第12話 思わぬ出会い、心強い言葉を少女がもらう噺

 亀甲船の出港よりしばらく前の事。


 少しばかり時間が取れそうなので、単独行動を取る事にしたミル。


 都市の中央にあるという広場へやって来た。


「あなたがこの海底都市一番の鍛冶師さん?」


 地面に直に腰を降ろし、立て札には“道具類の修理賜る”の文字。


 しかしセイラの話によると、かなり厳しい目で、客を見定めるという話。


「はじめまして、ミレファール=フランセーレといいます。あなたにお願いしたい修理があるのですが、よろしいでしょうか?」


「依頼品を見せてもらおうか?」


 散切り頭の白髪に、伸び放題の白い髭、強面の厳しい表情によく似合う渋い声をしている。


 ミルは初見だが、老人はジャパニで作務衣さむえと呼ばれている仕事着姿で、正に頑固一徹と言った風体だ。


「これなんですけど」


 ストレージからグレートソード、ブランシュカを取り出し、老人に手渡す。


「綺麗に手入れが行き届いておるな」


「大事な剣だったのですが、私の腕が未熟で、この有様です」


「いや、これを見れば分かる。お主は……貴方様は見事な業を身につけておいでだ。まさかこのような地で、このように拝顔を賜れようとは……」


「やはりあなたは剣聖ミハイル=バファエラ様ですね」


 天上界を去り、この大海洋界に身を落としたと聞いてはいたが、まさかこの海底神殿で隠居生活ではなく、鍛冶師として剣に携わっているなんて……。


「ブランシュカはまだ死んではおらん。これなら打ち直しは可能だな」

「それでは?」


「数日は時間を頂くが、元に戻して見せよう」


 固い表情を崩し、笑顔で快諾してくれるミハイル=バファエラ。


「良かった。もしあなたに修復を断られたら、ブランシュカを諦めるしかないと思っていたので」


「これほどに道具を大事にする者の頼みを断る理由はありはせん。なにより貴方様は、その名に恥じぬ成長を遂げられている」


 その身を鍛えず、道具に頼り、また道具を大切にしない者を認めず、依頼人を選ぶと言う噂は、剣聖とまで謳われた者の信念そのもの。


 ミル自身は覚えがないが、ミハイルはミルの事をよく知っている様子。


 しかしそれとは別として、彼女は鍛冶師の眼鏡に適った。


「ミナ……、おほん! ミレファールと申したか? お主は剣鬼と相見えたようだな」

「お判りになるのですか?」


「切り口があまりにも見事だ。そしてお主もあやつの刀をへし折ってやったようだな」


 もちろんミハイルが知らぬ剣豪と打ち合った可能性もあるが、可能性だけを言えば、知己の剣鬼によるものと考える方が、しっくりきただけの事。


「あの爺さんも元気そうだな。全く忌々しい」


「そう仰いますが、剣聖様は何故天使におなりにならなかったのですか?」


 それはただの興味本位だった。


 他意はなかったのだが、ミハイルは険しい表情で、口をへの字に曲げ、眉間に深い皺を刻んだ。


「あの、何か不味い事をお聞きしましたか?」


「いや、ただ長命を得るとか、全盛期を長時間も保てるとか、そのようなものに興味などなかったからな。聖人などと言う肩書きも要らぬ。所詮は人種ひとしゅだ。ならばこの大海洋界でただの人種ひとしゅとして、余生を送るというのが一番であろう」


 少し考えてからの応答、本心を話してくれてはいるのだろうけど、何か隠し事もあるようだ。


「もし時間があるようなら、お手合わせをお願いしたいのですが」


「なに、このような老いぼれに気を遣う必要などないぞ」


「いいえ、剣技とは力のみにあらずです。学びの機会があるというのに、みすみす見逃す事はできませんから」


 ブランシュカを受け継ぐ者として、ミルはそれに相応しい業を取得したかった。


 まさかのこの様なところで、そのチャンスに出会えたのだ。


「名実共に、あなたの愛剣を我が物とする為に」


 そうまで言われては、ミハイルも突っぱねてばかりもいられない。


「いいだろう。ではこのブランシュカを元通りに、いやそれ以上の仕上がりで返してやろう。それを受け渡す時に、この老いぼれが、体力の限りに指南して進ぜよう」


 ミハイルはブランシュカを自分のストレージに納めて、腰を上げた。


「どうだ。俺の工房にくるか? なんならお主の持つ道具を、全て打ち直してやってもいいぞ」


 随分と上機嫌で立ち上がった老人は、年齢を感じさせない筋骨隆々、身長も高く、厳つい表情以上の威圧感が襲ってくる。


「あの、これから直ぐにまた、仕事になると思いますので」


「なんだ、この様なところに来てまで仕事とは?」


「確かに私の目的はブランシェカの事だったのですが、外では魚人の大群が押し寄せていると、大騒ぎしてまして」


「なに? それはまた随分と大事になっているではないか」


 もしかしたらミルは、してはならない話をしてしまったのかもしれない。


 今の事態を知るのは、この都市の統治者と軍人のみ。一般人には何も知らされていないのだとすれば、軽はずみな言動が大きな問題になる。


「ああ、あの知らなかったのなら、その……」


「慌てずとも良い、誰にも漏らしたりはせん。そうか、お主もその戦場に。だが人種ひとしゅではこの海底でできる事など……」


「安心してください。私には心強い仲間がいっぱいいますから」


 ミルはブランシュカの事をミハイルの任せ、亀甲船のある港に向かった。

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