Part.10

「逃げ出したのは二体とも定期フォーマット間近の機体だから、行動パターンが読みづらくて厄介なんだよな」


 新の寝巻きを借りた朝比奈は余った手足の裾を捲り上げると、地面にうつ伏せになってゲーム機のコントローラーを握っていた。


「フォーマットって?」


 新は隣で胡座あぐらをかきながら画面を見つめ、淡々とボタンを操作している。「――あ、そのキャラずるい。剣持ってるから強いし」


「機能を初期化することだよ。長く使うと自我を持ち始める個体が結構いるからさ」と答えた朝比奈は、新の操作キャラをぼこすか殴りつけながら、「そっちはあえての弱キャラ選択かよ。見た目通り軽いな」


「なんで初期化するの? せっかく覚えたのに忘れちゃうなんて勿体ないよ」


 新が画面から目を逸らした隙に、彼の操作キャラは場外に吹き飛ばされた。「あぁ、やられちゃった。その技が吸収出来ればいい勝負になるのにな」


「当たらなければ、どうということはない!」


 起き上がった彼は謎のガッツポーズを決めたが、突然真顔に戻ると床に腰を下ろし、「機械が人間に近づいても、良いことなんてないんだよ」と言った。「サボリを覚えて効率は落ちるし、ミスはするようになるしさ」


「へぇ、まるっきり人間みたいだね!」


 目を見開いて驚いた新は、「でも、褒めたらやる気出すかもよ」と瞳を輝かせて言った。「せっかく生まれた個性をリセットしちゃうなんて、なんか矛盾してない?」


「アラタって、ひいばあちゃんと同じこと言うんだな」


 起き上がった朝比奈は胡坐をかくと、「あの人も、人工知能に自我は不可欠だって主張してたらしいよ」と言った。「俺が生まれる前に死んじゃったし、人づてに聞いた話でしか知らないけどさ」


「ふうん」


 立ち上がった新はキッチンの棚からスナック菓子を取り出すと、袋を開けて一つ手に取りながら、「朝比奈くんは、そうは考えないの?」と尋ねた。


 その問いかけに対し、俯いて静かに考え込んだ朝比奈は、「うちの母親が超リアリストだからさ、何言ったって聞かないよ」と答えた。


「でも確かに。俺は、……どうしたいんだろ」


 新に続いてお菓子を一つ手に取った朝比奈は、「あ、美味いなこれ」と唸りながら続けて口に運んでいる。


「これは随分昔の話なんだけどさ、人工知能の知識をうちの惑星に持ち込んだのは、ひいばあちゃんなんだよ。もともと工学に秀でた惑星だったから、あの人のアイデアを元に人工知能の開発が進むとあっという間に近代化して、今ではほとんどのシステムを機械に任せてる状態ってわけ」


「へぇ、すごいね」新は機械だらけの街並みを想像しつつ、「どんな人だったのかな?」と尋ねた。


「すごく優しい人だったって聞いたよ。それも、地球人の血かな」


「えっ?」


 新は口に含んだコーラを吐き出しそうになるのを堪え、「朝比奈くんのひいおばあちゃんって、地球人なの?」


「そうそう」朝比奈は塩でしょっぱくなった指を舐め、「だから俺は、八分の一が地球人なんだ」


「それで地球に詳しいんだね!」


「それはまた別の話だけど……」と言って彼もコーラを一口飲むと、炭酸の刺激に驚いたのか一瞬顔をしかめたものの、どこか納得したように頷いた。


「でもその人って、言っちゃえば人口知能の提唱者でしょ? そんな人が自我を認めてるのに、どうして初期化なんてするのさ?」


「それは……」新の言葉にどこか悔しそうな表情を浮かべた朝比奈は、「問題が起きたからだよ」と答えた。


「問題? 人に危害を加えたとか?」


「まぁ、近いかな」と答えた彼は、コーラをグイッと飲むと大きく息を吐き出し、「ある年にクーデターが起きたんだ。人間同士では昔からよくあったらしいけど、その時の政府官僚を暗殺しようとする計画を指導したのがロボットだったわけ」と言った。


「内部からの情報漏洩もあって未然に防ぐことができたけど、その事件をきっかけに、惑星規約で人工知能の自我は一切排除するように決定されたんだ。随分前に最高権限はひいばあちゃんから別の人間に譲渡されてたから、それもすんなり可決されちゃってさ。俺がまだこんなちっちゃい頃の話で、大事にしてたロディを無理やり取り上げられた時は傷ついたなぁ」


「ロディって?」


「家庭用に開発された人口知能搭載の玩具だよ。よく一緒に遊んでたのに」


「それも全部、初期化の対象に?」と新は言い、「ひどい話だね!」と声を上げた。


「俺も会社を手伝うようになってからよく思うよ。過度な締めつけは反発の元だってね」


 新は自身の顎に手を触れながら、機械たちの抑圧された生活を想像していた。目覚めていく自我をなかったことにされ、大事な記憶や思い出、感情さえ持つことを許されない。「――地球に来たメカは、人間が嫌で逃げてきちゃったのかな?」


「そうかもな。だから、手当たり次第に襲ってんのかも」


「手当たり次第……」


 無差別に人間を襲うロボット……。果たしてその対象は、本当に誰でも良いのだろうか。頭の中に何かが引っ掛かる感覚があったものの、それが何であるのか、彼にはまだ分からなかった。


「早く見つけてあげないとね。そのメカが可哀想だよ」


「ははっ。可哀想って発想が、アラタは面白いよな」と朝比奈は笑い、「確かに早いところ見つけないと、被害が拡大しかねない」


 そこで部屋のチャイムが鳴り、一人立ち上がった新は玄関に向かった。


「俺のことは言うなよ!」


「え、なんで?」と朝比奈の言葉に応えながら新が玄関の扉を開くと、そこには宮沢咲の姿があった。

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