第10話 出航直前、可能な準備は整った? 噺

 間もなく出発の時間。


 ウイックは苦労の末、水の中でも前に進む術を身に付けた。


『もうすぐ出航だって、ウイック戻ろう』


『ちょっと待った。最後にこのままでも、秘術が使えるか確認させてくれ』


『了解、じゃあ一本だけね』


 水の中とあって、あまり被害を出さない為に、“光束こうそくの秘術”を真下に放つ事を選択。


 数匹の魚がこんがり焼けて浮かんできた。効力はそんなに減衰することもないようだ。


 光の筋は海底に向かって伸びていった。


『成功だね。それじゃあ今度こそ戻るよ』


『わ、分かった。すまんが引っ張っていってくれねぇか』


 港でアンテが貰った潜水服。


 風の護符のお陰で、顔を完全に覆う透明のかぶと、潜水帽の中は空気で満たされている。


 呼吸を気にすることなく、顔に水を浴びる事もない。


 着ている服も特殊で、勝手に沈んでいく心配をせずに済み、水の冷たさも感じない。


 手足を動かす事で思った方向に進むし、意識すれば、自由に沈んでいく事もできる。


『スマンな。こいつのお陰で水に怯える必要はなくなったが、もっと自由に泳ぐには時間が掛かりそうだ』


 桟橋に上がっても、そのまま普通に陸の上でも自由に動ける。大した優れものだ。


「もう少し時間があれば、ウイック用にいろいろ手を加えられるんだけど、今はこれを五人分貰えたって事で良しにしておいて」


 竜人化するマニエルには、自由に潜水のできる能力がある事が判明したが、念のために五人分を亀甲船を調べた代金に頂戴し、急ごしらえながら、長時間呼吸可能にする付与を持たせた。


「なぜ私の分がないのだ」


 と言う苦情は姫様。マニエル分を渡してもいいが……。


「姫様なら必要なら依頼すれば、いつでも使わせてもらえるんじゃないのか?」


 親衛隊の二人もカザリーナにしても、伯爵に顔の利く面々は、必要なら直ぐに使わせてもらえるだろう。


「それではアンテ殿の付与を受けられんではないか! なぁ、伯爵。我々の分も貰い受ける事はできないだろうか? もちろん料金は支払う」


 ここ数日で分かった事、アーチカ皇女は公務を第一に考えてはいるが、根っこの部分は冒険を望み、アクシデントを求めるタイプ。


 但し万全を期して、危険を未然に回避する、安全第一主義という性格のようだ。


 異空間ストレージのユニットも持っていて、中には治療薬や飲料水と保存食をたくさん用意している。


「私、戦闘には不向きかもしれませんが、治癒能力には自信があります」


 人魚のセイラ=アリエルザが改めて自己紹介をする。


 初めて潜水服を着たウイックに付いて海へ、そこで魚に変化した下半身も見せてもらい、その泳ぎも見惚れるほどに見事だった。


「防御障壁もソフィーリアで私の右に出る人は……、補、補助術式もけっこう使えるんですよ」


 妙なアピールは全て、ウイックに向けられている。

 あからさまな不快感を示す三人を抑えて、一歩前に出るミル。


「ちょっとセイラ、貴方が何を考えているか知らないけど」

「うっさい、黙ってろオバサン」


「オバ!? コホン、……いい貴方、このパーティーはね」


 一歩から一気に数歩、3歳年下の人魚の眼前まで、鬼気迫る表情で詰め寄る。

 その圧にセイラは仰け反った。


「ここは確かにウイックがリーダーだけど」


「そうなのか?」

「ややこしいから、あんたは黙ってろ」


 ウイックは口の中にナイフを放り込まれ、喋りたくても喋れなくなった。


「私達は何を決めるにも、全員で話し合ってるからさ」


 ほとんどはウイックの行動に、賛成するか否かを確認しているだけなのだけど。


「それに、見てるとどうやらウイックに好意を持ったみたいだけど、この子達はそれ以上の想いを抱いてるんだから、あまり露骨に色目使うんじゃあないわよ」


 一触即発、とまでは行かなくとも、爆発寸前の少女達に目を向けてウインクをする。


「なによ。だって悪いのこの人でしょ! 人のオッパイやお尻をあんな風に……」


「その抗議も分かるけど、ここにいる人はほとんどみんな、こいつの毒牙に掛かってるからね」


「そんなに節操無しなの? なぁ~んだ。ちょっと気持ちよかったから、唾つけとこうと思ったんだけどなぁ」


 復活したウイックは、目の前に人魚のオッパイがあったので、つい手を伸ばす。


「……、ふふっ、やっぱり誘惑しちゃおうかな?」


 ミルの神業でウイックの左手首のみを切り落とすまで、感触を喜ぶセイラがまた色目を向ける。


 いつまでもくだらない事を続けてはいられない。

 ミルには出発前に確認しておきたい事がある。


「海底都市、ソフィーリアに神業を持つ鍛冶師がいるって、聞いたんだけど」


「鍛冶師? ああ、あの変人じいさんの事かな」

「変人?」


「とにかく偏屈でね。自分が気に入った相手の、気に入った道具しか預からないの。それでいつも金欠でギリギリの生活してるのよ」


 それでも腕は立つとあって、海底都市では、誰もが知る有名な頑固者なのだそうだ。

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