17 オリジン-8-
「――人間の営みは再び狩猟採集の時代に戻り、第2ピリオドが開始された。進化の過程はピリオド1と大きな差異はなかった」
「ピリオドとは何だ? お前を作った者が付けた名前か?」
「周期のことだ。我を創った世代を第1ピリオドとし、周期ごとに回数を重ねる」
「意味が分からない――」
カイロウは首をひねった。
「こういうことじゃないですか?」
リエが不愉快そうな顔で言う。
「あのロボットが人間の生活を壊してから次に壊すまでの期間をそう呼んでいるのかもしれません」
「壊す……?」
「いえ、私も信じているワケではありませんよ。ただ、あれの言い分だとなんというか……砂時計をひっくり返すような感覚ではないかと」
「では壊すのがあいつの目的なのか? ただ壊すだけが?」
「我の目的は人間の適切な維持管理だ。ピリオドの切り替えはその作業の一端に過ぎない」
「壊すのが作業か……?」
賢い者が理解できない事柄を恐れるように、カイロウは理解できない理不尽さに対して憤りを露わにした。
性質の悪い冗談だとしても許せるものではない。
あまつさえそれを淡々と述べる語り口がさらに怒りを誘う。
「人間が、この星が永く存在するためには必要だ。試行を繰り返し、さらなる延命を図るためには」
オリジンは声のトーンを少しだけ落とし、首を横に振った。
止むを得ないと相手に分からせるためには、この仕草が必要だと既に学習していたからだ。
「ちょっといいですか?」
カイロウを押しのけるようにリエが前に出た。
「ピリオドを切り替えると言うけれど、それならその時だけ現れれば済む話よね? だけどクジラは常に飛び回ってるわ。
今の話からどうせ監視するために飛んでいるのだろうと思うけど、他にも何かしているんでしょう?」
資材を運び込んだり、子どもを連れ去ったりする理由がまだ説明されていない。
このことからオリジンはまだ多くのことを隠している、とリエは踏んだ。
「目的達成のために必要なあらゆることだ」
「――例えば?」
「文化、産業、医療、科学技術等のレベルの調整を実施する。これは特定の地域や民族のそれらが、他と大きく乖離(かいり)しないようにするためだ。
発展に著しい差が生じれば侵略や植民地化を招くことはデータから明らかになっている」
「まさかあなたが未開の地に出向いてモノを教える、なんて言わないわよね? その恰好で――」
「我がいるべきはここだ。しかし進化が遅鈍な地には開発や発展の糸口となるものを落とし、それを促す。
お前たちがオーパーツと呼んでいる物も多くがそれだ」
「なら進み過ぎた場合はどうするの?」
「発展を鈍化させる最善の方法は急激な人口の減少だ。これに限らず、人口にはその進化の度合いに応じて適正がある。
人間の数は多すぎても少なすぎても問題を起こす。常に管理しておかなければならない」
「だから子どもを誘拐するのか!」
カイロウは銃に手をかけそうになった。
今は娘を連れ去られた親ではなく、人間のひとりとして怒りをぶつけていた。
「それは人口調整の直接的な作業ではない。生物は栄養が豊富であれば増え、欠乏すれば減る。変化を引き起こせばよい。
このクジラの噴気孔から放出される霧には残留性があり、濃度を操作することで気候に意図した影響を与えることができる」
2人はほとんど同時に声をあげた。
銅褐色のくすんだ空は生まれた時から見ているが、それがクジラによるものだとは考えもしなかった。
世間はクジラを神聖視しているし、まともな親や教育者ならそのような疑いを持たぬよう子をしつけるからだ。
「あなたがやっていたの!?」
「濃度を変えることで作物の豊作不作が制御できる。人口が減れば実らせ、増えれば飢饉を起こす。最も効率の良い方法だ」
「陽が射さないのはそういうことなのか……」
落胆した様子を見せながらも、彼は考えていた。
クジラをどうにかすれば霧は晴れ、環境は今よりずっと良くなるのではないだろうか。
あの箱庭で見たような空の美しさ、緑の瑞々しさを取り戻せるのではないか、と。
「納得いかないわ。私たちの生活は豊かとはいえない。なのに霧はいつまでも空を蓋っているじゃない」
「今はゆるやかに人口を逓減させる時期だからだ。しかし目的はそれだけではない」
「まだ何があるというの?」
「人間は飢えれば恩恵にすがろうとする性質がある。生きるのに必要なものがクジラから降り落ちれば、彼らは勝手にそれを神と崇める。
絶対の存在として崇拝させることでクジラへの叛意を持たせないようにする効果がある」
「見えてきたぞ。だからクジラ教なのか」
彼は舌打ちした。
「人間が勝手に教団を作ったのか、それともお前が作らせたのか。どっちが先かは知らない。そうなるように誘導してお前はそれを利用して私たちを支配している!」
「支配ではなく管理だ」
「同じことだ! 与えたり奪ったりして人間を弄び、挙げ句に弱みに付け込んで神様ごっこだと。私たちをなぶってそんなに楽しいか?」
激昂するカイロウにリエは何も言えなかった。
種類はちがうが彼女も怒りを覚えていた。
こんな機械仕掛けの人形に自分たちの生活を握られていたのかと思うと、殺意に似た感情が芽生えてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます