第46話 終焉を求め望み拒んだ者達の最後の戦い

 噴火した火山のような波動の一端をセンセイも目撃していた。

 進むごとに魔族の森の大地や木々を枯らして吸収し、ゆっくりとした歩調だったセンセイは歩くスピードを加速させた。

 魔力を足に乗せて地面に触れることなく水切りの石のように魔力の波紋を起こしつつ突き進む。


 久しぶりにセンセイは嫌な予感を感じていた。それは、崩壊する世界の中で原初のルキフィアロードが立ち塞がった時以来の経験だった。そして、程なくして二本のどこまでも天に伸びていく魔力の柱の前に到着した。


 そこはまるで、センセイの力と相反するように光の柱の周辺だけ草花が生い茂り、さらなる成長を続けていた。そう、二本の光の柱の周囲だけ草花が進化と衰退と誕生を繰り返していた。己の魔力が世界に嫌悪される力だとすれば、この二人の魔力は世界に祝福されている。

 生命のサイクルを操るほどの魔力はセンセイは知らない。もしこの力があるなら、きっと幼き日の悲劇の日に戻るのだから。

 光の柱が動く、いや、大量の魔力を滝のように体に浴びた二人の人間が現れた。


 ――タスクとヒメカだ。


                 ※


 存在そのものが魔力と呼んでもいい、今の俺はそんな生きる概念となっていた。

 それはそうだろう、世界の外側からずっとこの世界を守ってきた原初のルキフィアロードを喰らったのだ。何百、何千年、下手をしたらこの世界が誕生した時の精霊達すら喰らったのかもしれない。

 内側から次から次に魔力が溢れてくるが、不思議と暴走するような心配はしていない。


 横に並び立つヒメカを見れば、彼女にも魔力が満ちているのが分かる。血管の中にも魔力が循環しているせいか、ヒメカの肌には内側から魔力を帯びた血管の一部が透けて浮かんでいた。きっと、俺も同じような状態なのだろう。

 果たして人間に戻ることは可能だろうか、なんて考えが浮かんだが、それを振り払う。ヒメカを止めると誓った時点で、俺はとっくに生きるのをやめていた。今さら生に執着したところで、何になるというのだ。

 前方を見据えれば、鋭い眼光でこちらを睨みつけるセンセイの姿がそこにはあった。

 倒せ、とマハガドさんの声が聞こえた気がした。もしかしたら、この世界の声かもしれない。いずれにしても、目の前の男はこの世界に存在していはいけない人物だった。


 「やれるか、ヒメカ」


 右手に赤い炎、左手から漆黒の炎を発現させたヒメカはつんとした態度で応答した。


 「誰に言ってるのよ、お兄ちゃん。私ほどこの人を殺す理由がある人間はいないわ」


 「いいや、お前だけが理由がある訳じゃないさ。だって俺達は――」


 笑みが零れていた。勝てそうとかそういう勝利を確信した笑みではない、彼女と横に並び立つという喜びと――。


 「――兄妹だからなっ!」

 「――兄妹だからでしょっ!」


 内側から溢れていた魔力の柱は一瞬にして俺の肉体に収縮されると同時に、地面を力いっぱい蹴った。それはヒメカも同じことで、互いに全身に溢れ出るほどの魔力を身にまといながらミサイルの如く突進する。二人が通り過ぎた大地には、新たな草花が芽吹いた。

 魔力を内から発動させるなんてものではない、自分の肉体の一部すら魔力に変えてしまうほどの強大な力を嵐のように振りまきながらセンセイに手を伸ばす。

 生きる炎のような魔力の圧を前にさすがに危険だと思ったのかセンセイは後退するが、背後に同じく肉体を魔力の粒子にしたヒメカが既に回り込んでいた。


 「――時間よ停止しろ」


 今までは息を吐くような魔力で他者の時間を停止していたセンセイだったが、今回は明確に俺達を止めるという強い意志と明らかに強力な魔力の波動が感じられた。しかし――。


 「止まれるかぁ――!」


 そもそも肉体を魔力に変えられる段階に到達した俺達には、この世界に生きる者達の魔力により縛られたルールは通用しない。既に俺達の力は時間を超越していた。

 センセイの顔が歪んだ。ヒメカがジャンプをしてセンセイの顔の横で一回転したかと思えば、その端正な横顔にハイキックを喰らわせたのだ。

 体をのけぞらせるセンセイにヒメカは両手に渦巻く炎を一つの束にすると、躊躇なくセンセイに叩き付けた。

 センセイを中心に巻き上がる炎は地面を焼き、大地を砕き、神の鉄槌のように天高く昇った炎は上空の暗雲を切り裂いた。

 ほんの数分前では考えられない強大な力を発揮したことで、一瞬気が緩んだのだろう。ほぼ同じタイミングでヒメカと俺の体は磁石にでも引っ張られるようにして、横に吹き飛ばされた。


 「がぁ――!」


 「ふぐぅ――!?」


 さらに強大な魔力でヒメカの炎を霧散させたセンセイは両手を広げた状態でそこに立っていた。念力でも使うようんしいて、さらに遠くへと俺とヒメカの体を突き放した。

 何百メートル転がったのか周辺の木々を巻き込みながら地面に叩き付けられた。しかし、そこで休憩する発想はない。

 吹き飛ばされた時と同じ速度でセンセイの元まで突進する。むしろ、自分が転がってきた道が開けて逆に走りやすくなったと言っても良い。

 迫りくる俺、それから、逆方向から接近するヒメカにセンセイは眉間に皺を寄せた。


 「児戯も児戯だ! 無謀なほど、愚かな兄妹だよ! 私を誰だと思っている! この世界すら壊せる存在だというのに!」


 センセイは地面に手を突き刺すと、大地に魔力を放出する。すると、足元の地面はパズルのピースのようにバラバラと音を立てて崩れ出して徐々に形を失っていく。センセイが手を高く上げる動作をすると、大地をまるでテーブルでも返すように膨れ上がり多量の土砂が頭上から降り注いだ。

 いいや、土砂なんて半端な物ではない。魔力によって固められたそれは、既に隕石と呼べる代物に変化していた。


 「お兄ちゃん! ここは私が行く!」


 頭上を炎の鳥が飛翔した。たちまち、目の前の隕石は炎に焼かれて徐々にその輪郭を失う。

 過去には苦しめられた炎の獣に感謝しつつ、俺はヒメカが隕石を炎で焼き尽くす隙に大きくセンセイに前進する。

 一撃必殺で集中する。数多の精霊の力を右の拳に凝縮させた。


 「最初にお前が来た時は、ヒメカをより覚醒させることができる希望に見えたが……今はただの煩わしい存在でしかないよ!」


 激昂するセンセイに突進し、右の拳を振り下ろす。


 「――セブンスラグナストッ!」


 光が周囲を飲み込み、センセイの顔に強すぎるほどの光の波動が襲う。だが、寸前のところでセンセイは顔を逸らして頬を焼くだけ。


 「どれだけ強い力を持とうが、結局は素人! 言っただろ、児戯だと! 利用されるだけの異世界人には、その力は不相応なのだよ!」


 「――ぐあぁ!?」


 腹の中心に槍に貫かれるような激痛が走る。

 セブンスラグナストの一撃を回避したセンセイは、俺の腹部にカウンターの一撃を撃ちこんでいた。たっぷりと魔力を込められた、センセイの右の拳が体の芯にどこまでも響く。そのまま、地面に殴りつけられると、俺の体は十メートル以上大きくバウンドして崩壊した大地を転がった。


 肉体に魔力を込めてなければ、センセイのパンチ一つで体は砕けていたことだろう。奴の恐ろしいところは、一発一発の攻撃で体内の魔力を根こそぎ喰われることだ。

 俺とヒメカのルキフィアロードの力は条件や制約があるものの、奴は無理して殺さなくても常時魔力を喰らえる状態。端的に言ってしまうなら、戦えば戦うほどに奴の力は増幅していくのだ。

 圧倒的に不利な条件下だというのに、気持ちは折れることはない。それどころか、戦意がどんどん高まっていくようなおかしなテンションになっていく。

 何度も膝を折り、何度もうなだれてここまでやってきた。今ではどれだけ進もうとも前進した気がしなかったが、今回の戦いにはそうした憂いは無い。


 「そうだよな、ヒメカ。……ここで奴を倒せば、全てが終わる! そして、ここで始めるんだ!」


 満ち足りた気持ちと魔力で大きな一歩を踏み出す。続いて次の一歩で大地を疾走しセンセイに接近する。


 「何度来ようとも同じことっ」


 人形のようだったセンセイは、自分と同等の存在に対して仮面が外れて素の感情を表に出していた。

 笑いが出そうになる、奴もただの人間なのだと。


 「確かに同じことかもしれないが、何度も何度も繰り返していけば、お前は負けるかもしれないだろ!」


 意識が俺に向いたセンセイに炎で造った超特大の槍をヒメカは振り下ろす。まるで、炎の柱を一まとめにして目にしただけで眼光から脳髄を燃やし尽くす熾烈な一撃だった。

 しかし、センセイは文字通りローソクの火でも消すかのように顔の前で風の塊を作ると炎の槍ごとヒメカを突風で弾き飛ばした。


 「争いを繰り返すように同じことしかできない、やはりお前達は愚かな人間の一人だ。原初の男は、世界の命運を間違った者達に委ねたようだな」


 「もしもマハガドさん……原初のルキフィアロードが俺達を愚かな人間だと思って力を託したのなら、その通りだろうよ! 間違ってなんかないさ!」


 「ここにきて、頭をおかしくなったか? それとも、新しい自暴自棄の方法か?」


 センセイが訝しむのも無理はないだろう。

 ここまで危機的な状況だというのに、俺の口元には笑みが浮かんでいた。戦力差を前に自暴自棄になったと思われても仕方ないのかもしれない。不審がるセンセイのヒントによって、俺が辿り着いた答えを口にした。


 「原初のルキフィアロードが何で俺なんかに力を与えたか不思議だったよ。けれど、お前のお陰で少しだけ理由が分かった。……人間は何度も失敗するし、取り返しのつかない間違いも犯す。それでも、罪を抱える一つの種族としていつだって前に進んできた。本当ならこの世界の種族だって、ルキフィアロードの力やお前の力で強制的に争いを終わらせる必要はないんだ! 何度も傷ついて争って、それでも明日を夢見て……そうやって、毎日少しずつ未来に進んでいけ! 誰かを想って傷つけることを簡単に否定するな!」


 よほど腹が立つことを言われたのか、言葉を返さずにセンセイはノーモーションで魔力の波動を俺に放ったが復帰したヒメカの消失の魔法によって相殺された。


 「ヒメカ……」


 颯爽と現れたヒメカは俺の隣に並び立てば、眉間に皺を寄せるセンセイに向き直った。


 「それは、お前達が自分達を肯定しようとしているだけではないのか。己の身勝手で多くの者の命を奪った自分達が許されたくて、私にそのような詭弁を吐いているのだ」


 そう、センセイの言う通りだ。俺達がどれだけ綺麗ごとを並べても自分の感情のままに他者の命を奪った事実は消えない。口にした言葉や行動ですらも、永遠に偽善のままなのだ。

 先に反論をしたのはヒメカの方だった。


 「一度の敗北で分からないなら、何度だって本当の現実を突きつけてやるわ! 醜くても無様でも、生きていることすら滑稽でも……辿り着ける未来があると知ったなら、人間は前進していける生き物なのよ! だから、私達が諦めない限り……絶対に貴方に負けることはない! そして、いつか貴方を殺せる!」


 静かにセンセイの怒りの沸点が上がっていく上昇していくのを感じていた。声を荒げなくても、視線や気配、何より周囲に満ちていく魔力が彼の怒りを物語っていた。


 「自分で滑稽だと分かっていながら、それでも立ち向かうか! ああ! いいだろう! この私が、お前達を喰らおう! もう世界を壊す過程などどうでもいい! 全ての種族が最後は敵となるなら、全てが終わった世界で新しい生命を生み出せば良い話だ! 私に魔法を向けることを後悔せよ!」


 センセイの周囲にいくつもの、否、何十、何百という数の魔法陣が小さい物から大きい物まで大小様々な魔法陣が出現する。無数の魔法陣がセンセイを囲む籠のように広がっていけば、その内の一つが崩壊を知らせるベルのように音をたてて弾け散った。

 突如、周囲が、世界が、暗転した。

 頭上の空は暗黒に染まり、星すらも覗かない。この星を邪悪すぎるセンセイの魔力によって覆ってしまっているのだという考えに至るのはそう長くはかからなかった。


 「うおおおおぉぉぉぉぉ――ー!!!」


 両手の拳を握り咆哮し、全身から魔力を放出したセンセイはなおも魔法陣を永遠と生成続ける。あの魔法陣がこのまま広がり続ければ、いつかは世界中の種族を殺してしまうほどの大魔法が完成してしまうのは明白だった。

 世界を一転させるほどの強大な力を持ったセンセイを前にして言葉を失いそうになる俺の肩をヒメカが叩いた。


 「何してんのよ、お兄ちゃん」


 「ヒメカ」


 「二度と足を止めないて決めたんでしょ。だったら、こんな所でぼぉとする前にやることあるでしょう」


 気持ちを奮い立たせて頷けば、ヒメカは二人で水鉄砲で遊んでいた頃のようなやんちゃな笑顔で返した。


 「全力でアイツを私が止める。その間に、お兄ちゃんは何とかして」


 「何とかって……」


 「――私のお兄ちゃんでしょ! ほら、しっかりしなよ! じゃあ、行ってきまーす!」


 魔法陣を生み出し続けるセンセイにヒメカは向かって行った。

 その背中を見送りながら、自分のやるべきことを思案する。セブンスラグナストに全てを込めるか、いいや、あれを使うには今のセンセイは強大過ぎる。

 センセイに挑むヒメカを見ると右手から炎の鳥を出現させて、左手側から黒い炎の鳥で魔法陣を焼き払い、なおかつ消失の魔法でセンセイを直接攻撃しようとしているようだが、奴の魔法陣は防ぎつつさらには魔法陣か様々な属性で応戦しようとしている。たった二人の戦いなのに、何百という魔法をぶつけ合わせるような壮絶な爆発が目の前で起こっていた。


 『ひっでえ魔法だな、繋がるかな……――おい、聞こえるか! 俺だ! トマスだ!』


 そんな時、俺の頭の中に魔力を通して聞き覚えのある声が飛び込んできた。


 『まさか、トマス……?』


 『ああ! お前達の魔法のぶつかり合いが凄まじくて、なかなか声が届かなかったんだ……それより、大まかな話は村長から聞いた! タスクの方からも、どんな状況なのか詳しく教えてくれないか!?』


 ちょうど袋小路に陥っていた俺は、藁にでも縋る思いでトマスに現状を話すことにした。

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