第8話 ランドヴェルノ家の日常にある大事件の噺

 魔物門が出現したのは、獣王の神殿への転移用石碑のある高原だった。


 町からこんな近くに魔物が出現したのは初めてだ。


 しかもオーガやリザードマン、ワーフルフと言った魔人となると、例え領主の私兵団がいたとしても、対処しきれなかっただろう。


 数は30匹を超えている。


 ウイック達と共に飛び出していった冒険者は、状況を確認すると町に取って返してしまい、見たままをギルドで伝えると、町を高原とは反対方向に出て行ったそうだ。


 町の入り口付近で、マーリア達を待っていた冒険者協会の職員に、情報をもらった三人はとにかく急いだ。


 大きな音、爆炎と爆風、大きな閃光が昼間なのに見て取れて、激しい戦闘が続いているのが伝わってくる。


 装備を新調したばかりのイシュリーは、やる気十分でマスクを填め、ミルもストレージからグレートソードを取り出す。


 全容が見えて、三人は足を止めた。


 マーリアはいつでも秘術が使えるように理力を集め、状況を確認したら一発大きな術を発動するつもりだった。のだが……。


「おお、早かったな。いや、遅かったな。なのかな?」


 ウイックは最後のオーガの頭を吹き飛ばした。


「なに、もう終わったの? 早いに越した事ないけど、見せ場無しじゃないのよ」


 掲げたグレートソードを地面に立てて、ミルは緊張を解く。


「マニエルはどこ行ったの?」

「安心しろよ師匠。もうそろそろ帰ってくるからさ」


 ウイックが指さす方向、何か大きな物体が飛んでくるのが見える。


「魔物門、完全に消してきたよ」


 上空からの声はマニエルの物だった。


「竜みたいな羽根が生えてるの? 両手両足にもかぎ爪!?」


 少女の姿を見て驚きを隠さないミルとイシュリー、何故マーリアとウイックは、そんなに落ち着いていられるのか?


「マーリアさんあれ、あれって!?」


 何よりも驚いたのは、ウイックの元に降り立ったマニエルが、いきなりウイックの唇を奪った事だ。


 帝国でも王国でも、獣王の神殿周辺でも、家族でキスを交わす習慣はない。


「こ、こ、この辺りでは兄妹でああいう事をするのかしら?」


 明らかに動揺している表情を整える余裕もなく、ミルはマーリアに状況の説明を請うた。


「いいえ、文化的には帝国や王国とそんなに変わらないわよ。ごめんね。これには理由があるから見逃してね」


 何か事情がある。マーリアはそう言ったが、それにしても……。


「いつまでやってんのよ!」


 ミルが興奮しだした時、状況に変化は起こった。


 マニエルの背中の羽根が姿を消し、四肢のかぎ爪が人間の物に戻っていく。


「マニエル、あんた靴はどうしたの!?」

「ああ、……間に合わなかった」


 ウイックから離れたところで、マーリアが声を掛け、娘はそっぽを向いて目が泳ぐ。


「だって今日はいつもよりも、ずっといきなりだったんだもん」


 裸足のマニエルは、ウイックの後ろに隠れるように母の追求から逃れようとする。


「あの、マーリアさん?」


「あぁ、ごめんごめん、ちょっと釘を刺しておく必要があったからね」


 魔物騒動はウイック達が納めたようなので、一同は家に帰り、昼食を作り終えて、テーブルに並んだところで、お預け状態の説明を聞く事がようやくできた。


「この子、マニエルは魔人の呪いに掛かってるのよ」


 母からの愛ある折檻で頭を抑えているマニエルは、ウイックの回復秘術を受けてご満悦。


 どこからどう見ても、普通の可愛らしい13歳の女の子。


「強い魔力を浴びたり、長い時間魔力に晒されたり、興奮状態が続くと変身しちゃうのよ。元に戻すには落ち着かせて、溜まった魔力を抜いてやればいいの」


 上機嫌で食事を摂る顔を見ていると、もしかして幻術を見せられたのかもと、疑ってしまいたくなる。


「自然に魔力が抜けるのを待ってもいいけど、ああやって吸い出せれば、すぐに元に戻してもやれるんだよ」


 魔力を体に取り込むのは人種ひとしゅには自殺行為。理力を完璧に制御できている熟練の秘術士でもできない事を、魔晶石の力を借りて、幼い頃から兄はああして妹を助ける事ができた。


 今ではマナを制御するアイテムも完成しているので、慌てる必要もないが、さっきは緊急だったので仕方なかったという事だそうだ。


「最近は小さな魔物門も発生してなかったのに、この子が戻ってきた途端にこの騒ぎだ。帰ってきた理由、まだ聞いてなかったわね」


 二人への説明をマーリアに任せきりだったウイックは食事に夢中。


 母はその箸を止めさせて、息子の顔を上げさせた。


「あんな短時間で、マニエルが変身するだけの濃厚な魔力を呼び込むなんて、魔晶石に何かあったとしか思えないからね」


 食事をしながらというのは行儀が悪いが、少しでも早く聞かせてもらいたい、ミルに何があったのか説明をしてもらう。


「そんな事があったのね。メダリオンを使って、そんな事ができるなんてね」


 魔晶石に直接干渉をしたから、魔物門が反応しやすい状態になっているのかもしれない。


「ウイック、それ食べたら直ぐに工房に入りなさい」

「頼むよ師匠」


 マニエルの体質に直接干渉するほどの現象は見られないが、あれだけの高位の魔物門を発生させる状態を見過ごしてはおけない。


「もしかしてマーニーさんが変身体質になったのは、子供の頃からウイックさんの魔晶石の影響を長い間受けてきたからですか?」


「いい勘してるわね。イシュリー」


 大人よりも子供の方が影響を受けやすく、それをもっと早くに気付いていれば、もっと早くに魔力吸引機を作成できたのだけれど、マニエルの変身体質を治してやる事までは、今はまだできていない。


「もしかしてウイック調子悪かったの?」


「気にすんな。暫く精霊界で休んでから戻ってきたから、結構楽になってんだ。師匠に診てもらえば、直ぐに絶好調に戻るからよ」


 食後にクラクシュナ王国の東、対岸の隣国フォーゼラグの名産、ブグブゼ珈琲を飲み終えて、ウイックはマーリアと工房へと向かった。

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