第10話 追跡
「スティンガー!! 」
ドカン‼
急いで問い詰めようとアークの家に戻ったゴルールは勢いよく扉を蹴り飛ばす。しかし、アークの姿は何処にもなく家中を探し回るもやはりアークの姿は無い。そこで気になったのは、何も置かれていない机に椅子、空の本棚といったものが置かれている一見使われていなさそうな部屋から薬品や古い紙などの独特な匂いがしていたことだ。長年使われていなくて埃を被っている様子も無い。ゴルールは、アークが一緒に働いていた時から独自に時空異物の研究をしたりそれに関する書物を収集していたことを知っている。そんな彼女が自身の拠点でそれらを扱う部屋を作らないはずがない。そして、それらを扱っていたであろう部屋には一切の物が置かれていないときた。残った半壊した家に何もない部屋、おそらくもうここにはアークは戻って来ないだろう。状況を把握したところで、ゴルールはもう一度兜の通信機を起動させる。
「いません。家がもぬけの殻なあたり、もうここへは戻って来ないものと思われます。」
『そう。いたら何の実験をしていたかとか詳しいことを聞き出したかったんだけど、残念ね。』
「探しますか? 」
『必要無いわ。あの娘のことだから転移魔法で既にどこか遠くへ行っているはずよ。それより、今は時空異物の対処の方が優先。』
「場所はどこです? 」
『アーマルの森。』
場所を聞いた途端、ゴルールの兜の下にある表情が僅かに曇る。
「アーマルの森……変化獣が多い場所ですか。面倒ですね。」
変化獣……それは魔物の一種であり化けることに特化した特徴を持つ4足歩行獣型の魔物である。強靭な肉体を持たない代わりに一度見た物はもちろん、想像したものにさえ化けることが可能であり、その稀少な能力から人間に乱獲された過去があるため特に人間を敵視する傾向がある。人間の住む場所まで下りてきて悪さをすることは少ないものの、自分たちの住処に侵入しようものなら命は無いと言われるくらいには容赦が無い。ゴルールも一度だけ救援依頼で変化獣と交戦する現場に駆けつけたことはあったが、その時見たのは本来山岳地帯にはいないはずの毒竜とその毒にやられて動けなくなった冒険者達の姿だった。なんとか撃退して冒険者の救出は出来たものの、化けるだけでなくその能力を自在に扱えることに戦慄したことは今でも記憶に残っている。いくら仕事とはいえ、そんな魔物が大量に住む場所に一人で足を踏み入れるのは気が引けるものだ。正直、断ってしまいたい。
『ゴルールちゃんなら大丈夫でしょ。もし本当にダメそうだったら、時空異物の正体だけ確認して逃げて帰ってきてもいいから、お願い出来るかしら? 人手も足りないし、実力的にも今頼めるのゴルールちゃんしかいないのよ。追加報酬も弾むから、ね? 』
気乗りはしないものの、時空異物を野放しにすると後にどんな影響が出るのか分からないため、ここで断るという選択肢は無い。
「……仕方ありません、了解しました。ただ、私は転移魔法が使えないため今足がありません。アレを借りられますか? 」
『いいわ。すぐに準備させるからゴルールちゃんも魔方陣の方お願いね。』
「はい。」
そう言ってゴルールは一度アークの家から外へ出ると、右手の甲を地面に向け装着している籠手に自身の魔力を流す。すると、翳す籠手に魔方陣が浮かび上がり魔方陣が地面に白で写し出されるとそのまま急拡大し直径が2mほどになったところで拡大が止まった。これで準備は完了だ。これは風の街フリークのギルドが所有する転送魔方陣で、同じ魔方陣を2つ用いることで物資の転送を可能とする技術である。片方の魔方陣に少しでもズレが生じれば機能を失うのと、転送する側で膨大な魔力が必要になるのが欠点であるものの、転送する距離に制限が無いのが利点だ。
『こっちは準備OKよ。』
「こちらも大丈夫です。」
『じゃあ始めるわ。』
ギルドマスターの合図と同時に、展開した魔方陣が赤く発光すると光はどんどん強みを増しピカッと一瞬周りが見えなくなった直後、魔方陣の中心にタイヤの無いバイクのような乗り物がバチバチとプラズマのような魔力を発しながら出現する。魔力が治まった後、届いた乗り物の状態を一通り点検し、最後にエネルギー残量が満タンなのを確認したところでゴルールはギルドマスターに再度報告する。
「届きました、問題ありません。」
『なら良かったわ。じゃあ、引き続きよろしくねゴルールちゃん。』
「いい加減ちゃん付けは……切れられた。」
仕事が増えたことに、ゴルールは大きく溜息をつく。これも全部アークのせいだ、あいつが余計なことをしなければ今頃自分は近くの街でゆっくり休めていたはずだというのに。そう思うとアークに対して怒りが湧いてきた。
「スティンガーめ、次会ったら覚悟しておけ。」
そう呟いたゴルールは魔道ビークルに飛び乗り、ハンドルを握り魔力を流して起動させると、10メートル以上浮遊しそのままアーマルの森を目指して飛んでいくのだった。
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