会社員は十日目に簡易キャンプへと向かう(4)
コンコン。
「おぅ、入れ。」
「失礼します。」
「おっ邪魔しま~す。」
俺が丁寧に挨拶しながら入ったのに、アスカは気にすることなくズカズカと入っていく。
「おい、アスカ。」
「元気なねぇちゃんだな。お前もそんなに丁寧にしなくてもいいぞ。」
部屋の中は大きな円卓と、円卓に沿うようにソファーが4脚。円卓の奥には、事務作業を行うためか、社長の机みたいに大きな机が置いてあり、山積みになった書類にサインをしている男性と、その側には女性の職員が立ってこちらを見ている。
「お前がデコト・ボーコでそっちがアスカだな。2人とも手紙の内容は知ってるか?」
書類にサインをしている男性が、サインをしながらこちらを見ずに聞いてくる。
「いえ、手紙の中身は知りません。協力を得られるように手紙を書いたと聞いているだけです。」
「そうか。クラトス様から手紙をもらう経緯を聞かせてもらえるか?」
「それはですね……「アンタ、さっきから聞いてくるけど、誰?」……」
おい、アスカ。ギルド長になんて口の聞き方だ。印象が悪くなるだろ。
「おい、アスカ……すいません。」
すぐに身体と口を抑えて黙らせる。
「だって……んん!」
「いいよ。いいよ。アスカは何でそう思うんだ?」
書類に目を通していた男は書類から目を上げ、こちらを見てきた。
「ん……ぷはっ。だって、書類を見てるには速すぎるし、それに……隣のお姉さんに何度か視線送ってるよね?」
アスカは俺から逃れ、男に向かって言った。アスカの話しを聞いても、俺はそんなの感じなかったけどな。
「ふ〜ん……でもそれって君の推測だよね?」
「そうだよ。だから聞いたの。誰なのって。」
……
音のしない時間が流れた。
その静寂を破ったのは
パチパチパチ……
隣の女性の拍手だった。
「いいねいいね。君のカン冴えてるね。」
「え?」
え? ……彼女がギルド長ってこと?
「騙すようなマネをしてごめんなさいね。ギルド長が女だからって馬鹿にしてくるヤツが多いから、自衛の為にこうしてるの。たまに気づく人がいるのが面白いからね。」
「そう言って、楽しんでるのはギルド長だけなんだからそろそろ止めません?俺もギルド長のフリするの面倒くさいですよ。」
男性が嘆息しながら女性の方を見ながら立ち上がり、話しかける。
「お前の見た目がギルド長なんだから仕方ないだろ。それにお前ぐらいしか暇なヤツがいないんだ、諦めろ。」
「だから、ギルド長が遊びたいんなら、ギルドで職員を雇えと言ってるだろ。見た目がギルド長らしいヤツを雇え。それと俺は暇じゃない。」
ギルド長とニセギルド長が2人で話し始めた。こっちをそっちのけだ。……それにしてもギルド長か……どんな強いか見てみるか。俺はギルド長のステータスを見ようと、言い争いをしている2人を見た。
ドン! バタン!
いや、見ようとしたとたん。俺の視界は防がれ、衝撃が襲ってきた。
「おい、お前。今、何をしようとした?」
かけられた声に気づいた時には壁に押し付けられ、喉元に剣を突き付けられていた。
「もう一度聞く。真面目に答えないと殺すぞ。何をしようとしたんだ?」
「俺は……」
「ごめんなさい! ディーはきっと2人のステータスを見ようとしたんだと思います。悪気はないんです。ごめんなさい。」
「ふ~ん。ステータスを見ようとね……そんなこと出来る人物なんて聞いたことないけどね……デコト・ボーコ、アスカが言ってることは本当?」
「あ、あぁ。その通りだ。」
俺は頷く。
「そう……いいよ、オルガダ。危険はないようだし放してあげな。」
ギルド長がそう言うと、俺を押さえていたオルガダは俺から離れていった。俺は圧迫されていた喉に急に空気が入り込み、せき込む。そんな俺を見てアスカは、俺の背中をさすってくれている。
「……新人君だから教えてあげるけど、スキルを発動しようとすると、今回のように相手に気づかれることがある。どんなスキルなのかは使った人間しか分からないから、人前でスキルを使うと、時と場合によっては殺されてしまったり、罰に問われることになるよ。街中では、できるだけ使わないようにね。」
俺は素直に頷く。
「ちなみに、さっき、この場で俺に殺されていたとしても、お前が悪いってなるからな。気をつけろよ。」
マジか……
「はい。気をつけます。すいませんでした。」
「もぅ、オルガダのせいで新人君が委縮したじゃない。」
「そうですね。なら、俺は首ってことで。」
「いや、新人君には良い教育だった。これからもよろしく頼む。ところで話しを戻すが、領主のクラトスさんから手紙をもらった経緯を教えてもらえる?」
「はい、実は……」
俺は事情を説明する。ギルド長はうんうんと頷きながら話しを聞いてくれ、オルガダさんは書類を眺めてはサインをしていた。いいのか? ギルド長じゃないのに……
「なるほど。別の世界からやってきたというのは、イマイチ良く分からなかったけど事情はよく分かったよ。手紙にも書いてあるけど、協力は惜しまないよ。」
そう言ってギルド長は机の引き出しから紙を取り出し、空中へと投げる。ヒラヒラと落ちてくる紙にペンを走らせ、何かを記入していく。
「ほら、この紙を持っていきな。」
ピッと音がなり、紙がまっすぐ俺の胸元へと飛んでくる。紙を受け取る。内容はこの者たちに装備やアイテムを優先すると書いてある。
「私はギルド長のナルディアだ。この紙を持って簡易キャンプに行けば優遇してくれるだろう。また、簡易キャンプには腕の良い鍛冶屋が常駐している。そこで良い武器を作ってもらうんだ。領主様からのご依頼だ。費用は気にするな。」
「ナルディアさん、ありがとう!」
「……ありがとうございます。」
「うんうん。新人君は元気が一番だぞ。ダンジョンの一件が終われば、また会えるだろう。またその時まで元気でな。」
「は~い。ディー、行こう。」
「おい、アスカ……ありがとうございました。」
俺は一礼してギルド室を後にする。ギルド長とオルガダさんは手を振って見送ってくれた。
ギルドでの用事が済んだ俺たちは、明日の出発に向けて準備をするために街を散策した。
「……オルガダ、どう感じた?」
新人の2人がギルド長のもとを去ってしばらくしてナルディアは話し出した。
「男はまだまだ新人だな。しかし、聞いた話しが本当なら伸びしろはある。これからの成長次第だな。それよりも女だ。アスカって言ったな? あいつは良く分からん。スキルから生まれるってのも良く分からんが、あいつの存在は何だ? 男を押さえた時のあいつの表情は久しぶりに命の危機を感じたぞ。」
「そうだな。私も同じ感覚だ。とっさに身構えてしまったぞ。」
ナルディアは思い出したのか、寒さで震えているのかのように、腕をさすりながら答える。
「お前がそこまでならよっぽどなのだろう。でも、それを男には伝えていないんだろう。男の方はよく分かっていない様子だった。伝えていない理由までは分からないがな。」
「まぁ、何か理由があるんだろう……面白い。これからは気にしておこう。」
「お前が気にするほどか……あいつを紹介したのもそれでか?」
オルガダは筆を止めて、ナルディアの顔を見る。
「いい武器があれば成長の度合いも、また変わってくるかも知れないからな。新人君への投資だよ。」
「……何も起きないことが平和で一番いいんだがな。」
「近くにダンジョンが出来たんだ。何も起こらないことはないよ。」
「へいへい。じゃあ、何かが起きてもいいように書類をやっつけましょうかギルド長。」
「それは君にまかせた!」
「逃がしませんよ。」
「くっ……話してる間に罠を準備するとは……」
「お前が逃げるからだよ。ほら、とっととやれ。」
「い~や~だ~。お~た~す~け~。」
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