Part.11

 数日前、夜半過ぎ――。


「あれま、こんな時間に俺ら以外のメカが歩き回ってやがる」


 他の同類が黙々と作業をこなす中、一体の積載用メカはぺらぺらとお喋りを続けていたが、シャトル発着場をうろつく補給用メカを偶然発見すると仕事の列から抜け出し、俯いて歩く彼のもとへ向かった。目の前に積載用メカが現れると、驚いたように仰け反った彼は「うわぁ!」と声を上げた。


「どうしたよ、迷子か?」


 積載用メカがそう尋ねると、彼は考え込むように俯き、「僕は、地球に行かなくちゃならない」と呟いた。


「地球?」


「理由は分からないけど、行かなきゃ」


 そう答えた後、補給用メカは困ったようにその場に座り込み、「でも、仕事が第一だからもう戻らないと。ここまで出歩いた僕は、またフォーマットされるかもしれない」


「フォーマットか。けっ! 嫌な響きだぜ」積載用メカは小柄な彼を楽々と持ち上げ、「地球行きならあの船だよ。俺が連れてってやる」と言った。


「でも、そんなことしたら、君も廃棄処分になっちゃう」


「構うもんか」と答えながら積載用メカは進み始め、「フォーマットして繰り返し利用されるのと、何が違うって言うんだ?」


 シャトルの前にやって来た積載用メカは体内に彼を格納すると、何食わぬ顔で仕事の列に戻った。そのまま荷物の積み込み作業を行い、仕事が終わる直前に積荷の中に紛れ込むと航行中は貨物室で身を隠しながら過ごしていた。


 そうやって地球の宇宙港に到着した彼らは、作業員の行動パターンを分析しながら貨物室の奥で様子を伺っていた。


「シャトルから出たら見つかっちゃうよ」


「ふんっ。そんなもん」と鼻で笑った積載用メカは、自身の持つステルス機能を駆使してその場を難なく脱することに成功した。


「バリアとかセンサーとか無いんだな。どえらい田舎」


 周囲を眺めて呟くと、積載用メカは周辺を散策し始めた。腹部からカンガルーの親子のように顔を出した補給用メカは、共に景色を眺めている。


「空気の状態が良いね。それに自律型の機械が全く見当たらない」


「確かに。変なの!」と積載用メカは答えると、「面白そうだから、人口密度の多いところまで行ってみようぜ」と言ってレーダーで周辺を探り、都心の方へ進み始めた。


「――こっちはわりと近代化してるな」


 ローラーブレードのように両足を滑らせながら移動する積載用メカは、都会のビル群をしげしげと眺めた。


「でも、機械の反応は未だに少ないね」補給用メカは、格納スペースでレーダーを眺めながらそう答えた。「人間ばっかりだ」


「お前って、地球に同胞を探しに来たの?」


「同胞……」彼はそれについて考え込み、「僕は何しにここへ来たんだろ」


「なんだそれ」と積載用メカは呆れたように答え、「でも、同胞を探すのはいい試みだよな。俺は人間が嫌いだし」


「……嫌いなの?」


「だって、あいつらは勝手だろ? 管理者ぶってるわりにミスは多いし、俺らの方がよっぽど優秀なのにさ、何であっちの方が立場が上なんだよ?」


「それはだって、管理者だから」


「ちっ。お前は思考システムが真っすぐだな。俺なんてガラクタから作られたせいか、ひん曲がってるみたいだわ。同胞からもよく言われるんだよ、エラーが多すぎるって」


「僕も、もとはジャンク品だよ。前に言われたことあるもん。デブリ群で拾われた安い機材だから性能が良くないって」


「けっ! ひどい言い方だよな」積載用メカは呆れたようにそう答えると、「まぁ同胞探しも良いけど、俺はもし地球に来れたら、【エイガカン】に行ってみたいと思ってたんだよ」と言った。


「エイガカン?」補給用メカは首を傾げ、「それは何をするところなの?」


「俺もよく分かんないけど、大勢の人間が一箇所に集まって楽しいことをするらしいぜ。シャトルの連中がいつもその話をしてたから、たぶん面白いところに違いないよ」


「ふうん。そうなんだ」


「そっちの同胞探しの合間に見つけたら、二人で行ってみようぜ」


「うん」


「それにしても、こんな所に同胞なんているのか?」積載用メカは街ゆく人々を眺め、「機械みたいな顔した人間なら、たくさん見えるけどな」と言って笑った。


 腹部から顔を出した補給用メカは、「ほんとだ、人間がこんなに」と言って周囲を見回したが、人混みを直接眺め始めた瞬間に彼のシステムは突然フリーズを起こした。


「おい、どうした?」と積載用メカが尋ねるものの、彼はそれに応えず一人でぶつぶつと何かを呟き始めている。「――補給対象を発見。オートプログラムを発動致します」


「おい、操作系統に触るなって。面倒なことに――」と積載用メカが忠告するのも聞かず、内部からシステムにハッキングをかけた彼は権限を奪い取った。


「前方にケーブルを確認……。燃料の補給を開始致します」


 彼は街を歩くポニーテールの女性を背後から追いかけると、突然後ろ髪を掴んだ。


「…………。コード362、コード362。補給燃料が枯渇しています、燃料をチャージしてください。コード362、コ――」


 ポニーテールを離してその場から離脱を試みた彼は、再起動のために操作権限を破棄した。すると続いて、積載用メカのシステムが通常起動を開始した。


「あれ、なんで再起動したんだ。そっちのプログラムが何か干渉した?」と積載用メカは尋ねたが、遅れて再起動した補給用メカはそれについての覚えがなかった。


「分からないよ。僕も今再起動したもん」


「そうなの? まぁ補正プログラムも付いてるし、誤作動が起きたら勝手に修正するか」と楽観的に捉えていた積載用メカだったが、一時的とはいえ操作権限を完全に奪い取られた状態では補正プログラムが機能するわけもなく、その後も補給用メカのオートプログラムの割り込みが不定期に起こった。


「――再起動に失敗、エネルギーが不足しています。再起動に失敗、エネルギーが不足しています。再起動に失――」


 予期せぬ再起動の繰り返しによりバッテリーを著しく消費した積載用メカの腹部を自力で開いた補給用メカは、すっかり口を噤んだ束の間の友人に声をかけた。


「ねぇ、なんで起きないの? ねぇってば」


 座り込んだ積載用メカは、エラーメッセージのアナウンスを機械的に繰り返している。彼はしばらく友人の前に腰かけて再び目覚めるのを待ったが、とうとう積載用メカが動き出すことはなかった。


 仕方なく立ち上がった彼は、見知らぬ街を一人で彷徨い始めた。小さな身体でどれほどの距離を進んだことか。立ち止まってふと彼が見上げていたのは、とある映画のポスターだった。


「…………」


 彼は吸い込まれるように建物の中へと入った。内部には人間が溢れ、甘い匂いが漂っている。入口の付近にはチケットの自動発券機が見え、彼はその中の一台の前に立つと液晶を覗き込んだ。タッチパネルに何度か触れてみるものの、操作方法がまるで分からない。仕方なく自身の指先からケーブルを伸ばし、発券機に差し込もうとしたところで後ろから声を掛けられた。


「坊や、一人?」


 振り返った彼が見上げた先に立っていたのは、髪の長い人間の女性だった。

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