第9話 がーるずとーくに、花を咲かせる噺

「なんかいっぱいすごい話を聞いたわね」


「そうですね。私なんてずっと神殿の護り手をしていただけだったんで、なんだか冒険家の方に憧れを抱いてしまいました」


 場所を変えて、客室にある応接セットのソファーに座り、食後のデザートとお茶を楽しみながら、三人の少女はテーブルを囲んで座談会を始めた。


「ねぇ、あなた」


 最初は穏やかに軽口を叩き合っていたが、ウイックの仲間になったと言う二人をじっくり観察していたマニエルが、表情を強ばらせてイシュリーを睨み付けた。


「どうかされましたか?」


 殺気にも似た緊張をぶつけられ、イシュリーは身構えた。


「ウイックのお嫁さんになるって、本気で言ってるの?」


 ああ、なるほど。これは所謂小姑の品定めというやつだ。


 ティーカップを口元に運び、息を呑んで見届けるミルは、心の中でイシュリーにエールを送った。


「ウイックのお嫁さんになるのは私なんだからね」


 しかしマニエルの口を吐いた言葉は、想像とはかなり違っていた。思わず咽せてお茶を溢してしまう。


「あっちゃ!?」


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫。ごめんね」


 イシュリーはテーブルの端っこに置いた布巾を手に取り、マニエルは立ち上がり、直ぐにタオルを持ってきてミルに渡した。


「ありがとう。すごいわね二人とも、私じゃあそんなに咄嗟に動けないかも」


 タオルで口元を拭い、布巾でテーブルを拭き、改めて腰を落ち着ける。


「えっと、これってウイックを求めての宣戦布告って事で、再開してもいいのかな?」


 場の空気をリセットしようと、不自然ながら軌道修正をしようとするミル。

 しかし空気を戻すなんて適うはずもなく。


「ごめんなさい。貴方が悪いって事でもないのに、食って掛かっちゃって」


 毒気を抜かれたマニエルは素直に謝罪し、改めてイシュリーにウイックのどこに引かれたのかを聞き直した。


「最初はただ、ウイックさんの遺伝子を、獣王として望みました」


 格闘技を極める事を目的とし、日々修練を続ける人生、イシュリーも年頃になり、色恋事に興味も抱いていたが、理想は自分より強い事、それ以外の基準を持ち合わせてはいなかった。


「こんな私をウイックさんは、女として好ましいと仰ってくれました」


 それまで自分の貧相な体つきを、コンプレックスにも感じていたのに、あんなに優しく体を弄ばれた事が、何より嬉しかった。


「精霊界でゴロツキさんに恥辱を受けそうになった時、助けて頂いて、ドラゴンとの闘いでも……、私の心はウイックさんに奪われてしまいました」


 物語の勇者に夢を描いてきた少女は、理想のヒーローが目の前に現れ、白昼夢を見ているかのように目を輝かせている。


「この短期間で、あいつの事をそんな風に見られるなんて、恋って本当に盲目なのね」


 呆れて物言えぬ、出てきたのはそんな皮肉の言葉。だが自覚のない深層では、ミルもイシュリーを羨んでいた。


「なるほど、ウイックの事をお婿さんに。って言うだけの事はあるわね」


 マニエルは感心して首を縦に振っている。


 同じ話を聞いているのに、捉え方は人それぞれなんだなとミルは思った。


「あなたは? マーニーはウイックのどこに惹かれてるの?」


 聞いているだけで、くすぐったくなるイシュリーの告白は、それはそれで好感が持てた。


 あれだけ体いっぱいの愛情表現ができるマニエルは、一体どれだけの想いを抱いているのか?


「決まってるじゃない。カッコいいからよ」

「えっ? カッコいい?」

「そう、カッコいいでしょ」


「その他は?」


「だからカッコいいからよ。この町にもいっぱい同年代の男の子はいるけど、どいつもこいつもウイックの足下にも及ばない」


 目の輝きはイシュリーのそれとよく似ているものの、その表現方法があまりに稚拙で、子供じみている。


「誰もウイックみたいに秘術も使えないし、ウイックみたいな博識でもないし、誰も面白い冒険のお話できないもの」


 この子は確かにウイックの事が好きなのだろう。けど何かが違う。


 恋愛経験のないミルだけれど、マニエルのこれは、それこそ絵本の世界に想いを寄せているようなものに感じる。


「あなたはウイックの妹さんよね?」


「それがなに? 血は繋がってないんだから問題ないでしょ」


 常識だけはあるようだが、肝心な部分が間違っている。だけどミルにはそれをどう表現していいのかは分からなかった。


「そう言う貴方はどう想ってんの?」

「私?」


 まさか矛先がこちらを向くとは思ってもみなかった。


「そうね。私には恋愛感情は微塵もないんだけど」


 前置きから始まり、二の句を告げるのに間を置いたが、何となく纏める事はできそうなので口を開いた。


「冒険者として、秘宝ハンターとしては尊敬してるわ。賢者にも等しい秘術士だし、世界中を回っているだけあって、かなり博学だし、お喋りが上手よね。あいつといると時間の経つのが早いのよね。人の事小馬鹿にしてくるけど、ちゃんと話を聞いてくれるしね」


 質問の答えにはなっていないのだろうけど、次々と上がる長所に、ご満悦といった様子のマニエルとイシュリー。


「本当にどうしようもないのは、その手付けの悪さよね。何かと言えば人の胸とお尻好き放題触ってくれちゃって、何がそんなに楽しいんだか……」

「そりゃ気持ちいいからだよ」


 ちょっと褒めちぎり過ぎたかなと、恥ずかしくなって話題の方向を変えたのに返答した、ここにいないはずの男の声に驚き、つい手が出ていた。


「おまえなぁ、なんか最近理解できない暴力が多くないか?」


 いくら驚いたからと、全力で拳を顔面に喰らわすことはないだろう。ウイックの抗議は当然の事だった。


「……本当にごめん」

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