16 楽園-5-

「誰も――」

 いないようだ、と言いかけた時、戸がゆっくりと開いた。

「突然、申し訳ない。お尋ねしたいことが……」

 様子を窺うように顔を出した家人に、2人は思わず目をそらした。

 全裸だった。

 20歳前後と思われる女は、一糸まとわぬ姿で半分ほど戸を開け、じっと2人を見つめている。

 その表情は怯えているようにも興味を持っているようにも見えた。

「リ、リエ君。きみから頼む!」

「私ですか!?」

「同性だろう。私には無理だ」

「分かりましたよ……。あの、すみません。ええっと――」

 交代したものの、何を訊くべきかさえ考えていなかったリエは会話の糸口をつかめない。

 そもそも同性とはいえ相手が全裸ではまともに顔も見られない。

(とりあえず服を着てください、とでも言うべきかしら? いくらなんでも――)

 突然訪問しておいてそれはないだろうと思いなおす。

「あの、ここはどこでしょうか? 私たち、迷ってしまって」

 言ってから彼女は、自分にウソを吐く才能がないことを知った。

 対して女は仔犬のように首をかしげるだけで無言だった。

 口を動かしてはいるが言葉は出てこない。

 空気の漏れるような高い音が時おり発せられるだけだった。

 リエは反応を待った。

 怪しんでいる様子だが、そこまで警戒はされていないようである。

 敵意がないことを分かってもらえれば、話はできるかもしれない。

「あ……あー……」

 しばらくして女が声を発した。

「あ、う、あーー……」

 だが言葉にはなっていない。

「けして怪しい者ではありません。道を教えていただきたくて――」

「んー……み……?」

 女はリエを真似るように不自然に唇を動かしている。

 しかし期待していた答えはいつまで経っても返ってこなかった。

「ドクター」

 背を向けているカイロウに言う。

「もしかしたらこの人は……口が利けないのかもしれません」

「そうなのか?」

「ええ、多分。というより言葉を知らないのかも……服を着ていないのもそういうことかと」

 女は今も何かを喋ろうとしている。

 しかしこれ以上粘っても埒が明かないと悟ったリエは、成り立っていない会話を切り上げようとした。

 突然の訪問を失礼した、という気持ちを伝えたいが、言葉が分からない相手には言っても意味がない。

 リエは手を振ったり、両掌を突き出したりした。

 そのうちのどれかが正解だったようで、女はにっこりほほ笑むと戸を閉めた。

「どういうことなんだ……?」

「私たちを騙すために広められたウソだと思っていましたが……ここは本当に楽園なのかもしれません――」

「まさか――」

 そんなワケがないと、と彼は突っぱねようとしたが、彼女があまりにも真剣な表情だったので言えなくなってしまった。

「改めて見てみるとこんなに美しい自然があって、きれいな水も流れていて、それにこんな粗末な小屋なのにほとんど傷みもありません」

「それは、そうだな……」

「草木が生い茂っていて、空気も淀んでいません。さっきの人が裸だったのは、ここがそういう気候だからじゃないですか?」

「気候?」

「つまり暑くも寒くもないんです。服を着る必要がないくらい、温度も湿度も適しているんですよ」

 カイロウは唸った。

「だからといって裸というのは……羞恥心くらいあるだろう」

「ちょっと信じられないことですが、そういう観念がない、と考えれば理解できます」

 リエは天を仰いだ。

 ここがクジラの中ならば見えるのは天井のハズだが、あるのは青い空と眩し過ぎない太陽だった。

「私たちは服を着ていない状態を恥ずかしいと感じますが、きっとここではそうじゃないんです。あれが当たり前なのでしょう」

「よく分からないな。誰だって裸は恥ずかしいだろう?」

「そんなことより人ですよ。さっきの人は方舟で運ばれてきたにちがいありません」

「私もそう思う。思うが」

「クジラに選ばれるのは赤ん坊ばかりなんです。ここでさっき言ったような育ち方をすれば、ああなるんですよ、きっと」

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