17 オリジン-7-

「――本当なのか?」

「我は虚偽を述べない。事実だ」

 そんなことのあるハズがない。

 世界の常識では4万年前はいわゆるヒトというものの原形がようやく誕生した年代だ。

 そこからの永い時間の積み重ねで今がある。

 人間が存在しない時代に、人間が作った物が存在するなどあり得ない話だった。

 そう反駁しようとして彼は深呼吸する。

「リエ君、私は歴史と音楽が苦手だったんだ」

「私もです。いま必死に思い出しているのですが……」

 もう少し真面目に勉強しておけばよかった、と2人は思った。

「いや、どう考えてもおかしい。4日前の間違いじゃないのか? それでもおかしいことに変わりはないが……」

 訝る2人に対して無表情のオリジンは、呆れているようにも蔑んでいるようにも見える。

「そんな時代から残っているものなんて石くらいだと思うけれど?」

 リエは身を乗り出してオリジンを観察してみた。

 いささか古ぼけたところもあるが、外装には人工的な美しさがある。

「そうだ、そもそもお前の胴体のそれは私が作ったパーツだ。4万年も前なんてありえない」

 カイロウが思い出したように言った。

 あちこちで見かけたロボットも同様だ、と語気を強める。

「経年による劣化で部分的な換装が必要だった。お前たち人間でいう、代謝のようなものだ」

 オリジンは言いながら体のあちこちのネジを締めた。

 その動作は最初に見せた時よりもスムーズだった。

 まるで中に人間が入っているみたいに関節も滑らかに動いている。

 自然な仕草を見て製造年を疑っても仕方がない、と彼は思い直した。

「質問を変える。お前はどういう目的で作られた?」

「それは既に回答した。人間の適切な維持と管理だ。管理とは――」

「ああ、それだ。そのあたりの経緯について訊きたい」

 オリジンは天井の照明を浴びて銀色に輝く五指を閉じたり開いたりした。

「我が創られた時、人間は既に末期だった。資源の枯渇、食料不足、停滞する開発に、終わりのない戦争。

あらゆる生物が死に向かっていた。この星そのものが死につつあった」

「それは……昔の話か?」

「そうだ。それが人間という生物の習性だ。お前たちは多くを生み出すが、最後には自ら生み出したものを用いて自ら滅ぶ。

その時、他の生物――つまりこの星自体を巻き込んでしまう。星にとって人間は癌化した細胞のようなものだ」

「それは言い過ぎじゃないかしら?」

 リエはむっとして言った。

 癌と喩えられて愉快な気持ちにはなれない。

「考えて、工夫して、進歩するのは人間の強みよ。それを――」

「第3ピリオドの顛末を知れば、そうは言えなくなるだろう。だが我を創った人間は賢かった。彼らは滅びを避け、種が存続する方法を考えた」

「それがお前だというのか?」

「そうだ。お前たちにクジラと呼ばせている船も彼らが創った」

 喋っているうちにゆるんできたネジを回しながら、オリジンは2人を凝視した。

「想像もつかないが……昔は今より進んでいた、ということなのか……?」

 カイロウは分からなくなっていた。

 言葉を信じるならオリジンは太古の遺物だが、遥かな未来人と話しているような気分になる。

「進んでいたのは人間の知識と技術だけだ。豊かさは今のほうが指数にして17.63倍は上になる」

 彼は振り返った。

 リエは分からないと仕草で伝えた。

「人間は我に命令した。この星と、人間をはじめあらゆる生物が可能な限り存続する方法を計算し、実行せよと。だからそれに従った」

「何を――」

 カイロウは嫌な予感がした。

 昔、人間が栄えていたのなら、この4万年の間にろくでもないことが起こっているにちがいない。

 たんなる衰退程度なら納得もできるが、オリジンの滔々たる口ぶりからはそうは思えなかった。

「地上を焼き、力のある人間を消去し、文化レベルを下げ、人間の営みを約8千年前に戻した」

 ろくでもなかった。

 だが2人には半分も理解できなかった。

「どういうことなんだ、それは?」

「人間は一度知恵をつけると加速度的に発展する。農業においても商工業においても、この傾向は変わらない。

しかし最後は必ずそれらを用いて自ら滅んでいく。お前が持っている物もそうだ」

 銀色の指が指し示したのは、カイロウが腰に提げていた銃だ。

「武器を作り、兵器を製造した人間はいつか殺し合いを始める。やがて取り返しのつかない状況になっても、それを止めようとしない。

我は人間という生物がそのようにプログラムされた存在だと判断し、文化レベルや技術水準等を総合して進化の度合いを10段階に設定した」

「まるで物扱いだな」

 まだ事態は呑み込めていないが、気分の良い話ではないと分かった。

「そう思うのはお前たち人間の傲慢さが原因だ。その傲慢さが殺し合いの引き金になる、しかし癌細胞と喩えられるよりは愉快だろう」

 淡々と述べるオリジンを見て、リエは気付いた。

 このロボットの話し口調がだんだんと人間味を持ち始めたことに。

 複雑な受け答えはできても所詮は作りもの。

 即座に用意された原稿をミスなく読み上げている印象があった。

 だが、今はちがう。

 人間同士がするような会話の呼吸、言葉と言葉のつなぎ方、それに強弱。

 それらが自然にできている。

 ついさっきはカイロウの不平に皮肉で返していた。

(これが本当に大昔に作られたロボットなの……?)

 リエには信じられなかった。

(だとしたら、どうして私たちと同じ言語を操れるの……?)

 そもそもなぜ会話が成り立つのか。

 そこからして彼女は理解できない。

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