第5話 久し振りの再会は、喧嘩から始まる噺

 法権国家ランダストリアの南西部。


 沿岸より馬車で一日ほど内陸にある、高原に作られた町バンセイアは、周囲を結界術式の刻まれた防壁で囲まれた、街道の町としてはかなり広い、賑わいある貿易の拠点だった。


 町の中心部、バザーや商店が立ち並ぶ中にある大きな工房。


 ウイックが先頭で扉を開けて、中に入ると頭の上からオタマが襲ってきた。


「なにすんだクソババァ!?」

「誰がババァだよ。私はまだ二十代だ」


 盛大に気持ちいい音を立てた頭を抑えながら、抗議するウイックの顎を返すオタマでかち上げると、堪らず転ぶ少年が邪魔で、後に続くミル達は中に入れず足を止めた。


「なんだってんだよ師匠、黙って帰ったら殴って、連絡入れても殴られたんじゃあ、堪ったもんじゃないぜ」


「私が怒ってんのはそんな事じゃないよ。普段から時々は手紙を寄こせって言ってあるでしょ」


 皆をテーブルに誘い、まだ朝食を摂ってないとイデアから連絡を受けていたので、用意しておいたテーブルに着いて食事をしながら、ミルとイシュリーは自己紹介をした。


「そう、この子にもようやく仲間ができたのね」


「ランドヴェルノ導師にお会いできて光栄です」


「はははっ、導師だなんて大袈裟なもんじゃないよ私はね。それに息子の仲間から杓子定規に距離を置かれるのも寂しいしね。私の事はマーリアとか、マリアとか、そんな感じで呼んでくれると嬉しいよ」


 二児の母とは思えない。気さくなお姉さんといった柔らかい印象で、これでいて人気の錬金術師として、“導師”の称号も持っているのだから、人としても多くのファンがいるのは当たり前の事にミルには思えた。


「家じゃあ口やかましいだけのババァだけどな」


 反抗期の息子の右頬に、持っていた菜箸を突き刺し、別の物を持ってきて料理を取り分けてくれた。


「それじゃあ、あのゴーレムはマーリア様の作品だったんですか?」


「イシュリー、様はちょっと恥ずかしいんだけど」


「えっと、それではマーリアお義母様でよろしいでしょうか?」


「……いや、マーリア様でいいよ」


 イシュリーがビーストマスターとしてウイックに破れ、求婚を申し出た事は、彼女の母イデアから聞いて知っている。


 しかしまだ義母と呼ばれるには抵抗というか、示しが付かないので、どうにか止めさせる必要がある。


 ミルの方もマーリアを神聖化して見ているが、こちらはどうにかマリアさんと呼ばせる事に成功した。


「ウイックあんた、あのゴーレムぶっ壊したんだって?」


「まぁな。直ぐに師匠の作品だって気付いたから、遠慮はいらないと思ったんだが、結構もろかったぜ」


「ばっか、あんたあれは、一般の冒険者を対象にしてんだから、でたらめな理力量のバカなんて想定してるわけないでしょ」


 一般どころか、経験値の高い冒険者が苦労するレベルの番人に仕上げておきながら、それでも簡単に壊してしまう息子を素直に褒める気はない様子。


「師匠が作ったって分かったから、ぶっ壊したくなったんだけどな」


 つまらない挑発なんてよせばいいのに、二人ともヒートアップしてしまって、緊張が高まっていく。


「はん、いくら経っても練金の腕が上がらないからって、バカの一つ覚えの秘術で暴れるしか脳がないからね」


 しばらく声を潜めていたミルとイシュリーは、流石の空気に狼狽えを隠せなくなるが。


「大丈夫ですよ。いつものことですから」


 我関せずで、食事を続けるマニエル。


 そう言われても、気にするなと言うのが無理な話だ。


「自慢の練金で仕上げたのがあの程度で、よくそこまで胸が張れるもんだぜ」


 もう、どちらが手を出してもおかしくない啀み合いとなり、暫くするとついにはウイックがオネショをしていた昔の失敗談にまで及び。


「うんなこっちが記憶に残ってない、ガキの頃の事まで持ち出すなよ。大人げない」


 流石に反論できない内容を持ち出され、それこそ取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな空気の中。


「でも結局ゴーレムは、ウイックに全く歯が立たなかったんだよね。お母さん勝てなかったからって話を切り替えたけど」


 娘は兄の味方だった。


「ああ、もうこの話は終わり終わり。あんた達、今日は泊まっていくでしょ。ウイック、マニエル、二人で買い出しに行ってきてちょうだい」


 ウイックは急いで残りを食べ終わると、妹を連れて買い物に出かけた。


 残された三人に妙な空気がのし掛かる。


「ごめんね。どうもあの子は私に似すぎて、いっつもついついやり過ぎちゃうんだよね」


「仲がいいんですね」


 イシュリーの皮肉にしか聞こえないフォローに苦笑いで返し、マーリアは食後のお茶を二人に振る舞った。


「それにしてもウイック、お母さんなのに師匠って呼んでるんですね。練金の師弟だからですか?」


 和むために、当たり障りなさそうな話題をしたつもりのミルだったが。


「あの子は私の本当の子供じゃあないんだよ」


 もっと重い話に発展した。

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