17 オリジン-10-

「彼らは基準の1.773倍の速度で技術開発を行い、やがて大量破壊兵器を生み出した。星全体に多大な影響を及ぼし得る戦略兵器だ」

「巨大な爆弾でも造ったのか?」

 オリジンはしばらく黙ったままだった。

 だがこの時代の人間がいっこうに思考力を働かせようとしないので、面倒臭そうに肘掛けのパネルを操作した。

「映像データが残っている」

 正面のモニタが鳥瞰した都市を映し出した。

 美しい港を手前にして高層ビルが林立している。

 空はやはり霧が覆っていて色味だけは閉塞感を漂わせている。

 しかし無数の小舟が空を飛び回り、幾何学的な外観の建築物が立ち並ぶさまは、明らかに現代の技術を超越した世界だった。

 区画整理も行き届いているようで、海側から望むと都市全体が見事なシンメトリーになっていた。

 一見しただけでも今よりずっと栄えていると分かる。

「空を飛ぶ舟に、あんな長いつり橋まで……まるで映画ですね。これがどうなるというのかしら」

 常識外のロボットが目の前にいるのだ。

 この風景も作り物なのでは、とリエは半信半疑だった。

「すぐに分かる」

 彼方の空に白く輝く一点が出現した。

 点は見る間に膨れ上がり、周囲の霧を巻き込みながら迫ってくる。

 眩い光が都市の足元に影を落とす。

 だがそれはほんの一瞬のことだった。

 光は高層ビルを貫きながら、やや離れた山にぶつかった。

 途端、モニタは白一色に染まった。

「これが72時間後だ」

 オリジンが映像を早送りする。

 一面の白はすっかり晴れていたが、代わって映し出されたのは今度は灰色にまみれた何かだ。

 土や石や木をどろどろに熔けるまで焼き、無造作にまき散らされたそれらが冷え固まったような。

 混沌とした大地がどこまでも続いている。

「兵器は地上を焼き尽くし、山を平らげ、海を干上がらせた。大気も土壌も汚染され、ごく原始的な生物のみが活動可能な星に成り果てた」

「信じられない……」

「彼らは自ら滅びたのだ。だが人間を含め、わずかに生き延びた生物もいた。我はそれらをクジラに収容した。

汚染が進み遺伝子が冒されれば種は絶えてしまう。そうなっては目的を達成できなくなる」

 この時だけはオリジンは見事に悲しむ仕草を表現した。

 俯き加減に額に手を当てる所作は、ぎこちなくも人間臭さがよく表れている。

「――ちょっと待て。収容したというのは人間だけではないというのか?」

「ここにはあらゆる動植物のサンプルがある。牛や豚、お前たちが名前を付けていない微生物さえ」

 その意味はカイロウにも理解できた。

 干ばつ等によって絶滅するのを防ぐため、植物の種子を保存するのはよく知られた方法だ。

 ただそれを人間に対しても行うとなるとイメージはつきにくい。

「種ごとに部屋を設け、適切な環境で保存する。人間は最も手間を要するうえに養殖にも向かない。したがって定期的に地上から確保する必要がある」

 悲しむフリはここまでだ。

 オリジンは青白い顔を上げた。

「永い時をかけて星が浄化されるのを待ち、再びそれらを蒔(ま)く。この作業は通常、ピリオド開始と同時に行うがこの回だけは例外だ。

その後は説明したとおりだ。気候を操作し、文化レベルや知識、技術等の適度な発展を促し、人間という種を維持管理する――。

ピリオドを重ねる毎にデータを蓄積し、今ではより効率良く管理することが可能になった――が、今回は再検証する余地があるようだ」

 滔々とした語りは数万年を生きているとは思えないほど淡泊だ。

 悠久の歴史を観測してきた重みはまるで感じられない。

「これでハッキリしましたね」

 蔑むような笑みを浮かべるリエは、改めて部屋を見回した。

 壁一面にモニタがある理由を彼女はようやく理解できた。

「結局、あれがやっているのは私たちと同じなんですよ」

 理解できないのはこのあまりに進み過ぎた過去の技術だけだ。

 たいそうな言葉で語ってはいるが、行動理念は極めてシンプルだと彼女は言う。

「畑に種を蒔いたり、増えすぎた害獣を駆除したり。そうかと思えば絶滅しそうな生物は手厚く保護して個体数を増やす。

山を拓くのも、沿岸を埋め立てるのも、私たちが自分たちのためにやっていること。それをあの――オリジンとかいうのは惑星規模でやっているつもりなんです」

 いわば自分たちはゲームの駒のようなものだと、リエは吐き捨てるように言った。

「そんな理由で人生を弄ばれるなんてごめんだわ」

 精一杯の悪意を叩きつける。

「それは愚かだ。我がいなければ人間は第3……いや第1ピリオドで滅びていた。お前の弄ばれる人生さえ存在しなかった」

 まるで自分に感謝しろと言わんばかりの口ぶりだ。

「つまりお前は、壊して作るを繰り返すのに必要な駒のために、娘を誘拐したのか」

「必要なことだ」

「それはもう聞き飽きた」

 カイロウは思った。

 遠い昔の人間にこれほどの技術があるのなら、なぜもっと話の通じるロボットを作らなかったのか。

 なぜ人間を駒にゲームをするような悪趣味なロボットを作ったのか。

 この場に呼び出して苦情のひとつも言ってやりたいくらいだった。

「役人もお前が操っているのか? 洗脳でもしているのか?」

「そのようなことはしない」

「ではなぜ連中は子どもを取り上げたり、クジラを批判した者を罰したりする!? お前たちが方舟を通して接触しているのは分かってるんだ。

ああ、そうだ! 分かったぞ! あの教団もお前が作らせたにちがいない!」

「それが文化であると根付かせただけだ。文化とは踏襲だ。過去から続く慣習に人間は疑いを抱かない。お前たちのような例外を除いては」

「そうなるように仕向けたのはお前だろう。お前は――」

 彼はいつかデモスがした伝説を思い出した。

 かつて神に挑んだ結果、思い上がりに怒った神に人間が滅ぼされたという話だ。

 神などいない。

 それが愛娘を奪われた彼の揺るぎない観念だ。

 だがこの話とオリジンの言葉を信じるならば、ピリオドの切り替わりは一致する部分がある。

 クジラを神とし、前のピリオドを生き延びた人間から口伝されてきたと考えれば――。

(いや、ちがう。こいつの論理を好意的に解釈してやる必要などない)

 自分もまた駒のひとつだということに気付けば、オリジンは神などではなくむしろ悪魔のほうが相応しいと思い至る。

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