第31話 最悪の魔獣との対戦、秘術士は動けない噺

「色仕掛けが効く相手でもないもんな。一体どうやって手懐けたんだ?」

「ふふ、企業秘密ですよ」


 ふらふらしているのは振りでも何でもない。足下が覚束ない状態では、あまりに厳しい相手だ。


「きゃあ!?」


 突然聞こえてきたのは悲鳴。完全に消えようとしていたゲートから転がり出てくる二つの影。


「お前ら何してんだ?」 


「知らないわよ。急に地面が歪んで、気が付いたらここに……って、ウイック!?」

「元気そうだな、ミル」


 洞窟の最下層に向かったミルとイシュリー、そこで見つけたのはこのアースドラゴンの子供。


 子供と言ってもそれは既に災害級に危険な魔獣、それを残しては依頼達成にはならないと奮闘していた時に、ここへ飛ばされてしまったのだ。


「あらあら、人の話はちゃんと信じてくださらない。もう! まさかワタクシを疑って下の層に向かってしまわれるとは」


「貴方……、エルラムだったっけ? 貴方みたいに怪しい奴の言葉を、誰が信じるって言うのよ。本当に先に進んでよかったわよ」


 どうやら二人はアースドラゴンと戦い、見れば瀕死の状態の魔獣にトドメを刺そうとしていたようだ。


「かわいそうなミリンちゃん。駄目じゃあないですか、愛玩動物は可愛がってあげないといけませんよ」


「何が愛玩よ! 食事中でもないのに、こんな凶暴なドラゴンなんて初めて見たわ。近くを通りかかっただけでドラゴンブレスなんて、トンでもない目に合ったわよ」


 ミルもイシュリーも、ドラゴン相手に戦った経験があったので、怯まず危険な場面はなかったものの、二人だけでの攻撃はなかなかに大変な作業だった。


「ボロボロじゃあないですか。仕事を増やさないでくださいな」


 切り傷、掻き傷だらけのドラゴンを、法術“ホーリーキュア”で回復させると、更に術を掛ける。


「人の苦労をなんだと思ってんのよ」


「想定外ではありますが、三人相手でも遊び相手には十分ですよね。それでは失礼いたします」


 ミルの抗議は完全に無視。アースドラゴンの変化を確認すると、エルラムは転移門を出して、この場を離脱した。


「ウイックこれって?」

「ああ、あいつの術でな“グローアップ”と言うそうだ。見ての通り魔獣なんかを進化させる術さ」


 子供だったドラゴンは倍以上の大きさになり、皮膚の色も薄い土色から青味ある鋼鉄のような色に、いや実際に鋼の皮膚へと変化していく。


「アークアースドラゴンじゃないか。ただの成長ではないな。あいつ何か細工していきやがったな。……くっ!?」


 変化があったのはドラゴンにだけではなかった。


「ウイックさん!?」


 ふらふらだったウイックは膝を付き、走り寄り支えるイシュリーは、男の顔色が尋常ではない事に気付く。


「ウイックどうしたの?」

「俺の事はいいからドラゴンから目を離すなよ。イシュリー悪いが、このブレスレットを両手に填めてくれないか?」


 通常ではあり得ない理力を消費した反動が、一気に襲ってきた。


「悪いが俺は一緒に戦えない。しばらくすれば動けるようになると思うが、イシュリーはミルを手伝ってやってくれ」


「ですが今はウイックさんの方が……」


「大丈夫だ。やるしかなかった事だけど、やっぱりこいつを外すべきではなかった。こうしてこいつを填めて貰えば、少し時間があれば動けるようになるさ」


 進化を遂げたアークアースドラゴンは既に動き出している。


「俺の事はもう心配いらねぇから」


 涙目のイシュリーは頭を撫でられ、またも無意識に胸を揉まれ、いつも通りの姿を見せてもらい、微かに笑顔を取り戻す。


「イシュリー、これをミルに渡してくれ」


 ウイックは腰の掛けやすい岩を見つけて落ち着くと、イシュリーを送り出した。


 ミルはウイックを気遣って、ドラゴンを遠くに誘導しながら攻撃を開始していた。


 ショートソードで生み出した衝撃波を当てたところで、洞窟内で続けた攻撃の手応えを得る事はできない。堅くなった皮膚、いや装甲に阻まれてダメージは通らない。


「なかなかに厄介な相手ね」


 ミルの剣術は大海洋界、中央大陸のクラクシュナ王国で、聖騎士から学んだもの。


 その中でも最大の威力を発揮する突進技を繰り出すも、これもドラゴンは全く堪えていないようだった。


 吐き出されるドラゴンブレスは、掠めただけでも一溜まりもないだろう威力があり、近付く事も難しくしている。


「ミルさん」

「イシュリー、ウイックはどうなの?」


 次の手を考えて、装甲の薄そうな関節を狙って技を繰り出すも、一瞬動きを止めるのがやっとの状態。


「ひとまずは問題ないようです。今は座って回復に努めています」


 駆けつけるイシュリーにウイックの無事を聞いて、気持ちの切り換えをするミルに待望のアイテムが届く。


「ミルさんの愛剣、ウイックさんがお城から持ってきてくれました」


 ミルはショートソードを背中に背負っていた鞘に収め、受け取ったグレートソードを構える。


「よっし、ここから反撃だ!」


 イシュリーも両手にかぎ爪を填め、二人の少女は竜殺しに挑む。

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