第14話 先輩と邪念


「じゃあ、私は先に帰るね」

「あ~い。また明日ね~、桜ちゃ~ん」


 まだ学校に用があるという礼菜さんに手を振って、私は教室を出る。

 廊下を歩きながらスマホで時間を確認した。

 今日のゲーム内での待ち合わせは17時。帰ったら着替えて、それから――


 まるで、小学校の頃の、将棋をやっていた頃に戻ったみたいだって、たまに思う。

 授業が終わって、通学路を歩きながら、ゲームで遊ぶことばかり考えている。


 私にはもう、そんな時間は訪れないんだって思ってた。

 服を見たり、カフェの新作メニューを飲みに行ったり、あるいはつまらないバイトに駆り出されたり――そういう、よくある女子学生の放課後しか過ごせないんだって思ってた。


 別に、それだって悪くはないと思う。

 だけどやっぱり、私の魂が求めているのはあのワクワクで。

 それに付き合ってくれるのは、それを許してくれるのは、それをわかってくれるのは、今となっては先輩しかいないのだ。


 先輩、今日は何をしたいって言い出すかな。

 メインクエストの続きも楽しみだけど、あの武器の情報も気になってたみたいだし。

 私も、街の路地裏にあるあのお店のことが気になって、ちょっと調べてみたい。


 オープンベータの期間も残り少ない。

 心残りがないように、隅々まで遊ばないと。

 私は――私たちは、自由なのだ。


 そして私は、校門を出た。

 そこで。




 の姿を見た。




「ねえ里央くん。昨日の公式生見た?」

「いや、新キャラの画像は見たけど」

「スキルのムービー超エモかったよ~! ほら、第3章のあのシーンの――」


 何かゲームの話をしながら、姫乃先輩が、古霧坂先輩の肩に軽く触れながら、歩道の先を歩いている。

 初めて見る、姫乃先輩の表情だった。

 同好会の男子会員に向けていた、ちょっと作ったような笑顔とは違う。

 もっと自然で、もっと純粋で――


 ――まるで、先輩とゲームをしているときの私みたいだった。


 その顔を見た瞬間に、私は理解した。

 姫乃先輩も、見たのだ。

 ゲームをしているときの先輩の横顔を――私たちが忘れかけていた、失いかけていたあの輝きを、見てしまったのだ。


 だったら。だったらもしかして。

 姫乃先輩は、私みたいに子供じゃなくて、もっと大人で、だから、もしかして――


 視線の先で、姫乃先輩が、先輩の腕に自然と腕を絡ませた。


 ――付き合ってる、のかな。

 私と違って、姫乃先輩はきっと、そういうのをわかってる。

 気が合う男子がいたら、まごまごせずにさらっと告白して、恋人にしてしまうかもしれない。

 先輩も……断る理由はないはずだし。

 姫乃先輩は、可愛くて、気が利いて、スタイルが良くて……それに、同い年だし。


 気付かないうちに足が止まって、先輩たちの姿は雑踏の中に消えていった。


 先輩は変人で有名だけど、基本的には人見知り。

 姫乃先輩も仲良くなりたい相手にはフレンドリーだけど、普段はすごく控えめで、学校では目立ってないはず。

 だから……すごくお似合いに見えた。

 先輩は、リアルで私と一緒にいるときは、どこか居心地悪そうにしてるのに……姫乃先輩には、そういう感じがなかった。


「……………………」


 たぶん、私と姫乃先輩の、どっちが先輩と付き合ってるか――と聞かれたら、大半の人は姫乃先輩だと答えるだろう。

 私は学校のお姫様で、先輩は変人のゲーム王子で。

 私たちが自分で決めたことじゃないけど、世間的にはそういうことになっているから。

 私と先輩では、いろんな意味で、釣り合いが取れていない……。


 ……私、何考えてるんだろ。

 私は別に、先輩と付き合いたかったわけではないはずだ。

 むしろ、そういう目で見てこないからこそ――アナログゲーム同好会の先輩たちみたいに、私を女の子扱いしないからこそ、先輩と一緒にいるのが楽しかった。


 だったら。

 関係ないはずだ。

 先輩が、どこの誰と付き合おうと。


 ショックを受ける理由なんて――どこにもない。


「……ふう……」


 息をついて、息を吸って、涼しい秋風を身体の中に入れる。

 17時。

 遅れないようにしなきゃ。








「よっす。先に来てたか」


 宿の前でぼーっと待っていると、先輩が出てきてそう言った。

 私はアバターを振り返らせると、一呼吸だけ置いて、


「私を待たせるなんて贅沢ものですね、先輩? 次からお金取りますよ?」

「別に遅刻はしてねえんだからいいだろ」

「でもいつもは先に来て1人で何かやってるじゃないですか。……今日は、何をしてたんですか?」


 姫乃先輩と一緒に帰った……後。

 何か……してたのかな。


「何をって……別に」


 先輩の声は、いつもより歯切れ悪く聞こえた。


「家に帰って、ちょっと一息つきたいときくらいあるだろ。部屋でダラダラしてただけだよ」


 どこか、言い訳がましい。

 ように、私には聞こえてしまった。


 姫乃先輩と遊びに行ったの?

 どこに行ったの? カフェ? ゲームショップ?

 もしかして……先輩の家?

 ネット越しにはわからないだけで、今も先輩の部屋に、先輩のすぐそばに、姫乃先輩がいるの?


 私の知らないところで何を話してるの?

 どうして私には教えてくれないの?

 どうして私を……仲間外れにするの?


 先輩はもう、姫乃先輩のほうが大事なの?

 私のことは邪魔なだけなの?

 私には興味、ないの?


 先輩は。

 もう。

 私とは。




 やだ。




「先輩?」


 私自身も知らないようなところから、声が出ているのを感じた。


「ダラダラするなら一緒にダラダラしましょうよ。寂しいじゃないですか……」

「寂しい? なんかわざとらしいな」

「本音ですよぉ。それとも、私と話してると緊張しちゃいますか?」


 みだりに異性を勘違いさせないように。

 細心の注意を払って避けてきた声色が、言葉遣いが、堰を切ったように出る。


「可愛いですね、先輩♥ 直接顔が見れないのが残念です♪」

「緊張なんかしてねえっての」

「そうですか? ……私は、ちょっとだけ……ドキドキしますけど……」


 心の蓋を開けて、思わせぶりに気持ちを覗かせて。

 気を惹きたい。

 知ってほしい。

 見てほしい。

 1秒でも長く。


「……? お前……」


 先輩はちょっとだけ、怪訝そうな声を出した。

 私はそれに気付かないふりをした。


「先輩っ! 今日は私の用に付き合ってもらっていいですかっ? 前から気になってたところがあるんですっ!」

「あ? ああ……」


 今だけは私の時間だ。

 渡さない。

 誰にも渡したくない。








 2時間くらいいつものように遊んだところで、お母さんからご飯に呼ばれた。

 一時中断だ。

 MMOのコアタイムはむしろこれから。いつもはお互いに夕食を済ませた後、9時か10時ぐらいに改めて集合する。

 今日も、私はそうするつもりだった。


「じゃあ先輩、ご飯が済んだらまた――」

「……お前さ」


 別れ際の、先輩の言葉さえ、聞かなかったら。


「今日……なんか、媚びてないか?」

「……、え?」


 夕暮れに遷移しつつあるゲームの街の中で、先輩はどこか言いづらそうに続ける。


「いや、あざといのはいつものことなんだが……今日は冗談っぽくないっつーか……首の後ろがざわざわすんだよな」

「そ……そうですか?」

「そうだよ。なんか気持ち悪りいぞ」


 ――気持ち悪い。

 ――気持ち悪い?

 ――気持ち悪い…………。


「まあさっきも言った通り、いつも通りっちゃいつも通りなんだけどな――おい? どうした?」


 私はそれ以上、何も言えなかった。

 黙ってゲームをログアウトして、しばらくパソコンの前でじっとしていた。


 ゆっくりと、椅子から立ち上がる。

 ふらふらと部屋の中を歩いて、ベッドに倒れこむ。


 何を……何をしてるんだろう、私は。

 先輩は、純粋にゲームを楽しみたいだけなのに。

 そこに、勝手に邪念を持ち込んで。


 認めたくなかった。

 ずっと気付かないふりをしていた。

 だって、私自身が求めないものだったから。

 そんなものに煩わされずにゲームがしたいって、誰よりも私自身が思っていたからだ。


 なのにさっき、『気持ち悪い』って言われたとき、決して重い感じで言われたわけじゃないのに、胸の奥にずんって鉛みたいなものが落ちてきて、どうしようもなく気付かされた。

 


 私……先輩に、恋愛感情があるんだ。


 

 私と先輩の関係は、もっと純粋で、もっと透明で、思春期の面倒臭さから解放されたものであるべきだって、そう思っていたから、認められなかっただけで。


 

 私はとっくに……先輩のことが、好きになってしまっていたんだ。


 

 ……浅ましい。

 情けない、不甲斐ない、気持ち悪い……。


 先輩は、あんなに純粋なのに。

 私だけ、こんなに欲望だらけ。

 こんなのイヤだ。

 こんなのダメだ。



 

 こんな私は――先輩に、ふさわしくない。



 

「――桜ー? ご飯はー?」


 お母さんの声が聞こえる。

 10秒以上かけて、ベッドから起き上がる。


「……食べるー」


 ドアを開けて、リビングに向かう。

 その日はもう二度と、パソコンの前には座らなかった。

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