13 復讐鬼-4-

「ドクターなら辞めたぞ」

「あなたのことを言っているんです」

 責め詰るような口調で言うと、彼女はふっと息を漏らした。

「施術を止めたあとも出入りしていることは知っています。ご丁寧に裏口から。何かあると思うのが普通ではないでしょうか?」

「……それが不審人物なら、そうだな」

 カイロウは無意識に作業場への扉を塞ぐように移動した。

「同じことですよ。それに――私にだって人並みに好奇心くらいあります」

 互いの視線が交わる。

 目を逸らしたほうが敗けだ。

 カイロウは彼女の瞳を見つめた。

 力強い光の中に諦観と猜疑心が混じり損ねたような輝きがある。

「何を企んでいるんですか?」

 よく気が付く助手というのはこういうときに厄介だ。

 言葉を飾るどころか選びもしないから、追及された側は躱すのが難しくなる。

「私は何も――」

 企んでいない、という否定の言葉は、

「ウソです」

 という間髪を入れず放たれた彼女の凛然とした声に阻まれた。

「クジラに関することですね?」

「いや、いや……思いちがいだぞ、きみの――そんなことは……」

 カイロウは滑稽なほど狼狽した。

 彼女との付き合いは仕事の上だけ。

 プライベートな事柄は互いに何も知らないハズだ。

 こんな風に詰問される謂れはない。

「すみません、偶然とはいえ見てしまったんです」

「何を……?」

 声が上ずる。

 冷静になれと言い聞かせても、早鐘を打つ鼓動は収まってくれない。

「あなたが人を雇ってクジラについて何か調べているのを」

「ああ――」

 彼女はカマをかけているワケではなかった。

 口をすべらせる効果を狙って知った風を装っているのではない。

 本当に見ていたのだな、とカイロウは諦念した。

 雨を調べていた時か、方舟を追っていた時か。

 どちらにせよ言い逃れるのは難しいようである。

「あなたが雇ったのは私の知り合いなんですよ」

 カイロウは訝しんだ。

 彼女はこんなに他人の事情に踏み込むような人間だっただろうか。

 たとえ好奇心を持っていたとしても、それを理性で抑えることができるのがリエという女だ。

「面識があるとは知らなかったな……彼は口が堅いハズだが、何か聞いたのか?」

 ダージのことは信頼していた。

 多弁だが、仕事に関することでは秘密を守れる人間だと思っていた。

「私の知人は女性ですよ」

「ネメア君のほうか……」

「ええ。私は何も聞いていません。訊いても教えてくれないと思います」

「そうだろうな」

 ならば言い訳くらいなら可能だ。

 が、ここまで疑われているのなら潔白だと言い張るのは無理だろう。

「ドクターを困らせたいワケではありません。ただ、知りたいだけなんです」

「もう充分すぎるほど困っているのだが――」

 言ってから彼は噴き出した。

 これでは認めているのも同然だ。

「特にクジラに関することなら、なおさら……」

 リエは目を伏せた。

 その仕草の微細な変化に、カイロウは彼女が何かを抱えているらしいと悟る。

 施設に出入りする人間の多くはクジラに悪感情を抱いている。

 彼女もその一人だと考えれば不思議ではないが、他とは質の異なる想いを持っているようだった。

「ここで話すようなことではないな。場所を変えよう。休憩室がいい。きみからもいろいろ聞かせてくれ」

 我ながら上手い切り返しだ、と彼は思った。

 休憩室に誘うことでこの場を離れることができるし、一度会話が途切れれば話題を変えることもできる。

 彼女が何を考えているのか分からないうちは、秘密を吐露するワケにはいかない。


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