episode17 ふたりでキャラメリゼを割った夜のこと
第33話
その眼差しと向き合ったとき、果澄の頭から血の気が引いた。
「果澄が、そんなことを言うなんて思わなかった」
翠子は、淡々と言った。目つきだけでなく声音も、第一声と同様に冷えている。――果澄は、
――翠子の言い分は、もっともだ。一度は愛した相手に裏切られる悲しみなら、誰よりも果澄が知っている。それなのに、自分の立場なら受け入れられないかもしれないことを、友達には面と向かって要求している果澄は、我ながら最悪だと思う。返す言葉などなかったが、ここで折れるわけにはいかなかった。
「ごめん。ひどいことを言ってるって、分かってる。でも、私は」
「どうして、急にそんなことを言うの?」
翠子は、皆まで喋らせてくれなかった。デザート用のスプーンを握りしめる手は、力がこもって白くなっている。
「二人で故郷に
矢継ぎ早に放たれた言葉には、先ほどよりも明確な怒気がこもっている。想定よりも遙かに強い拒絶が返ってきたことに、果澄は動揺を深めてから、徐々に悟った。駅前のカフェを出たときに、小海から聞かされていた言葉が、脳裏をさっと過っていく。
――『こんな当たり前のことに気づけなかった僕に、翠子は失望しているんでしょうね。僕との間に一線を引いて、自分の側に入れないようにしている……』
もしかしたら果澄は、どこかで翠子の
「……店主の翠子は妊娠中で、一人だけの従業員の私は、最近やっと作れるフードメニューが増えただけで、まだお店に出せるコーヒーだって
「力不足なんかじゃない! 果澄がいなかったら、お店を再開できなかった。あたしが、果澄を対等に扱ってないように見えた?」
「違う! 翠子が、私を対等に扱おうとしてくれたことは、分かってる。でも、まだ私に経験が足りてないのは、事実でしょ!」
果澄は、翠子を睨みつけた。それから、少し涙ぐみそうになった目元を隠すように、視線をクレームブリュレに落としながら、訴える。
「今日みたいなことが、またあったら、どうするの……? 私を、甘やかさないでよ……その所為で、自分の首が締まることくらい、翠子なら分かってるでしょ!」
「分からないよ」
「たとえ果澄がそう言っても、あたしが果澄にたくさん助けられてきたことだって、事実なんだから!」
そう
「どうして、あの人なの? 清貴さんは、あたしの元旦那なんだよ? 離婚して、一緒にいることをやめた相手。そんな人と、また一緒に喫茶店の仕事をやれって言うの? そんなの、前代未聞だよ? あたしたちが一緒にいても平気って、果澄は本気で思ってるの? 平気じゃないから、別れたのに?」
果澄は、言葉に詰まってしまった。翠子は、乾いた薄笑いを美貌にのせた。少しだけ怒りのトーンを鎮めた声で、話を
「あの人が、あたしと自分を比べてることは知ってたよ。でも、そのことについて、あの人は何も言わなかったし、あたしも何も言わなかった。あたしが話題にしたら、清貴さんはもっと気にして、
穏やかに問う翠子は、ここで果澄が折れると踏んでいるのだろう。果澄も、翠子の
「どうして?」
「時間が、ないと思ったから」
「あたしの様子を見て、不安になったから? だから、身近な人間の中から、スキルを持ったピンチヒッターを選ぼうってわけ?」
「……そう思ったことは、否定しない。喫茶店の厨房に立てる料理人を、早く見つけなきゃって私が焦ったのは、本当のことだから。でも、それだけの理由で、翠子の離婚相手を頼ろうって考えたわけじゃない」
翠子から注がれる冷えた視線を、果澄は真っ向から受け止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます