13 復讐鬼-5-

「………………」

 冷たい水が喉を刺激する。

 一時的に体温が下がったことで、カイロウは少しだけ冷静さを取り戻した。

 しかし元より冷静だった彼女には効果はない。

「ところで、リエ君。何か悩みがあるみたいだな。私でよければ相談に乗るぞ」

 これで主題は彼女に移った。

 あとは相談に乗るふりをして先ほどの追及を有耶無耶にすればいい。

「ドクターはクジラに対してどのように考えていますか?」

「どういうことだい?」

「普通の人はクジラを疑ったりしません。信じるか、信じているふうを装います。あれこれ調べることもないでしょう」

 リエはどうしてもその方面に話を持っていきたいようである。

「もちろん、ここの関係者は別です。私だって好意的には見ていません。むしろ憎いくらいです」

「自然な感情だな。私たちはそういう集まりだから」

 ダージやネメアに対しては絶対に言えないことだ。

 非合法の集団という閉鎖的な組織の中ではある意味、胸裏を吐露し合える家族以上の強い結びつきがあった。

「私には双子の妹がいた――らしいんです……」

 呟くようにリエが言う。

 過去形であったから幼い頃に死別したのだろうとカイロウは思った。

「1歳になる少し前、妹は楽園に行きました。両親はそのことをとても喜んでいました。カザルス家の誇りだ、なんて言っていましたね」

「やはり、そうなるのか」

 ありふれた話だが、その親の気持ちをカイロウは理解できない。

「でもそれは私への責めにもなったんです」

「…………?」

「妹はクジラ様に選ばれたのに、お前には何もない。ただの凡人だ。姉として恥ずかしいと思わないのか――他にもいろいろ言われました。

口を開けば私と妹を比べる言葉ばかりでした。母にも父にも、一度も褒められたことはありません」

 リエはぼんやりとした表情で手にしたグラスを眺めている。

 半分ほど入っていた水が照明を受けてきらきらと輝いていた。

「それでも世間体もあってか、学校には通わせてもらえました。卒業するまでは衣食住も最低限の面倒は見てもらってたんです」

 子の親に対する言い回しではない。

(話から察するに、彼女のことを実娘とは見ていなかったのだろうな)

 狂った価値観だ、とカイロウは思った。

 運良くクジラに選ばれずに済んだ子をどうして可愛がらないのか。

 既にひとり、育もうにも連れ去られてしまった子がいるというのに。

「ご両親は……?」

「死にました。5年前に父が事故で死に、母は半年くらい前に病死です」

 かける言葉は見つからなかった。

 常識的にはお気の毒に、と決まり文句を囁いておけばいいが、この場合は事情が異なる。

 両親の死をあっさりと口にできる彼女の心情に寄り添おうとすると、陳腐なお悔やみは逆効果かもしれない。

「母の死を看取りましたが、あの人は最期まで妹のことばかりでした。まるで私なんてはじめからいないみたいに――」

「そうか……」

「結局、私は一度だって両親に愛されたことはなかったんです。あの人たちが可愛がっていたのは妹だけ。あんなに楽園行きを誇っていたのに……。

当人たちはあっさり死んでしまいました。これって幸せだと思いますか?」

 カイロウは答えに窮した。

 この質問にはいろいろと必要な単語が抜けている。

「む、まあ、長生きが幸せとは限らないからね。娘さんがクジラに選ばれたというだけでも幸せだったと言えるかもしれないな」

 リエの肩を持とうとすると両親を貶さなければならなくなる。

 それができない彼は無難な受け答えで躱すことにした。

「私はそうではありませんでした」

 口調が変わった。

 身内の死さえ滔々と語っていたリエが、明らかに怒りを滲ませている。

 その理由はすぐに彼女自身の口から語られた。

「世間ではクジラ様がどうだのと言っていても、病気や事故から守ってくれるワケではありません。

幸せだったのは妹だけなんですよ。遠く離れても親に愛されて――私なんて傍にいても邪険に扱われていたというのに……」

「それはたしかに……そうだね……」

「彼女は今ものうのうと楽園で暮らしてるでしょうね。あらゆるものに満たされている世界らしいですから」

 そうか、これが彼女がここにいる理由なのか。

 カイロウは初めてリエのことを知った。

(自宅の居心地が悪いというのも、これで納得がいくな)

 よほど両親と妹を恨んでいるにちがいない、と容易に想像がつく。

 怒りはその不公平をもたらしたクジラに対しても向けられているのだろうとも。

「あなたが何を企んでいるのかは分かりませんが……」

 彼女の声はまだ怒気を孕んでいる。

「クジラに何かするつもりなのでしょう?」

 答えるべきか、カイロウは迷った。

 きっと彼女の中ではもう解答が出ていて、この質問はたんなる答え合わせでしかないのだろう。

 彼にもその程度は分かっているが、正直に答えるのが正しいのかどうかについては戸惑いがある。

「私にも手伝わせてください」

 眼差しは真剣だ。

 身の上話をした後での懇願だから、相当な覚悟であることは明らかだった。

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