第9話 来客


「なあーーーーーー‼ 『フレイムブラスト』。」


 ボン‼


 わざとらしく叫んだ直後、アークは手から直径1mくらいの火の玉を発射し目の前を爆破させる。その威力はアークの自宅を半分消し飛ばすほどで爆発の影響でアークは煤で全身を黒く汚してしまうのだが、身体強化で無傷なため気にも留めない。これは、これから家の中へ入ってくるであろう人物に対しての偽装工作だ。もし、来た人物が自分の想定する組織の人間であれば蒼との関係がバレるとタダでは済まず、今後の収集活動にも支障が出るだろう。それは何としても避けたい。そのために自宅を破壊したとしても、今のアークには安いものだった。アークが大きく深呼吸を1度したところで後ろの出入口の扉が開かれる。


「邪魔するぞ。」


 扉を開け家の中へ入ってきたのは全長180㎝くらいの全身黒鎧の人間だった。男女か判別しづらい特徴的な濁声だったが、その声を聞いたアークは背中越しに入ってきた人間が誰なのか確信する。そして、静かに大きく息を吸ったアークの迫真の演技が始まった。


「失敗‼ 失敗した‼ 何故だ⁉ 何故なんだ⁉ ぬおおおおああああああ‼ 」


 黒鎧の目の前で頭を抱え、全身をうねらせ嘆くアーク。その動きは奇妙かつ滑稽以外の何物でもなかったが、黒鎧は一切動じることなくアークに後ろから冷徹に声を掛ける。


「おい。」


 濁声で多少聞き取りづらいものの、その声は決して小さくなく、常人であれば十分に聞こえる音量だ。その時点でアークは声を掛けられたことに気づいていたが、自分が錯乱状態を演出したかったがために、気づかないふりをしそのまま嘆き続ける。


「せっかくあんなに苦労して入手したものなのにぃぃぃぃぃ‼ 」


 嘆きながら床に両膝をつき、床を握った右手で叩き床に亀裂を入れるアーク。亀裂が入ったのを確認すると、今度は左手を握り右手と交互に床を叩き始めどんどん床を破壊していく。このまま続ければ床に穴が開きそうな勢いだったがそれでもアークは痛みを感じないため叩き続けるのを止めない。振り下ろす拳に怪我一つないのは、強化によりアークの身体の強度が木造の床の強度を遥かに上回っていたからだろう。それを眺める黒鎧は呆れ溜息をつくと、今一度アークに向かって後ろから声を掛けた。


「おい‼ 」


 今度は部屋中に響くように強く黒鎧はアークに呼びかける。それはアークの嘆く声よりも大きく、聞こえていない方がおかしい位だ。これでも気づかないふりをするのなら、流石に手を出されても文句は言えないだろう。しかし、殴られるのを覚悟の上でアークは振り向くことなく気づかないふりを敢行し、さらに嘆く声量を上げる。その大きさは先ほど黒鎧から発せられた声をも凌ぐ声量だった。


「ぬうううううううう‼ 畜生おおおおおおおお‼ 」

「いい加減にしろ‼ 」


 ゴンッ


 自分を無視し続けるアークの態度に、とうとう堪忍袋の緒が切れた黒鎧の人間はアークの頭に籠手のついたまま後ろから強めの拳骨を入れてしまう。その瞬間、拳が脳天に突き刺さるような痛みがアークを襲い、アークは床に倒れ痛みに耐えかねゴロゴロと転げ回った。


「痛った⁉ うわ痛った⁉ ああ痛った⁉ ぐうぅ……何するんだって、何だゴルールじゃないか。」


 ゴルール・ルージュ、風の街フリークのギルドに所属する職員の一人だ。ゴルールとはかつて一緒に働いていた同僚でもあったが、ギルドの方針と自分の考えが合わなくなったことでギルドを辞め、その後一度も会っていなかった。


「ギルドを抜けて姿を消したと思えば、まさかこんな場所にいたとはな。」

「悪いけど今日のところは帰ってくれないかい。見ての通り、私の拠点はこの有様で他人に構っているほど暇じゃないんだ。」


 痛みで涙目になりながらも、アークは左手で打たれた頭をさすりながらさっきまでの騒ぎっぷりが嘘のように平然とした様子で散らかった部屋の片づけに取り掛かり始める。そんなかつての同僚の相変わらずな様子を見てまたもや溜息をついたゴルールだったが、すぐに話を切り出した。


「最近、この地域で『時空異物』の反応があった。」


 やはりか……。


 その言葉で、アークはなぜゴルールがここまで来たのかを悟る。『時空異物』、それは「この世界に突然出現するこの世界の物ではない別世界の何か」の総称である。出現する頻度は不定期で出現するものは物から生命体に至るまで様々。過去に出現した『時空異物』がフリークに甚大な被害を与えたこともあり、それ以降フリークのギルドでは常に索敵可能範囲内を監視し、『時空異物』が出現次第対処する部署が作られ今のように活動している。当然、今回ここまでゴルールが来たのは異世界から来たという蒼の存在があったからだろう。とはいえ、その『時空異物』の反応元である蒼はアークが逃がしたためもういないのだが。


「そうかい。でも、残念ながら君の追ってきた『時空異物』は私が実験に使ってしまったからもう無いよ。すぐにここまで来なかった辺り、そっちは今忙しくしているようだね。」


 アークにそう言われたゴルールは一度無言になると鎧の腰部に装着された懐中時計のような物を手に取り、開いて中を確認する。表示されているのは黒い画面に白字で表示されたこの部屋全体の間取り図のような物だった。もし、反応する対象物があれば赤点で光って表示が出る仕組みになっていたが、反応は出ていない。念のため側面にあるボタンを何度か押してこの家の周辺まで索敵範囲を広げてみるも、レーダーに反応は出なかった。アークの言う通り、どうやら自分の探す対象は本当に無くなってしまったらしい。


「……そのようだ。上には対象はお前が処理したと報告しておこう。昔のよしみで一応忠告しておくが、この数か月、出現するものが何やら物騒だ。もうその辺で『時空異物』の収集は止めておけ。」

「それは出来ない相談だねぇ。だって君達、危険物じゃなくても出た物全部例外なく消し炭にしちゃうじゃないか。でもまあ、もし見つけた危険じゃない物を全部流してくれると言うなら考えなくもないがね。」

「断る。」

「ええー、いいじゃないか。私だって回収した『時空異物』は解析した後はちゃんと処分してるんだし。」

「規則は守るものだ。それに、今更ギルドを辞めたお前にそんなことをする義理も無い。さて、用も済んだ。私はギルドに戻る。」


 最後にそう言って、ゴルールは探知器を腰部に装着し直すととアークの家から出て行った。ゴルールの姿が完全に見えなくなったところで、ようやくアークは安堵して大きく息を吐く。そして。


「よし、とっとと荷造りして逃げる準備だ‼ 」


 研究資料、その他諸々の回収。これが、アークが蒼を逃がした直後にすぐ逃げなかった一番の理由だ。本当にどうしようもない事態であれば捨てるのもやむなしだが、捨てないで済むならそれに越したことは無い。アークは変な笑みを浮かべながら、家中にある自分の研究資料や本等、他者の手に渡って欲しくない物全てを複数の指輪の中に収納してしまうと、『テレポート』と呟き魔法でその場から姿を消してしまうのだった。



 一方その頃


 近くの街を目指し歩く中、ゴルールは兜に魔力を送り内蔵された通信機を起動させ、上司に連絡を取っていた。


「私です。反応を追ってわざわざこの地域まで来たのですが、着いた時にはどうやらスティンガーが処理していたようです。」

『へえ、あの娘こんな場所にいたんだ、時空異物にお熱なのは相変わらずみたいね。処理したってことは爆発でもさせたのかしら? ふふ。』

「これからギルドに戻ります。今日はもう転移魔法が使用出来ないため詳細な報告は明日以降になるかと。」

『いいわ、ご苦労様ゴルールちゃん。今日はもう近くの街でゆっくり休んでいらっしゃい。』

「あの、ギルドマスター。何度も言いますが、いい加減ちゃん付けで呼ぶのは……。」

『ええー? いいじゃない、だってゴルールちゃん女の子なんだし。それに、今は2人きりの通信なんだから気にする必要ないでしょ。』


 2人きり以外の時にもちゃん付けで呼ぶから気にするのだ。ギルドマスターとの付き合いは割と長い。それは自分を幼少期の頃から面倒を見てくれていた程だ。その頃の名残なのだろうが、ギルドの後輩たちの前でもそれをされるのは流石に恥ずかしい。文句を言おうとしたところで、突然待ったが掛かった。


『あ、ちょっと待って。』

「? 」


 突然、通信が切られてしまった。別に珍しいことではないが、こういう時、次に通信が繋がった時には大体面倒な案件を任されることが多い。今日のところは近場の街でゆっくりしたかったところだが、今までの経験から察するに多分それは叶わないだろう。一体どんなことがあったのか想像してげんなりしたところで、ギルドマスターからの通信が掛かってきた。


『ごめんごめん。ゴルールちゃん、急で悪いんだけどトラブル発生よ。』

「……何があったんです? 」

『ゴルールちゃん、こっちで観測した時空異物にはそれぞれ固有のマーカーが付けられてるいのは知ってるわよね? 』

「はい。一度付けたマーカーはその対象がこの世界から消滅するまで観測装置からは消えず、かつ使用したマーカーも対象を破壊するまで再使用しないという規則になっています。」

『その通り。ゴルールちゃんが追ってたあの時空異物ね、なんか今ゴルールちゃんがいる場所から数十km離れた場所にいるみたいなのよ。』

「はい? 」

『これ、どう思う? 』


  上司の言葉に、兜の下にあるゴルールの表情は固まった。

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