16 楽園-4-

「これは――」

 隙間から覗く景色に2人は息を呑んだ。

「どうなってるんです? これ……」

 扉の向こうにあるのは村だった。

 青々とした草原が果てしなく広がり、近くには川も流れていた。

 遠くに目をやれば、なだらかな起伏の奥に瑞々しい果実をつけた大樹がそびえている。

 それに寄り添うように人家と思しき小屋がいくつも見える。

 カイロウはその場にしゃがみ、草に触れてみた。

「本物だ……」

 彼は意を決して踏み出した。

 土の柔らかい感触が返ってくるのが靴越しにも分かった。

「大丈夫だ」

 その言葉にリエも扉をくぐる。

 慣れない土の感覚に彼女は落ち着きなく足踏みした。

「この土も草も……あの木もたぶん本物だ」

 カイロウは感嘆の息を漏らした。

 リエはまだ信じられないでいた。

「――空に地面があるなんて考えられません。なんだか足がむずむずしますよ……」

 まばたきひとつする間に足元に巨大な穴が開いたりはしないか、と彼女は怯えた。

「ここまでさんざん歩いてきたじゃないか」

「そうですけど……」

 自分の目で見たものなら何よりも信用できるハズだが、彼女はいまそれすら疑っていた。

 地上の草木はどれもくすんでいて、緑や青という言葉からは程遠い色合いだ。

 手触りもこことは全くちがう。

 家の近くに生えている草は触ると表面がざらざらしている。

 少し力を入れてつまめば、古紙のようにぼろぼろと剥がれ落ちてしまう。

 だからここにある植物はニセモノにちがいない、と彼女は思う。

「こんな美しい緑は――絵でしか見たことがありません」

 絵は写実的とは限らない。

 架空の動物を描くのも、ありえない配色にするのも自由だ。

 リエにはこの風景が、創造力豊かな画家が描いたでたらめな村の絵に見えた。

「そもそもどうして夜なのにこんなに――」

 ふと見上げた彼女は、口にしかけた疑問が無駄だったことに気付く。

 空には太陽があった。

 自分たちがよく知っている空ではない。

 よどみのない、澄み渡った蒼穹だ。

 彼女はますます分からなくなった。

 冷静に努めてきたカイロウでさえ、ぽかんと口を開けている。

「もしや私たちはどこか別の世界に迷い込んだのでは……?」

 彼は慌てて振り返った。

 扉は閉まっている。

 金属製の扉と壁だけが一面にあるせいで、なおのことこの空間が奇妙に思えた。

「そうか、分かったぞ」

 しばらく考えていたカイロウは手を叩いた。

「きっとここは大きな部屋なんだ」

 リエは首をかしげた。

「土を敷いて草木を植えて、小屋を建ててそれから川を――ああ、いや、川が先だな。そのほうが出来上がりがイメージしやすい」

「はあ……?」

「そして最後に小屋を建てる、と。つまりこれは大きな箱庭なんだ」

 これなら空に村があることは説明できる、と彼は得意気に言った。

「――太陽はどうするんですか?」

「太陽……」

「それに川はどこから流れてどこに行くんです?」

 真顔で問うリエに、彼はぎこちない笑みで返した。

(半分はきみのために言ったんだぞ……)

 喉まで出かかっている言葉を呑み込み、カイロウは向こうに見える小屋に向かって歩き出した。

 のどかな風景がどうやら幻ではないと分かると、警戒心は次第に薄れていった。

 少なくとも草木は本物だったから、目に映るものは偽りではないだろうと彼は考えた。

 丘陵を越えると、すぐ傍を川が流れている。

 彼は少し迷った後、思い切って手を入れてみた。

 指先から掌にかけてほどよく冷たい感覚が伝わってきた。

「この川も……本物なんですね……」

「そのようだ。さすがに飲んでみようとは思わないけどね」

 水は澄んでいたので川底の小石や水草まではっきり見えた。

 その流れを遡っていくと小屋に辿り着く。

 木組みのそれは人が住むには充分な大きさで、造りもしっかりしている。

 おまけに自然の風合いも残されていて、牧歌的な風情とよく調和していた。

 カイロウはためらいがちに戸を叩いた。

 しかし反応はない。

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