第29話 悩殺攻撃? 法術士が奥の手を見せる噺

 ウイックはほんの少しの違和感を覚えた。


 周囲の精霊力の濃度が薄れていく。完全に感じられなくなるのにあまり時間も要せず、ウイックにエネルギーを補充する術をなくした。


「いまさらなんのマネだ?」


 ここに来るまでに理力は満タンと言えるくらいに蓄えてきた。今のウイックの体内に残された理力量は、これまでで消費したエナジーの五倍以上である。


「これ以上長引かせなければ、なんの問題もないぜ」

「それはワタクシなど、本気になれば直ぐに、屈服させられると言う事でしょうか?」


 確かにウイックがブレスレットを外してからは、防戦一方となっているが、傷一つ付けられてはいない。簡単に倒せると思われるのは面白くない。


「お互い相手がただじゃあ済まない大技持ってるが、そんなものを俺もお前も使う気はないもんな。けど術勝負なら俺が勝つ。それは間違いねぇ」


「随分ですわね。ワタクシも、このアイテムが奥の手というわけではございませんわよ」


「ならいいぜ、先にそっちから仕掛けて来いよ。身断も解いてやる」


 エルラムは怯んだ。今の攻防、決定打こそ出ていないが、本気を出せと発破を掛けた後は、法術士は為す術も失いかけていた。


 恐らくは彼女を仕留める手が本当にあるのだろう。だがこれはチャンスだ。次の一手でにやけ顔の男を後悔させる事が出来れば! 自信はある。


「それではお言葉に甘えて、きっと後悔しますよ?」

「男に二言はないさ」


 4人のウイックがエルラムの目の前で消えていく。


 問題はない。自分は今もエナジーを供給されているが、アイテムによって精霊力は吸収できなくなっている。残りの理力量がどれほどであろうと、問題はないはずだ。


「では参ります。本当に手出ししませんよね?」

「ああ、約束する」


 無防備でウイックに近付いていくエルラム。虚勢か傲慢か、揺るがぬ自信からか、不敵な笑みを溢し、法術士は男の眼前まで接近する。


「……手は出さない。はずでは?」

「すまん、これは条件反射だ」


 謝罪の言葉を述べながらも、ウイックはエルラムの胸を両手で鷲掴み、その揉む手を止めようとしない。


「……いいですよ。このくらいなら」


 エルラムは彼の左手を強く抓った後、思いっきり引っぱたくと、ようやくウイックは出した手を引っ込めた。


「では“ドレインキッス”、いきますね」


 二人は唇を重ねた。エルラムの方から舌を突き入れ、ウイックも受け入れて絡ませ合う。

 体に変化が現れたのは直ぐの事だった。


 理力の内容量はまだまだ余裕があった。それがどんどん流れていく感覚を覚える。


 エルラムの使った法術は、相手のマナを吸い取る物だった。


 徐々に奪われていく理力。これがエルラムが最後に選んだ取っておき。


 反撃を警戒しなくてはならないので、使いどころが難しいが、ウイックは約束通り手を返しては来なかった。


 秘術士であるウイックは、法術士で剣士でもあるエルラムと違って、マナを失えば戦闘力を無くすも同然。もしかすると生命活動にも支障をきたし、洞窟で倒れていった騎士団のように気を失うかもしれない。


 だが、エルラムの予想に反し、エナジーはいくら吸収しても、ウイックに変化は見られない。


 特殊アイテム“ぶるまぁ”はマナを転送する物で、エルラムも戦闘中は妖力を受け取るために使っていたが、今度はウイックの理力を霊冥界に垂れ流すのに使っている。


(なんなんですの? なぜいくら吸い出しても、理力が枯れないのですか?)


 もしかしたらウイックも、何らかの装置で供給源を確保しているのかと疑い、マナの流れを探るがおかしな所は見当たらない。


 エルラムは額に汗が滲ませる。


 ウイックの理力が減っていると確認が持てれば、最後まで吸い尽くす必要もないのだろうけど、男に変化が見られない今は、術を止める事が出来ない。


(も、もう……)


 最初に根を上げたのは……。


「駄目!?」


 エルラムのぶるまぁだった。

 特殊な糸で編み込まれたシャツもパンツも、無惨なまでに散り散りに破けてしまい、またも下着姿になると、奪い続けていた唇からも離れてしまう。


「な、なんなんですか? 貴方は一体何者なのですか!?」


 慌てて元着ていたドレスを、異空間から引っ張り出して袖を通すと、翼を広げて一気に距離を取った。


「ど、どうした、も、もう、……もう終わりか?」

「って、ふらふらではないですか。本当になんなんです?」


 足下の覚束ないウイックの、しかし理力は全く減っていない事は感じ取れる。


「いいですよ。ええ、いいですとも! 今回はワタクシの負けを認めますとも」


 驚きもしたが、冷静に考えて、今のエルラムにこれ以上の手がないのも確か。


「ですが、貴方の勝ちとも認めませんよ。そんなふらふらの状態なら、貴方の不死身を覆すくらいにサーベルを突き続ける事も出来るのですから」


 死合いはドロー、メダリオンは渡さない。エルラムはそう結論づけた。


「ちょっと待て、だったら俺からも一手攻めさせろよ。公平にして決着としようや」


「……よろしいですわよ。今のワタクシは貴方の理力を頂戴して、気力は満タンに充填できておりますので、一手くらいなら受けきって見せますわ」


 強気の法術士はウイックの前に降り立ち、翼を閉まって仁王立ちした。

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