会社員は九日目に森に戻る(2)
「本当に大丈夫でしょうか……」
森まで歩いて来て、何度目かの不安そうな声をあげるのはカグヤだ。
「……たぶん大丈夫です。やってみる価値はあるので、ダメで元々と思えばいいんですよ。それを使って成功したら誰もダンジョンに行くことに反対しませんよ?」
カグヤを見て俺は答える。カグヤの手元には弓ではなく、杖……みたいな木の棒を持っている。
何故かと言うと、話しは少し戻る。
領主の館から森に向かう前にステータスの話しになり、ロジャーさんはやはり剣術と盾術を鍛えており、どちらも熟練度が40を超えているとのこと。40から、やっと一人前と呼ばれる部類になるそうで、まだまだ精進する必要があるらしい。
続いてカグヤだが、短剣と弓矢の熟練度がそれぞれ10だそうだ。ロジャーさんに続いてステータスを話す時に下を向いて恥ずかしそうに話していた。
「……その能力で、よくダンジョンに行くって言ったよね。」
それを聞いたアスカは呆れた顔をしていた。俺もよく言ったなと聞いて思ったものだ。そりゃいきなりダンジョンではなくて、森での特訓をするように言われるわ。
「あ、そういえば。ディー様がステータスを見せてくださいましたが、私たちは出来ないのです。私たちがステータスを知るには、教会でお布施をして司祭から教えていただくしか方法がないんです。だから、いきなりステータスを見せられた時はびっくりしました。」
「だから、皆さんポカンとした顔をされていたんですね。」
「まさかステータスを見ることができるとは思わなかったので……」
アスカが恥ずかしさからか、俺のステータスについての話しに変えてきた。そうなのか、皆がステータスを気軽に見れるのかと思ったが、教会で教えてもらうのが一般的なら、いきなりステータスを見せられたら驚くわな。
「……ディーなら、他人のステータスも見れちゃったりして?」
アスカよ、そんな無茶なこと言われても……
名前 カグヤ
レベル 10
ノーマルスキル
短剣 (熟練度10/100)
弓術 (熟練度10/100)
風魔法(熟練度0/100)
火魔法(熟練度0/100)
……本当に見れちゃったよ。どうしよ? 言うべきなのか?
「……何でカグヤの顔を見て……まさか……冗談でしょ?」
「冗談なら良かったんだが……ロジャーさんどうしましょ?」
ロジャーさんに話しを振るが、ロジャーさんも良く分かっていない表情だ。
「どうしましょう……と言うのはどういったことなのでしょうか?」
「本当にステータスが見れたのですが……カグヤって魔法使えるの?」
「私ですか? いいえ。魔法が使えていたらお伝えしていますよ?」
「だよね~……でもカグヤ魔法使えそうだよ。」
「「えぇ!?」」
カグヤとロジャーさんがともに驚く。
「しかも風魔法と火魔法の2種類が使えそうだよ。」
「「……」」
2人とも言葉を無くして立ちすくんでいる。
「……そ、それは本当でしょうか? お嬢様は……2種類も魔法が使えるのですか?」
「こんなことでウソは言わないですよ。でも、2種類とも熟練度が0となっていますね。」
「英雄であるディー様を疑ってしまい、申し訳ありません!」
ロジャーさんがいきなり道で土下座をする。
「ろ、ロジャーさん! いや本当に、本当にやめてください。ほら、街の人がジロジロと見てます。やめてください。」
俺はすぐにロジャーさんを立たせる。
「いえ、こちらも疑ってしまい申し訳ありません。」
再度、土下座をしそうだったので、俺は肩を抑え、土下座を阻止する。街の真ん中で土下座とかやめてくれ! 目立ってしまうじゃないか。
「と、とりあえず落ち着ける所に行きましょう。」
そう言ってこの場をあとにしようとする。
「はっ。分かりました……お嬢様が魔法を使えるのであれば、少し寄りたい所がございます。一旦、そちらに向かわせていただきます。」
「お願いします。」
そう言って声をかけている間もカグヤは驚きで固まったままだった。
その後、ロジャーさんが立ち寄ったのは領主様が贔屓にしている木材店だった。本来だと、杖はその人にあったものをオーダーメイドで作るのが一般的らしい。しかし、すぐには準備出来ないので、トレントという木で出来た魔物の枝を杖替わりにしようと考えたそうだ。
木材店の店主も、トレントの枝は魔力が内包しており、魔力に反応することが分かっているとのこと。杖が折れた魔法使いも緊急の場合はトレントの枝を使うことがあるそうだ。
「本当に大丈夫でしょうか……」
さて、これで冒頭の場面に戻る。
カグヤは教会でステータスを見てもらっても、魔法のスキルがあるなんて言われたことがないので、半信半疑と言ったところのようだった。
しかし、トレントの杖を持って魔法の練習を始めると、才能があることを示すように、杖の先からピンポン玉のような火の玉と、団扇で静かに仰ぐような優しい風が吹いた。
それを見ていたロジャーさんは泣き出し、アスカは「きゃあぁぁ。」と叫びながら喜んでいた。
ロジャーさん曰く、2種類の魔法もしくは、1種類を極めると、魔法使いと名乗れるそうだ。魔法使いの数は少ない上に、領主の娘としてはとてもスティタスになることらしい。
「お嬢様……立派に成長なされて……。」
……こういう役はセバスさんじゃないのか? ロジャーさんは意外と涙もろいようだ。
まだまだ魔法で魔物を倒せる状態ではないが、魔物に攻撃をしないことには熟練度が上がっていかないらしい。
新人の魔法使いを鍛える場合、魔法使いが魔法で先制攻撃をして、護衛の冒険者が武器で倒していくのが一般的なようだ。
「今回はロジャーさんもいるので問題はないでしょう。俺も水魔法の練習をしないといけないので、今日は魔法の熟練度を上げる特訓ですね。」
そう! 俺もさっきから魔法が使えることにワクワクしている。何故なら、俺とアスカも木材店でトレントの杖をちゃっかりともらっているからだ。
ロジャーさんからの森の戦い方のレクチャーを受け、森へと入る。
「前からの攻撃は防げますが、群れの魔物や後方から奇襲をかけてくる魔物もいます。森に入っている間は油断しないようにしてください。」
森での戦い方はロジャーさんが前衛で攻撃を受け止め、残りの3人が魔法や武器で攻撃を行っていくこととなった。
「ロジャーさん、止まって。」
森を進むとすぐにアスカがロジャーさんに声をかける。
「アスカ様、何かいましたか?」
「この先にゴブリンがいるわ……音からして3~4匹かしら。」
その方角を見ると、木の陰にゴブリンが立っているのが見える。こん棒を振り回して辺りをキョロキョロしている。
「ふむ……こんな浅いところに出てくるとは……早速、戦闘の準備を始めましょう。」
そういってロジャーさんが剣と盾をかかげる。俺も杖を構え、戦いに備える。
ふと、隣を見るとカグヤが緊張しているように顔を青くして震えている。
「カグヤ大丈夫だ。さっきの練習みたいに魔法を飛ばして、後はロジャーさんに任せよう。俺も水魔法を使ったら剣に持ち替えるよ。」
「……はい。頑張ります。」
「では、合図しますので、ディー様、アスカ様、お嬢様は魔法を使って攻撃を。近づいてくるまでは打てるだけ魔法を打ってください。近づいてくると私が声を上げながら向かっていくので、皆さんもそれに続いてきてください。」
「「「はい。」」」
俺、アスカ、カグヤの3人は杖を目の前に掲げ、ゴブリンに向かって伸ばした体制で動きを止めて合図を待つ。
張り詰めた緊張感が空間を引き延ばされ、合図が出るまでの一刻の時間がとても長く感じた。
「では……攻撃開始!」
アスカとカグヤから火の玉が、俺の杖からは水の矢じりがゴブリンめがけて飛んでいった。
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