなり、少しでも長くこの世界に残れるように、謎が解ける人を待っていたのです。」
「なぜそこまで待っていたのですか?」
「サクラに頼まれたからでしょうか。日本人に渡して欲しいものがあると。役目を与えられたのです。全うしてからサクラに会いたいではないですか。」
ヨシノは笑顔で話し続ける。そこにはやり遂げたことに対する誇りが垣間見えた。
ゴゴゴ……
地響きのような音が響いてきた。俺やアスカ、セバスさんは何事かと身体にチカラが入る。
「……時間が残されていません、ディー様。こちらをお納めください。」
ヨシノから渡されたのは、手紙の束と黒い鞘に入った一振りの刀だ。
「これは?」
「サクラから預かった手紙です。日本にいる家族や友人に宛てたものやサクラの活動の日記等ですね。あと、こちらの刀はサクラが作り上げた刀です。本来は精霊のチカラを宿す刀でした。しかし、この箱を維持するのに精霊のチカラを使い果たしてしまい、今では本来のチカラを発揮できませんが、切れ味は抜群です。もし、再び精霊のチカラを宿すことが出来れば、この刀に切れぬものは無いでしょう。」
ヨシノが両手で抱えた手紙と刀を俺に押し与えてきた。俺は受け取っていいものか悩んでいたが、ヨシノの押しに負け、両手で手紙と刀を抱える形となった。ヨシノは俺が両手で持った姿を見て、微笑みながら一歩二歩と下がる。
「さぁ、ディー様。貴方の冒険はこれからでしょう。お身体には気をつけてくださいませ。最後に皆様に会えて、サクラに良いお土産ができました。では、お元気で。」
そう言うと、ヨシノは両手を組み、祈るように両膝を床につけ頭を垂れた。
「ヨシノ様、まだお話しを……」
セバスさんが手を伸ばしてヨシノに近づこうとするが、
ピシッ
まるで時間が止まったかのような音がなり、空気が固まったような感じがした。
パリン
ガラスのような金属のような、そんなものが割れる音が響いたと思ったら、
俺たち三人は箱の囲炉裏から武具倉庫へと景色が変わっていた。
コトン
俺たちの足元には壊れたカギが落ちていた。
俺の手元には手紙と黒い刀があった。
さっきの時間が嘘でないとアピールするかのように、俺の両手に確かな重さを伝えていた。
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