第20話 獣王の心の中と、食生活についての噺
中間層に現れたのは、大型の魔獣が中心だった。
魔獣の出現は諸島列島では珍しくもなく、イシュリーは修行も兼ねてよく退治して回っていた。
獣王の両手両足にある精霊石が力を示す。ジッとしていれば実感できるほど体力の回復が早まり、疲労感も軽減される。
下級モンスター相手には使いどころもなかったが、相手が魔獣となれば、後々の事も考えて体力を温存しておきたい。
精霊石は力を増幅し、心肺機能も高めてくれ、イシュリーは更に速度を上げる。
「ありました。魔物門です」
魔物門はその名の通り、魔物が通り道とする魔門界との架け橋。
刻まれる魔法陣の純度により、より強力な魔物を飛ばすことが出来るが、門の先の世界の瘴気の濃度が高くなければ、魔物自体がやってくるのを嫌がってしまう。
「上層と比べて数がかなり少なくなるんですね」
女王の結界が瘴気を抑えるため、魔物の棲み分けが成されている。
「魔物門が自然に別世界と繋がってしまうのは、本来大海洋界だけのはず、我々の精霊界ラムーシュでは起こりえない現象です。上の階のあれは異常です。この階層でもそうですけどね」
脇道も少なく、別れ道はない。この分なら二手に別れなくても、あまり時間を掛けずに攻略できたのではないだろうか?
「この先に一際拓けた空洞があります。恐らくは多くの魔獣や……イシュリーさん?」
師団長の言葉に反応しなくなるイシュリー。
声を掛けられても反応しない心中は、昨夜の晩餐のやり取りを回想する。ただの年頃の少女になっていた。
実のところイシュリーは昨晩のことを全て覚えており、ただ初めてのお酒にかなり高揚していて、自制が利かなくなっていたことも理解している。
確かにウイックの強さに心奪われ、本能的に強い種を求めたのは間違いない。けれど昨日のミルとのやり取りは、今の自分の気持ちを再認識させてくれるものだった。
きっとイシュリーは出会い方が違い、見え方が違っていても、きっとウイックに惹かれていただろう自信がある。
ウイックとは出会ってからまだ三日だが、一目惚れ出来るだけの魅力を持っている男性なのだと感じられる。
そしてずっともっと彼のことを知っているミルが、言葉とは裏腹に何を思っているのかも、昨日のことで見て取ることができた。
その大半が批判的な言葉だったのに、ミルの表情が本心を暴露していたように思う。
「イシュリーさん!?」
「えっ?」
心ここにあらずとも、きっちりと仕事をこなすイシュリーは、魔獣の群れを次々と屍に変えていた。
仮面をしているので表情が読めず、まさか惚けているとは思っていなかった騎士団長は、不用意に近寄ったため、危うく一撃を食らうところだった。
間一髪で寸止めできたところで、イシュリーはマスクを外し、騎士団長に深く謝罪をした。
「そ、それにしても魔物門は残してはいけない物なのでしょうか?」
「どういう意味ですか?」
イシュリーの思いがけない提案に困惑する騎士団長。
「だって、これだけの魔獣がどんどんやってきてくれるんなら、食料に困ることもなくなるじゃあないですか」
「食料って、魔獣を食べるんですか!?」
王都ラクシュでは小型で大人しい草食種の獣を、畜産して食肉を確保している。
敢えて魔獣などを捌く必要もなく、口にしたことすらない。
だが修行と称して、時折獣王の神殿を離れ、冒険者協会で討伐クエストを請け負い、多くの魔獣を狩ってきた。
その時に解体した肉は、現地調達の貴重なタンパク質。重要な食料源なのである。
「しょ、食料には困っていませんので、ここの魔物門は一つ残らず潰しますね」
「そうですか、それは残念です。……なんなら今からササっと調理しますので、少しだけ休憩しませんか?」
紅玉騎士団長は額に汗を浮かべ、言い訳を探すが、ここまでの取り残しがないかもう一度見て回るのにしばらく時間が掛かる。
断る言葉を見つける前に、魔獣を解体しだすイシュリーを止める事はできなかった。
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