第27話 秘術士と法術士が激突する噺

 ウイックとエルラムは洞窟から少し離れた草原まで、ウイックの“遠渡えんとの秘術”で空間を渡り、時間を掛けずに移動した。


 見渡す限り人の気配はない。


 あの洞窟へ到着する前にポイントを絞っておいたウイックは、対戦にふさわしい場所として目星を付けておいた。


 しかし山一つ向こうにはあの温泉地がある。あまり派手に暴れ回っていいというわけでもない。


「意外ですね。貴方が周りに配慮をするなんて」


「俺をなんだと思ってやがる。いつも周りに迷惑まき散らしてんのはお前だろ」


 二人が対戦するのはこれで4度目。しかしこんな風に全力勝負を予感するのは初めての事。


「ワタクシもちゃんと遠慮するときは気を遣ってますよ。人なんてどうでもいいですけど、貴重な先史文明の遺産は傷つけないようにしてきたつもりです」


 エルラムの言葉に偽りはない。しかしウイックとは考え方が真逆で、お宝以外は遺跡にあまり興味のない男との諍いは、被害を抑えるのが難しいのだ。


「人に迷惑を掛けるな! お前の力は殲滅級の兵器そのものなんだからな」

「その言葉そっくりお返しいたしますわ。貴方の迷惑極まりない秘術で破壊された遺跡がどれだけあるとお思いですの?」


 人的被害は出ていても、死者を出してはいないと、反省をしないエルラムと、女性を護るための犠牲は厭わないウイックの対決は、人間災害と呼ぶ人もいる。


「にしてもあのミルさんですか? 随分と大事になさっているのですね」


 ウイックにとって美女とは、先史文明の遺産よりも尊重するべき最大のお宝なのだ。


「他の女性よりずっと大切になさっているようにお見受けします。妬いちゃいますよ」


「お前も俺の美女コレクションの一人なんだけどな」


「あら、ワタクシも大事にしてくださるのですか? 嬉しいですわね。では貴方がお持ちのメダリオンも」


「タコ、渡すかよ。今回も俺が頂くからよ。覚悟しな」


 ウイックは普段は全く使わないワンドを手に持っている。


「今回はどうします? ルール設けますか?」


 お互い巻き込みたくない物はある。なので制限を掛けるために、今までもお互いにハンデを掛けてきた。それでも被害がゼロであった例しは無いのだけれど。


「いらねぇんじゃねぇか、ここなら? 最もお前にハンデを付けるのは賛成。俺は全力でやらせてもらうけどな」


「女の子には優しくするもんですよ」


「いい女の条件はな、美人である事はもちろん、陰険なのは完全にアウトだぜ。見た目だけじゃあ駄目なんだよ」


「ふふふっ、褒め言葉だと受け取らせて頂きます」


 なにより可愛くないのはその戦闘力。


 剣術はミルには劣るものの、大型の魔獣を群れ単位で討伐できる腕を持っている。


 そして何よりもエルラムの使う法術が洒落にならない。


「よし、俺は秘術のみでお前は剣術のみで戦おう」


「やですよ。ハンデが過ぎます。と言うかそれだと秒殺で負けちゃうじゃないですか」


 そんなつまらないのは認められません。と拒絶されるが、ウイックはそれでもそこそこいい勝負になると、割と本気で提案したのだった。


「そろそろ始めませんか? 変なお邪魔虫が出てきてもつまらないですし」


 エルラムは黒鳥にも似た、真っ黒な翼を背中に生やして宙に舞い、サーベルを抜いた。


「いきなり悩殺か?」


「下着くらい構いませんよ、そんな物で喜んで頂けるなら。なんなら脱ぎますか?」


 黒い下着に目が釘付けのウイックは、先手を簡単に許し、エルラムの放つ風の刃、法術“エアロブレード”の直撃を受けて、左腕を肩の辺りから切り落とされてしまう。


「いってぇ! まだスタートの合図出してないだろうが」


 切り落とされた左腕を拾い上げて腕にくっつけると、お返しとばかりに“風刃ふうじんの秘術”で風の刃を飛ばす。


「相変わらずの不死身っぷりですね。いつもワタクシの方が致命傷を与えているのに、不公平じゃあありませんか?」


 全ての刃を同じ術で相殺しながら、エルラムは急降下し、ウイックの左胸をサーベルで突き貫いた。


「こ、この程度ではやられねぇけど……」


「いやいや、ここまでされたら死にますよ。普通は」


「もの凄く痛いんだからな。お前はいつもいつも手加減ぐらいしやがれ」


 胸を貫かれたウイックは、その場に倒れて動かなくなったが、その後ろにいた無傷の男が“光剣こうけんの秘術”で生み出した光の剣を上段から振り下ろす。


「ワタクシよりも姑息な手を打って来るではありませんか」


 ウイックの“鏡反きょうはんの秘術”同様、光の壁で受け止める“リフレクトライト”を使って防ぎきり、サーベルを持たない手で、ウイックの右頬を思い切り殴った。


「……ウイックさん。貴方ちょっと不死身な事に、胡座を掻きすぎじゃあありませんか?」


 傷一つ無い綺麗な顔を間近に、エルラムは頬を膨らませて機嫌を損ねる。


「ここでなら気兼ね無しに、本気で遊んでくださると期待しておりましたのに、防御すら片手間で受けるのもアリとか、ちょっとバカにされてるようで悔しいですわ」


 ウイックとしては隙を見つけて、アイテムを奪ってやろうくらいに思っていた。それもできないほどに実力伯仲の相手を、片手間であしらうなんてできるはずがない。


 確かに女性相手に本気を出す事に抵抗はあるが、ウイックなりに本気なのに、エルラムは不満をぶつけられても困ってしまう。


「お前が女じゃなきゃあな~。いや、そうだな! 真っ向勝負といこうか。マジで泣かせてやるよエルラム」


 だが相手が望むのならと、全力勝負を約束し、ウイックは気持ちを切り替えた。

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