第30話 秘術士の反撃を甘んじて受け入れる噺
今度はウイックが目の前まで進んできて、彼女の後ろに回る。
「安心しろよ。痛い事はしない。ちょっとした精神攻撃をするだけだ」
「あら、そんなヒントを与えてよろしいの? ワタクシなら精神防御もお手の物ですよ」
得体の知れない攻撃というのは恐ろしいものだが、それが精神に与えるものとあれば、耐えきる自信はある。
精神への攻撃は気を引き締めて受けるだけでも、術士でなくともある程度は抵抗できるものだ。いくらウイックの使う術でも恐れるものではない。何より大事なのは冷静さを失わないこと。
「いくぞ!」
分かっていても緊張は隠せない。汗が一筋頬を伝う。
「なっ!? 何をしてますの? これでは先ほどと一緒ではないですか」
後ろから抱きつかれ、密着状態で右手は右の胸。左手は左のお尻に当てて、好き放題に弾力を楽しんでいる。
「も、もしかして、うんふ……、集、中力を奪って、それからぁあ、精神汚染をする。お、おつもりですか?」
上手い手ではあるが、エルラムは既に精神防御の術を発動している。そう簡単には陥落されるものではない。
「でも、うん! 流石というかはぁ、手慣れておいでですね! ふぁ……」
前もって法術“ニューロガード”を掛けておいて良かった。
ウイックの思惑を実感した後では、発動させられ無かっただろう。秘術士は傲慢が過ぎたようだ。
「よっしゃ、俺のターン終了だな」
「はい?」
十分に堪能はしたのだろうけど、エルラムには、ウイックが何を達成したのかが全く分からない。
「ワタクシ、何をされたか分からないのですが、これで負けを認める事は有り得ませんよ」
乱れた着衣を整えて、溜め息を漏らすエルラムは、今日はここで手打ちだろうと感じ、最終フェイズの準備を人知れず始めた。
「エルラムお前、実はマナの流れが見えるんだろう?」
「ええ、見えますよ。ワタクシくらいの術士になら造作もない事ですわ。と言うか貴方にももちろん出来るのでしょう?」
「ああ、そりゃあな。じゃあ一度メダリオンを確認してみな。今何が起こったか、それで理解できるはずだぜ」
謎かけのような問いに答えるように、全く警戒心も持たずにメダリオンを取り出す。
「一体なんですの……、ウイックさん! 何をなさったのか説明頂けますよね?」
洞窟で見つけたメダリオン、ウイックとエルラムが探している古代文明の遺産。
その価値は大海洋界では学術調査以外の用途はなく、これを専門に集めようとする秘宝ハンターは存在しない。
「一体どうやって、異相の違う次元ポケットのアイテムに干渉したのですか?」
「よし、うまくいったみたいだな」
エルラムが使う“エアロポケット”は、この空間ではない異次元にアイテムなどを収納するもので、その中に干渉できるのは術を行使した本人のみ。ウイックも“
「メダリオンにワタクシのマナが刻印されています。一体何をしたのです?」
「俺が使ったのは“
「ああ、お連れのお二人に、覗き見の道具だとか謀っておられる、あれですか?」
「おお、流石だな。じゃああれがなんなのかも分かってんのか?」
「そこまでは無理ですよ。そもそも秘術なんて呼んでおいて、これは全く別の物ではないですか。と言うか術ではなく、儀式ですよね」
決まった手順で作業を行う事で、メダルのクレストグラフに固有マナを固着させる。
それで何が出来るかまでは分からないが、ただの覗き見術でない事ぐらいは聞くまでもない。
「その何かは……教えては頂けないようですね。分かりました。貴方の目的は果たせたようですが、これではやはり勝敗を決める事は出来ませんので、これはワタクシ物とさせて頂きますね」
「そうか、じゃあ預けておくよ」
「名実共にワタクシの物として、これには刻印を押して頂いた。そう解釈いたします。では今日はこれまでのようですね」
目的を果たせた(?) エルラムは興が冷め、ついでにウイックのメダリオンも持って帰るつもりだったが、それはまたの機会にと、また新たなアイテムを取り出し、足下に転移門を作り出した。
「あ、そうそう、こちらは置き土産です。後しばらくは存分に楽しんでくださいな」
そう言って、転移門から一際大きな塊を呼び出した。
「こちらの洞窟の最下層で出会った、ワタクシの新しい、可愛いペットちゃんですわ。そうですね……、ミリンちゃんと名付けましょう。ワタクシの代わりに遊んでやってくださいな」
光り輝くゲートから姿を現したそれは。
「アースドラゴン、の子供か」
四大精霊の一角、大地の精霊に属する強力なドラゴン種、最強の魔獣が一つである。
子供であっても侮る事はできない。ベテランの冒険者でも、しっかり準備を整えてから討伐にあたる、難攻不落の巨大生物である。
それをペットと呼んで、野生のドラゴンを手懐けたなんて、人に話せば笑われるだけ。
尻尾を振って、大人しく少女の側で伏せている姿を目の当たりにしても、まだ信じられない思いだった。
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