9 観測-4-
「オレはそろそろ行きますが、どうします? ダンナもついてきますかい? もし――」
腰が抜けたのならネメアとここで待っていてもいい、とダージは言った。
「いや、私も行こう。さすがにもう、さっきみたいな目には遭わないだろう?」
カイロウは頬をさすった。
出血はしていないようだが、指が触れるとわずかに痛んだ。
クジラが向きを変え、彼方の空へと泳ぎ始めた。
「ああ、でも油断はできねえ。今度は”落ちているもの”に注意だ。そこらの物に不用意に触らんでくだせえよ」
歩き慣れていない彼に配慮して、ダージたちはゆっくりと山に近づいていく。
途中、何人かの調達屋を追い抜いた。
横目に見ると彼らは跳ね飛んできた恩恵に負傷したらしい。
収獲を選ぶか、引き返して病院に向かうかで迷っていたようだった。
「あれは運が悪かったんですな。もうちょっと待っていればよかったのに」
だからといって彼らは素人ではない、とダージは付け加えた。
実際、その他の運の良い連中は既に山の中腹あたりに陣取っていた。
降ってきたばかりの恩恵だから選り取り見取りだ。
調達屋にはそれぞれ専門があるため、ここで奪い合いになることは滅多にないという。
ダージは山には登らず、裾野付近で仕事を始めた。
「ここでいいのかい?」
「今日狙うのは主に石なんで、あんまり上のほうに行っても儲けにならねえんですよ」
「そういうものなのか」
「デカくて形がいびつなやつは山頂から絡まりながら落ちてくるから、中腹あたりはスカスカの荒地になるワケですわ。
で、その隙間をころころと転がってくるのが――」
足元の土を少し掘ると、緑色に輝く小さな石が出てきた。
「――って寸法だ。この辺りは宝石の山ですぜ」
1時間もしないうちにダージが持っていた袋はいっぱいになった。
「さって……収獲が終われば長居は無用だ。ネメア、頼むぜ」
「ええ、無事に町まで送り届けてあげるわ」
ここからはネメアの役目だ。
調達屋がこのタイミングを選んで集まっていることは当然、賊も知っている。
スマートではないが四方に殺気を放ち、絶えず威嚇するくらいでちょうどよい。
「楽しんでくれましたかい? お仕事体験ツアーは」
「ああ、きわめて有意義だったよ。いろいろ分かったこともあるし――いろいろ訊きたいことも見つかった」
「そりゃ良かった! オレも連れてきた甲斐があるってもんですわ」
当初の不安は消え失せ、彼はすっかり上機嫌だった。
「いくつか質問してもかまわないか?」
「なんでも訊いてくだせえ。オレに分かることなら全てお答えしますぜ」
すぐ後ろにはネメアが控えている。
会話で多少注意が疎かになっても問題はないだろう。
「クジラはいつもあの方角から来るのか?」
「確実とは言えませんが、だいたいは――そうですな。オレたちは方角に関しちゃあまり気にしてないんですわ。
クジラ様がどこから現れようが、雨を降らせる場所は決まってますからね」
彼らが聖地と呼んでいる場所は町はずれに数カ所あり、クジラはそこ以外では恵みを降らせないという。
「方角は分からないが、来るタイミングは分かる……ということかい?」
「ああ、それはちょっとちがいますな。オレたちゃ事前にクジラ様のルートを手に入れてるんで、それを見て計画を立てるんですわ」
見せてほしいとカイロウが頼むと、彼は懐の奥深くにしまっておいた紙を開いた。
この町を中心に半径数十キロメートルを描いた地図だった。
聖地が赤で塗りつぶされており、それらをいくつかの線が結んでいる。
各拠点にはクジラが到着した日時も記されており、かなり精緻に作り込まれている。
「あっちこっちからクジラ様に関する情報を集めてルートを予測するんでさ。ほら、この前に言った情報専門の調達屋。
最近じゃいくつか法則みたいなものも分かってきて、けっこう高い確率で先回りできるんですぜ」
「なるほど……ということは私たち以外にいたのも――」
「ここに目星をつけたんでしょうな。クジラ様はあの後、西に向かって泳いで行きましたから、その情報も今頃は売買されてるハズだ」
”クジラの恩恵は最後は必ず処分できる”
以前ダージが言ったことだが、カイロウはその意味をようやく理解できた気がした。
「もうひとつ、周りを見ていて気になったことがある。連中が一気に飛び出した時だ。危険な行為だが、彼らが動いた直後に放出が止まった。
もしかしてあの雨が止むのが分かっていたのか?」
「ダンナ、よく見てますね。ひょっとしたら調達屋の才能があるかもしれませんな」
地図を再びしまいこみ、ダージは小さく咳払いした。
「実はそのとおりなんで。お恵みが降ってくるのは180秒から200秒の間と決まってるんだ。20秒も幅があるならタイミングを特定できないって?
これにも秘密がありましてね。直前の雨から今回の雨までの移動ルートや期間から予測ができるんですわ」
彼が言うには、クジラの遊泳速度が一定なのに対して聖地間の距離はそれぞれ異なるため、ルートによって雨が降る間隔は異なるという。
「今回、クジラ様は北の市から真っ直ぐに来ましたからね。それで一番短い180秒だと予測ができるワケですわ」
カイロウはそっとクロノグラフを取り出して盤面を見た。
手動のため多少の誤差が生じたようで、179秒と記録されている。
「なるほど、いろいろあるんだな」
聞けば聞くほど興味惹かれる話だった。
カイロウはそれらを全て書き留め、彼が何気なく述べた一言すらも逃さず記した。
必要な情報は揃いつつあった。
まだまだデータと検証が必要だが、着実に目標に向けて進んでいる。
そう実感できることが彼は嬉しかった。
「――というところですが、他に知りたいことはありますかい?」
ダージは訊けば多くを答えてくれた。
業界の裏も表も、彼はよく知っているようだった。
カイロウはこれを機会にとネメアにもいろいろと質問したが、彼女は見た目に反して口が堅かった。
とはいえ人を避けている様子はなく、親しくなれば会話も弾みそうである。
「2人とも、感謝するよ。有意義な一日を過ごせた」
ダージは大量の宝石を手に入れたことに気を良くしていたが、カイロウにとってこの仕事体験ツアーはそれ以上の収穫だった。
「あ、そうだ。ダンナ、海底資源に興味はありますかい?」
「なんだそれは?」
「南の海に巨大な遺跡が見つかったんですわ。大昔に沈んだといわれる伝説のイグリット島じゃないかって噂されてましてね」
その方面に疎い彼は相槌すら打てない。
「で、そこに莫大な宝が眠ってるらしい、なんて話があるんです。情報筋によれば金銀財宝はもちろん、希少な金属もあるとか」
「沈没船か何かじゃないのかい?」
「規模がちがいますわな。町ひとつ入るくらいのデカさなんでさあ。巨大な部屋がいくつも見つかって、人が住んでた形跡もあるらしいですぜ。
調達屋の仲間がお宝の回収を計画してるんで、俺も乗らないかって誘われてるんですわ。上手くいけばかなりの稼ぎになるって」
ダージは嬉々として語るが、カイロウはまるで魅力を感じなかった。
少なくとも彼にとっては今日のツアーで得たもののほうが何倍も値打ちがある。
そのことを伝えるとダージもそれ以上は誘わなかった。
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