17 オリジン-11-

「お前は矛盾している。人類を維持すると言いながら最後には人間も文化も破壊する。お前を作った人間はそんなバカなことを延々繰り返せと命令したのか?」

「第3ピリオドの結末を見てもまだ理解できないとは。だから人間は我が管理する必要があるのだ」

 わずかに語気を強めた口調は会話の終わりを宣言しているようだった。

 実際、終わっていたのだ。

 クジラが彼らにとって友好的な存在であったなら、多少の口論はあれど得るものはあっただろう。

 しかし現実は甘くはなかった。

 中にいたのは年をとっただけの独善的で融通の利かないロボット。

 神を気取り、空と地上をほしいままに蹂躙するだけの悪の根源だ。

「もういいでしょう?」

 いつまでも無駄話をするな、と言わんばかりにリエは急かすように割って入った。

「妹はどこにいるの?」

 彼女ははじめて個人的な質問をした。

 人間とロボットの間で交わされる言葉の応酬にはもう、何の意味もないと悟ったのだ。

「どうするつもりなんだ?」

 訊き返したのはカイロウだった。

「あなたには関係のないことです」

 突き放すような受け答えはオリジンよりも冷たく、立体感のない響きだ。

 表情にも声にも、仕草にさえ感情が宿っていない。

 彼は察した。

 この有能な助手はきっと、ここに来る前に本人が言ったように不公平を正そうとしているのだ。

 それがどのような手段であれ――自身に向けて掲げた公約を果たすのだろう。

 少なくとも穏便な方法でないことは彼にも想像がついた。

 血の繋がりのない、生き別れた妹に逢いたいと願う姉の顔ではないからだ。

「リエ君――」

 それを止める権利はカイロウにはない。

 もはやここは地上の法が及ばない、天の上だ。

 神のお許しさえあれば、どのようなこともできるだろう。

「お前の妹――デュノワ・カザルスは死んだ」

 だからそれが永遠にできないと告げられた彼女は、呆けたようにオリジンを見つめていた。

「ウソよ……」

「彼女は死んだ。ここに来て13日目に病死した」

 あってはならないことだった。

 姉に不遇の人生を歩ませた妹は、楽園と呼ばれるここで彼女の苦労など微塵も知ることなく享楽に耽っているハズだったのだ。

 そしてその、何不自由なく生きてきたしまりのない顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいと。

 それが彼女――リエ・カザルスがカイロウの話に乗った真の理由だった。

「選定の際の検査で発見できなかったウイルスが原因だ。他の種に感染しないよう隔離したが手遅れだった。稀にあることだ」

 維持管理をプログラムされている以上、一個人の命は尊いが安い。

 デュノワが死亡した穴埋めは既にできているから問題はない、とオリジンは言う。

「遺体は……どうしたの……?」

 こんな人間味のかけらもないロボットが、人間がやるように弔うとは思えない。

 ただ妹が最期、どうなったのかだけは知っておきたかった。

「焼却した。ウイルスの死滅も確認したため、他の物資とともに地上に落とした」

 落とした、の意味をカイロウはすぐに理解した。

 調達屋が恵みの雨と呼んでいる、あのことだ。

(あの中には……そんなものも含まれているのか……!)

 堆積物は鉄板や宝石などの分かりやすいものばかりではない。

 その隙間を埋めるように積み重なった砂礫――。

 そこには誰のものともつかない遺骨や動物の死骸などもあったということになる。

「……そんな、そんなことが…………」

 リエを襲うのは虚無である。

 ささやかな仕返しは、叶わぬ夢と成り果てた。

 振り上げた拳は叩きつける先を失い、憎悪は巡り巡って彼女の元へと戻ってきた。

 次に込み上げてくるのは不思議なことに家族への憐憫だった。

 親の愛情を受ける前に引き離され、こんな作り物の楽園で寂しく死んだ妹への。

 実娘は幸せに暮らしていると思い込んだまま、何も知らずにこの世を去った両親への。

 虚しい情けだ。

 結局、誰ひとり幸せにはなれなかったのだ。

 カザルスの血脈は天と地に散り散りにされ、ひとり生き残った部外者だけが真実を知ったところで何になるというだろうか。

「私には、もう――」

 悲憤の涙を流すリエを見ながら、カイロウは浮かびかけた悪い予感を必死に振り払う。

 楽園の存在が真実であれ偽りであれ、無病長寿が保証されているワケではない。

 考えてみれば同然のことだが彼の意識からは抜け落ちていた。

 クジラに乗り込みさえすれば娘に逢えると信じていた彼は、既に亡くなっている可能性について全く考えていなかった。

 市民を体よく制御するための戯言だと唾棄していたのに、楽園という言葉だけは都合よく聞き入れてしまっていたことになる。

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