fragment:28 くらやみの国




※ 注意


児童虐待、いじめを想起させる表現が含まれます。

ご覧いただく際は充分にご注意ください。















 男の子は暗いところが嫌いでした。夜眠るときも、必ず小さな灯りを点けないと眠れません。

 真っ暗なところにいると、男の子は自分が消えてなくなってしまうような気がします。それがとても怖いのでした。


 なので男の子は、押し入れも嫌いでした。


 男の子のお父さんとお母さんは、男の子のことがあまり好きではありません。小さなことで男の子をひどく叱り、押し入れに閉じ込めました。

 男の子は押し入れのなかでじっとしながら、出られるのを待ちます。いつ出られるかは、お父さんとお母さんの機嫌次第です。ときには何時間も押し入れにいなければなりません。そんな日は、男の子は青ざめた顔で黙り込み、夜は外が明るくなるまで眠れないのでした。

 あるとき、男の子は押し入れのくらやみのなかで、声を聞きます。

 ……おまえはいつもここにいるな。

 男の子ははっと顔を上げて辺りを見回しました。けれど、誰の姿も見えません。

 ……また叩かれたのか?

 お母さんに叩かれた頬がまだじんじん痛みます。

 ぼくが、悪い子だから。

 お父さんもお母さんも、男の子をいつもそう言います。そう言われるたび、男の子は寒くもないのに、心臓のあたりがとても冷たくなります。

 ……おまえは、まだ暗いのが怖いか?

 男の子は頷きます。声はさらに話しかけます。

 ……でもここにいれば、おまえは叩かれたり叱られたりしない。そうだろ?

 男の子は答えませんでした。けれど、声の言うことは本当だと思いました。

 ……暗闇は、怖いものじゃないんだよ。本当はな。おまえもいつかわかるさ。

 声はゆっくりと男の子に話しかけました。男の子は頷いて、くすんと鼻を鳴らします。

 今日は、まだまだここにいなくてはいけないようでした。それでも男の子は、いつもよりあまり怖くないのでした。


 ある日、男の子は学校でみんなに責められました。同じクラスの子の持ち物がなくなったのです。

 男の子は何もしていません。でも、クラスのみんなも、先生も、男の子が盗んだと決めつけました。盗んだものを探して、男の子の鞄や机を勝手に開け、中身を床にばらまきました。

 ぼくは盗んでない。男の子は何度も言いました。けれど、誰も信じませんでした。

 男の子が家に帰ると、お母さんに叩かれました。お父さんは怒鳴りました。先生が、男の子が人の持ち物を盗んだと電話をかけていたのです。

 男の子の机も部屋も、おもちゃ箱のようにひっくり返されました。大好きな本がくしゃくしゃになり、床に落ちていました。一生懸命ブロックで作ったロボットが、ばらばらになっていました。

 もちろん、そこには男の子の持ち物しかありません。何も盗んでなんかいないからです。

 ぼくは、盗んでない。男の子は何度も言いました。けれど、お父さんもお母さんも、男の子を信じませんでした。もう一度男の子を叩き、怒鳴り、押し入れに閉じ込めました。


 男の子は、押し入れのなかでくたりと横になりました。頭も頬もひどく熱く、冷たい床がとても気持ちいいのでした。

 ……また来たのか。

 あの声が話しかけてきました。

 ……おまえの部屋、めちゃくちゃだったな。

 声は、とてもさびしそうでした。

 ぼくは、盗んでない……。

 男の子は、かさかさの声で言いました。

 ……わかってるよ。

 声は静かに答えます。

 誰も、ぼくのこと、信じてくれない……。

 ……なあ。

 声は、ゆっくりと男の子に話しかけました。

 ……くらやみの国って知ってるか。

 知らない。

 ……くらやみの国は、おまえみたいな子供しか入れないところだよ。ずっと暗いんだ。でもそこにいる子供は、みんなおまえを叩いたり、怒鳴ったり、疑ったりしない。

 ぼくみたいな?

 ……みんなおまえと同じで、明るい場所にいると、とてもさびしいんだ。だからくらやみの国へ行くんだよ。

 男の子は少しだけ黙って、尋ねました。

 ぼくもそこに行ける?

 ……もちろん。

 一緒に来てくれる?

 ……当たり前だ。


 男の子は、そっと手を伸ばしました。

 あたたかく、やわらかいものが、手を握り返しました。

 男の子は、静かに目を閉じました。

 そこにはくらやみがありました。


 男の子は眠っています。ずっと眠っています。

 もう目を覚ますことはありません。

 男の子は、くらやみの国へ行ったのです。

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