第2話 獣王の神殿でほっこりしてみる噺
諸島列島の極東にある小さな島。
ここにある獣王を祀る神殿に数日ぶりにマスターが帰還した。
「お帰りなさい。姉様」
出迎えてくれたのはイシュリーそっくりの幼女だった。
年の頃で言えば12歳と言ったところだろうか?
「あんたのそれ、才能よね。どうして女の子の年齢をそんなに当てられるのよ」
ミルからはトンでもない失礼能力と称されてはいるが、ただの戯言がたまたま合致しているだけなのだから、文句を言われる筋合いもない。
「姉様と言う事は、妹なのか?」
「はい、ミシェリーといいます。ビーストマスター代理候補です」
「代理候補?」
ウイックは不躾な目線を、ミシェリーの頭から足まで嘗め回すように走らせた。
顔は姉妹そっくりと言っていいほどよく似ている。
体付きはまだ、女体としての発育をし始めたばかりと言った感じで、ウイックの興味を引くことはなかった。
「まだ修行も半ばで、本来は私が不在の神殿を任される身なのですが、そこまでには至っていないので、今は母が代わりをしてくれているんです」
「なんだ、弱いのか?」
このウイックの返しに腹を立てたのは、言うまでもないミシェリーだ。
「私だってもう魔獣退治に出るようになってるんだよ」
「焦らなくてもいいよ。歴代の獣王様達もほとんどが成人してから、王位を継承されてきたのだから」
「けど姉様は私の年には、立派に名前を継いでいたじゃないですか?」
先王も現獣王も修行は順調だと認めているが、異例の早さで継承した姉を前に、負けん気だけはしっかりと持っている。
「強いのか?」
「そりゃあもう、並の冒険者の方なら負かす事はできないと思いますよ」
獣王代理候補の強さに興味津々のウイックは、ミシェリーに手合わせを申し出た。
「姉様から聞いてます。貴方はすごく強いって知ってます」
「なに、試合って訳じゃあないんだ。ただ単に手並みを見たいってだけだからよ」
「いいですね。おやりなさい」
「お母様!?」
「えっ、母様!?」
突然の先王登場に驚く姉妹、ミルは完全に蚊帳の外である。
「ようイデア、それじゃあ試練の武舞台をちょっと借りるぜ」
ウイックと先王は顔見知りであったようだ。
軽く挨拶を交わすだけで、ウイックはミシェリーを連れて、転移門のある部屋から出て行ってしまう。
「お帰りなさいイシュリー、もう! なかなか顔を見せに来てくれないんだから」
「ごめんなさい。ただいま帰りました。……それよりもお母様はウイックさんの事ご存じなんですか?」
久し振りの母子の再会は簡単に流され、イシュリーはウイックの事を聞いた。
これにはミルも興味を示し、3人は二階の居住ブロックに移動する事にした。
隠されるように付けられた引き戸、大きな音を立てて開くと階段がある。
武舞台の二階は観客席がある。その壁向こう。つまりポータルのある部屋の真上部分のみの限られたスペースに、リビングとダイニングキッチン、あとはイシュリーの寝室にクローゼット、トイレ&バスと
言った一人暮らしに必要最低限の居住区が設けられている。
先日まではここをイシュリーが一人で利用していたが、母と妹は神殿のほど近い小さな町にある家で暮らしていた。
「ちょっと事情があって、私はずっとここに居るわけにいかないから、ミシェリーがここのお留守番してくれてるの。試練を受けに来たお客様がゴーレムの相手をしている間に呼びに来てくれるのよ」
「へぇ、そうなんですね」
ミルはイシュリーが入れてくれたお茶をもらいながら、母イデアの説明に相槌を入れる。
「ところでウイックとは、いつからのお知り合いなんですか?」
「そ、そうですお母様! 一体どうしてウイックさんとあんな親しげだったのです?」
二人の少女は横並びにソファーに腰掛け、テーブルを挟んで向かいに座り、ティーカップを手に取る先王に詰め寄った。
若者の勢いに動じることなくお茶を飲むと、何かを思い出したように立ち上がり、二人にカットフルーツを振る舞った。
「そんなにウイックちゃんの事が気になる?」
「ウイック、ちゃん?」
「もしかしてミルちゃんもウイックちゃんの事が好きなの?」
カットフルーツの盛り合わせを眺めて、どれから食べようかとフォークを振る手を止めることなくイデアは質問を質問で返す。
「な、ななな……!? ち、違いますよ。今は仲間として、ちょっとその、気になるというのはそう言う……、そんななにか特別な意味は……」
しどろもどろと真っ赤な顔で、落ち着きを無くすミルをイデアは楽しそうに眺める。
「うふふ、イシュリーもこれは負けていられないわね」
「はい? どういう事ですか?」
フルーツに気を取られ、ミルの変化に気付いていなかったイシュリーは首を傾げる。
「も、もうこの話はやめませんか?」
動揺の隠せないミルは話題を元に戻そうと必死、その時である。
「いい汗掻いたな。なぁ俺たちにも飲み物くれないか」
突然入ってきたウイックに、ミルは渾身の力でフォークを投げつけ、彼は見事に額に刺さった凶器によって昏倒してしまった。
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