15 翔破-7-

(本当にしつこいわね……!)

 追跡者は風下にいる。

 それがリエに味方した。

 風に飛ばされないよう箱の突起に手をかけ、懐に収めていた銃を構える。

 彼女はためらわなかった。

 引き金にかけた指は何の迷いもなく弾丸を発射させた。

 だが間に割り込むように転がってきた飛行機の胴体が邪魔をした。

 ぐるりと回転しながら滑るそれは、テラの目の前で止まった。

 胴体下部からはみ出たケーブルが床の突起物に絡みついている。

「リ、リエ君! 撃つのはまずいぞ! 当たりどころが悪いと爆発する!」

 カイロウはコンテナの側面をよじ登るように移動した。

 突然の障害物は、テラにとって風を遮る盾代わりとなった。

 風の勢いが衰えたこの隙にと、さらに床をたぐる。

 リエは舌打ちした。

 ここからでは残骸が死角になってテラを狙えない。

 移動しようにもこの強風では自殺行為だ。

「当てなければいいんですね!?」

 彼女は銃口を左にずらし、絡まったケーブルを狙って撃った。

 乾いた音が風にかき消された。

 ケーブルが千切れ、支えを失った残骸が風に舞う。

「なん――!」

 一瞬、鈍い音が響く。

 片翼を回転させながら吹き飛ばされた胴体は、テラもろとも穴の向こうへと吸い込まれていった。

 間もなく口は塞がり、風は止まった。

「なかなか……スリリングでしたね……」

 強風が収まっても2人はまだコンテナにしがみついたままだった。

 しばらくして何も起こりそうにないと分かると、ようやくその手が離れる。

「半分はきみのおかげさ――」

 暴風が過ぎ去った後の辺りには塵ひとつ落ちていない。

 あるのは床にぴたりと張り付くように積み上げられたコンテナだけだ。

「あれは口を閉じる時に異物を吐き出すための仕掛けらしいな」

 他にどんな仕掛けがあるか分からない。

 2人は壁伝いに奥を目指した。

「私が言えたことではありませんが、あの人には悪いことをしました」

「止むを得なかった。彼も私たちも信念に従って行動したまでだ」

 ここまで来て、今さら振り返る必要はない。

 あの追跡者は彼自身が言ったように仕事をしただけだ。

 その結果、夜の空に落ちていった。

 それを誰にも批難される謂れはない。

「あの模様は何だろう?」

 目を凝らすと、ずっと向こうの床に奥に向かって伸びる何かが見えた。

「模様というより溝ではないですか? レールのように見えますけど」

「言われてみれば……コンテナを運ぶ貨車でもあるのだろうか?」

「そもそもここ、クジラの中、ですよね? どうしてこんな倉庫みたいな造りなんでしょうか?」

 彼女はどこかでは、クジラに対して幻想的な内装を描いていた。

 これほどの巨体が休みなく飛び続けているのだから、原理も技術も自分たちとは別次元のものだという考えがある。

 もしかしたら超常的な力を持っているとか、あるいは皆がそう呼ぶように本当に空を泳ぐ哺乳類なのではないか。

 リエの中ではいくつもの可能性があった。

 ただひとつ確かなのは、クジラがどのようであれ自分の人生にとって幸福をもたらすものではなかったということだ。

「ドクターは何だと思いますか?」

 いくら考えても答えは出てこないので意見を求めたが、

「私はクジラの姿をした誘拐犯だと思っているよ」

 どうやら彼は娘のことで頭がいっぱいのようだ。

 さらに歩を進めていくと、大きな扉が見えてきた。

「あの方舟はここを通ったのでしょうか?」

「それくらいの高さはあるな。でもこの広さだから、他にも似たようなものがあるかもしれない」

「どうします? 押してみますか?」

 リエが壁面のパネルを指差した。

「大丈夫だとは思うが念のため……きみも」

 カイロウは近くにある支柱に手をかけた。

 仕掛けが作動してまた強風でも吹いてはかなわない、と一応の警戒をしておく。

 が、その心配は杞憂に終わった。

 パネルに手を触れると扉は音もなく開いた。

 何かが飛び出してくるかもしれないと構えたが、特に危険はなさそうである。

「あ、待ってください」

 リエが銃を差し出した。

「お返しします。前を歩くならドクターが持っていたほうがいいかと」

「あ、ああ……」

 カイロウの脳裏にコルドーを撃った瞬間のあの光景が蘇った。

 彼は死んではいないが、引き金を引く重みはそう簡単に克服できそうにない。

「……? ためらいがあるのでしたら私が――」

 だが先ほど、止むを得なかったとはいえその役をリエに負わせてしまった。

「いや、いい。私の役目だ」

 それを考えると拒む資格はない。

 自分のわがままに付き合ってくれる助手に、何度も手荒な真似をさせるワケにはいかなかった。

「よし、行こう」

 服越しに感じる銃の感触に勇気をもらうようにして彼は扉をくぐった。

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