15 翔破-6-

「リ、リエ君……無事か……?」

 コックピット内で揺さぶられたカイロウは前後の感覚が曖昧になっていた。

 とりあえず背中に鈍い痛みがあることから、生きていることだけは実感する。

「え、ええ、少し呼吸が止まりましたが……大丈夫です」

 それは大事ではないかと言いかけた彼だが、声を聞く限り問題はなさそうなので良しとする。

「とにかく出よう。今の衝撃で燃料が漏れているかもしれない」

 2人はベルトをはずしてコックピットの外に出た。

 足を下ろした先は堅く冷たい金属の感触を返してきた。

 目が慣れてくると上空に人工の物と思しき光源があるのに気付く。

「ここは……クジラの中……?」

 リエは目をこすりながら辺りを見回した。

 彼女の背丈ほどもある大きなコンテナがあちこちに山を作っている。

(倉庫みたい……だけれど……)

 異常な広さである。

 向こう側にあるハズの壁が見えない。

 天井の高さも相俟って、ここが”内側”であるという実感が湧かないのだ。

 が、間違いなくクジラの中であると明らかにするものが背後にあった。

 外へと続く巨大な穴だ。

 その奥は夜空と同じように黒一色に染まっている。

「漏れてはいないようだが……参ったな……」

 カイロウは大破した飛行機を見てため息をついた。

 翼が折れ、車輪も吹き飛んだ機体は、焼け焦げた胴体に片翼のみという無惨な姿を晒していた。

 破れた底部から剥き出しになったケーブルの類が絡み合い、まるで臓物がはみ出ているように見える。

「無事ならこれが帰りの手段になったのだが……」

「仕方ありませんよ。帰るときは方舟に乗せてもらいましょう」

 疲労から彼女が大息した直後だった。

 主翼の残骸の陰に動くものがあった。

 突然の物音に2人はそちらを凝視する。

 そこには左腕を失くした追跡者がいた。

「あ、あのとき……落ちたハズですよ……!?」

 リエは後退った。

 さすがに生きているハズがない。

 今度こそ幽霊だと彼女は思った。

「ああ、私も死ぬかと思ったぞ」

 テラは不細工な笑みを浮かべた。

 かろうじて残っている右手も、高熱を発した機体を掴んでいたために鉤爪状の指が熔けてしまっている。

 既に身を包むコートもなく、生身と金属が入り混じった継ぎ接ぎの肉体が露わになっていた。

「すさまじい執念だな……」

 カイロウは近くに武器になりそうな物はないか探した。

「叛逆者を捕らえるのが私の仕事だ」

「どうやって私たちを差し出す? まず地上に戻る方法を考えるのが先じゃないか?」

 こんな不気味な男に睨まれてはかなわない。

 彼はどうにかこの場をやり過ごす方法を模索したが、

「それは貴様らが考えればいい」

 仕事熱心な傭兵には通用しなかった。

「よし、よし、ではこうしよう。私たちが無事に帰る方法を探す。その代わり私たちには手出ししない。これでどうだ?」

「叛逆者の提案は受けん」

 テラが一歩を踏み出す。

 チタン製の脚部が小さく悲鳴をあげた。

「頭の固い人ですね……体は……それ以上みたいですけど」

 リエは反射的に目を背けた。

 彼が生きていようが死んでいようが、まるで亡霊にまとわりつかれているみたいで気分が悪い。

 いっそ車に撥ねられたときに死んでいればよかったのに、とさえ彼女は思ってしまった。

「貴様に受けた傷は忘れんぞ。貴様は協力者だが――生かして連れ帰るのはひとりで充分だ」

 緩急をつけない物言いに彼女は震えた。

 だが数秒もしないうちにバカバカしくなって怯えるのをやめる。

「あなたには何もできないわ。その手じゃペンを持つことさえ不可能よ」

 見たところでは膝を故障しているのか、歩き方もぎこちない。

 残っているのは執念だけで、もはや脅威にはならない。

 そう考えるとリエは強気に出られた。

「どうかな?」

 テラは右手を切り離した。

 手首にあたる部分から新たに一回り小さな鉤爪が覗いた。

「と、取り消すわ……ずいぶん便利な体みたいで……」

 ぎこちない笑みで皮肉たっぷりの賛辞を送った時、”地面”が激しく揺れ出した。

 それにあわせて奥から強風が吹き付ける。

 2人は咄嗟に近くにあったコンテナに飛びついた。

「口が閉じるぞ!」

 ごうごうと地鳴りのような音を響かせ、巨大な穴が下からゆっくりと閉じはじめる。

 吹き付ける風はさらに強くなった。

 折れた翼が紙切れのように舞い上がり、穴の外に吸い込まれていく。

「なんだというのだ……これは……!」

 テラは床のわずかな隙間に爪を喰い込ませた。

 少しでも気を抜けばたちまち吹き飛ばされそうだ。

「手を離すんじゃないぞ! 口が閉じるまでの辛抱だ!」

 穴は徐々に狭くなっていき、風はさらに勢いを増した。

「この箱、大丈夫ですか!?」

「ここにあるんだから多分、大丈夫だ!」

 必死にしがみつきながらカイロウが叫ぶ。

 目を開けていられないほどの強風だ。

 獣のような唸り声も聞こえてくる。

 風になぶられながらリエが見たのは、爪を這わせてなおも迫ってくるテラの姿だった。

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