第4話 秘術士の帰郷に興味津々な一同の噺

 イデアが継承を急いだのは、もちろんイシュリーにその資格があったのが第一だが……。


「結婚!?」


「はい、お母様はずっと恋愛と結婚を夢見ていたとかで、獣王であるがために継承者が育つまでは我慢してましたが、私をビーストマスターに据え置いて、自分はさっさと意中のお相手を見つけて、隠居生活を始めたんです」


 呆れ果てたと言わんばかりの深い溜め息を態とらしく漏らして、更に一言添える。


「弟妹はまだ一歳で、義父様とはまだまだ、ラブラブ新婚生活の真っ只中なんですよ」


 充実した私生活を送りたいが、神殿の私室は四人で暮らすのにはあまりに手狭で、神殿の裏手に新居を絶賛建設中なのだそうだ。


「ウイックちゃんが赤ん坊の時にはね。私もよくオムツを交換したりしたものよ」


 話は元に戻されて、赤面ものの暴露話が続く中、脱出を試みるウイックは、二歳で初めて秘術を使ったときの失敗談を遮り、ミル達に今後の方針についての相談を始めた。


「俺ちょっと、故郷に戻る用事ができちまったんだが、お前らどうする?」


「どうって?」


「いや、ひょっとしたら手間が掛かるかもしれないから、付き合わせるのも悪いかなって思ってな」


 ウイックの気遣いに、仲間の二人が少しムッとした。


「私はウイックさんに付いていきますよ。どこだって」


 勢いよく立ち上がり、ウイックに抱きつくイシュリー。真っ赤な顔で姉の行動を凝視するミシェリー。その視線に気付き、妹と同じように赤面化し手を離す獣王。


「もちろん私も行くわよ。帰郷するって事は、マーリア=ランドヴェルノにも会えるって事でしょ?」


 冒険者目線を持っている秘宝ハンターとしては、是非とも面と向かって、できたら何かを作ってもらえないか、直談判でもしたいのだろう。


「人の心を読んでんじゃあないわよ。いい、あんたからもお願いしてよね」


 理由がない限り、別行動をする気はない。いや、理由なんてあろうがなかろうが……。


 ウイックの帰郷を承諾し、本音を隠したままのミルも同行を希望した。


 ミシェリーが最後まで付いていくと言って、ダダをこねたが、イシュリーが強めに嗜めて、嫌々ながら涙を飲んだ。


「悪いなミシェリー、また来るからよ。そん時はゆっくり冒険譚を語ってやるからな」


「本当に? 絶対だよ」


「おうよ。そん時にまた手合わせしような。強くなってろよ」


「今度は本気で試合しよう。姉様より強くなって待ってるから」


 あまりにチョロい妹に、姉は苦笑いで胸を撫で下ろし、ミシェリーは明くる朝には起きてくる事もなかった。


「これはお母様が私的に設置したポータルですので、設定は必要ありません。では参りましょうか」


 転移門を潜ると直ぐに見えてくる眼下の集落。


 高原にある石碑は、帝国側の観光地群にあった物と違い、辺りに遮蔽する物が何もない。


 キーワードがなければ稼働しないとかで、隠す必要もないようだ。


「ねぇ、ウイック」


「なんだよ」


 ここから見える町が目的地だと告げると、ミルはある事が気になった。


「あんた獣王の神殿の事知ってたんじゃあないの?」


「いいや、俺はこの石碑に近付く事を禁止されてたからな。一度だけイデアに連れられて、丘を登っただけなのに、ヒデェ目に合った事あるからな」


 遠い目をするウイックを見て、ミルは女の勘で嘘はないと悟った。


「ところでここってどの辺りなの?」


 世界地図を広げたミルが訪ねてくる。


 ウイックが指さしたのは。


「クラクシュナ王国の南の離島、確か法権国家ランダストリアだったかしら、その南西部ということは、また随分と遠くまで飛んできたものね」


 帰郷するにあたって、イデアからマーリアに連絡は入れて貰っている。


 普段から帰るときはいつも突然で、家に入るなり、必ずしばき倒されてきたそうな。


 しかしウイックが家族からいくら注意を受けても、前もって報せないのには理由があった。


「ウイックぅぅぅぅぅ!」


「予定よりかなり早く着いたから、平気かと思ってたんだがな」


 外壁のある町は、まだ中をほとんど見る事ができない。にもかかわらず、一人の少女が全速力で走ってくる。


「おっそぉぉぉぉぉい!」

「どこが遅いんだよ……」


 大きな声で苦情を飛ばしてくる相手に、小声で溜め息を溢すように反問する。


 目と鼻の先まで全力のまま走り寄ってきた少女は、その勢いのままにウイックに飛びついてきた。


「おかえりぃぃぃぃぃ!」

「おお、ただいま」


 なんとか後ろに飛ばされるのを踏みとどまって、ウイックは両腕を腰に絡ませる少女の肩を掴んで、少し離してその場に立たせた。


「マーニー、お前もしかして、夜明けからずっと、町の入り口で待ってたんじゃないか?」


「そんなの当たり前じゃない。帰ってくるって聞いたの昨日だよ。待ちきれなくて一睡もできなかったんだから」


「またそんな短いスカート履いて、大人しくお淑やかにしてるんだろうな」


「えーっ、もちろんお淑やかにしてるよ」


「お前はもっと長いスカートを履いて、もうすぐ成人するんだから落ち着きをだな」


「だって短い方が可愛いんだもん。成人ったって、15歳過ぎたからって何も変わらないでしょ?」


 妙にハイテンションな少女は、イシュリーよりは背が高いけど、ミルには届いていない。


 赤髪は腰に届くほどに長く、真っ白な半袖のワンピースはかなりスカートが短い。


 剣術や武術の鍛錬に励む二人の少女のそれに比べて、スカートから覗く足はかなり細い。


 体つきは幼顔に似合わないプヨプヨっとした胸元が、年齢を判別しづらくしている。


 それにしても気になるのはウイックの接し方。見目麗しい美少女を前に、大人な対応があまりにも違和感が強い。


「ウイック、その子は?」


「こいつはマーニー、マニエル=ランドヴェルノ」


 目を見張る美少女を前に、ウイックが手を出さないと思ったら。


「ランドヴェルノって」


「俺の妹だよ」


 町に入る前で良かった。ミルとイシュリーの驚きの声は、遠く高原の向こうまで響いていた。

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