第47話 英雄幻視
ルキフィアロードのことも含めた現在の状況を簡潔にトマスに説明すれば、意外にも陽気な声で返答があった。
『なるほど、よく分かった。今戦っている奴が、何千年も生きているような魔法の怪物だっていうなら、こっちは年数では勝てなくても何千人の力で挑もうぜ』
『……どういうことだ……』
『今ここにはうちの村を助ける為に集まってくれた数百人の魔族達が居る。それだけじゃない、魔法を通して彼らの村の者達にも呼びかければ、もっと大勢の力を集めることもできるはずだ。それに、ここに居るのは俺達だけじゃない――』
『――先生、ずっと探していたよ』
忘れるはずがない声だった。可愛らしい少しませた少女の声。
彼女の声に涙が溢れて来るが、今は泣いている暇はないのは百も承知なので涙を拭い彼女の名前を呼ぶ。
『――リアヌ』
『うん、私もメリッサも先生が助けてくれた子供達もみんな先生を探していたんだ。そんな時に偶然トマスさんと会って、何か力になればと思ってここまで一緒に助けに来たんだ』
『メリッサも……こんなに嬉しいの久しぶりだよ』
『――感動の再会は後にしてくれ、俺達はタスクに協力できるかもしれない』
気持ちを切り替える為にも、大きく深呼吸をしてトマスの話に耳を傾ける。
身体はボロボロでも、気持ちはずっと元気になった気がする。
『教えてくれ』
『ああ、ルキフィアロードの力で俺達の魔力だけ喰らうんだ』
『そんなこと可能なのか』
『俺達は魔力に慣れ親しみ共存してきた魔力の熟練者だ。タスクが望んで俺達の魔力を喰らい、そこを制御して俺達の中の魔力を根こそぎ喰らうようにするさ』
『待てよ、危険すぎる。それで本当に命の保証はできるのか』
『五分五分さ、でも……世界を滅ぼされるよりは百倍マシだし、タスクのルキフィアロードが操れなくても俺達の責任だ』
本音を言えば、例え魔族の力を喰らってもセンセイと勝てるかどうか怪しい。だが、彼らの力を喰らうことで勝率が上がるのは事実だった。
確かにここで俺達が負けてしまえば、世界中の人達は死ぬか、それ以上に恐ろしい未来が待っている。センセイの闇は底が知れない、彼の怒りは俺達を滅ぼしただけでは終わるはずがない。
逡巡すら、この世界の寿命を縮めてしまう恐れがあった。苦渋の決断になるが、この選択にはまだ可能性が残されていた。
迷いながら返答する。
『……分かった、今からルキフィアロードの力をそちらに向ける。俺自身の意思でこの力を使うのは初めてなんだ。無理はするなよ』
『任せろ! 古代の禁忌と現代の魔族達の戦いだ! こいつは、後の世に語り継がれるぞ!』
ルキフィアロードの話をしたが、俺はまだトマスにジルドルの話をしていなかった。ここで憂いを絶つ為にも、俺は声を密やかにしてトマスの名前を呼んだ。
『こんなところで言うべきことじゃないかもしれないが、言わせてほしい。……ジルドルは、俺のルキフィアロードで喰らった。アイツは、俺の為に犠牲になったんだ、本当に申し訳ないことをした……』
返事は数秒時間を置いた。
『……気にすんな、ただし責任を持って世界を救ってくれ。俺も……ジルドルもそれだけを望んでいるはずなんだ』
噛みしめるようにトマスの言葉を聞き、俺がやろうとしていることをヒメカに脳内に早口で伝えた。一度だけ、業火の中でヒメカはこちらへとアイコンタクトを送ると頷いた。
準備はできた、失敗は許されない。両手をめいいっぱいに広げてルキフィアロードの力を解放し、脳内に送られた魔力の信号を手繰ればいくつもの魔力の個体を感じ取る。
「黄昏の底よりも、昏く、凍てつくような悠久の棺の中、久遠の果てに待つのは絢爛たる祝福の王座」
あの時は、この詠唱は無理やり言わせられていた。だが、今回は違う。もう振り回されない、この忌むべき力で世界を救う。
「我は魔道にして、唯一にして全なる魔力の脈動。亡者と契り、生者と結ばん。――ルキフィアロード!!!」
ルキフィアロードという名前の全てを喰らう魔法は、その時初めて自分の意思を持ち、喰らうべきモノだけを喰らう為に力を解放した。
※
「――何をしている」
力の解放に専念していたセンセイも異変を察知した。
タスクの肉体から放出される魔力は紛れもなくルキフィアロードのものだが、見たこともない形に変質しようとしている。ルキフィアロードを創造した己すらも知らない力が渦巻いていた。
今なお現在進行形で、基本はあったとしても完成させた魔法が別の形になろうとしている。いずれにしても、この行為は自分の目的の障害になるのだと瞬時に理解できた。
「お前のやろうとしていることは、我が魔法への冒涜ぞ!」
ただ無限に増殖を続けていた周辺の魔法陣は水平だったもの傾けて、魔法陣を鏡面のようにタスクの方向へと向いた。。
「――やらせないわよ!」
増え続ける魔法陣を炎の竜と漆黒の鳥に託し、ヒメカは単身でタスクを庇うように後方に戻る。
魔法陣が発光すれば、無数のスポットライトに照らされるステージのように周囲が明るくなる。昼間のように明るくなった空間に立つのはルキフィアロードの力を解放することに集中するタスクと飛び込んできたヒメカの姿。
「ここで負けたら、私は何にもなれないのよ! 私は私の為に、お兄ちゃんを守る!」
大小様々な何百という魔法時から一斉に魔力の光の柱が降り注いだ。いずれも一つ一つが、ヒメカもよく知るプロミネンスに匹敵するほどの大魔力。
頭上に両手を構えれば、発動するのは消失の魔法。
本来なら目標に定めた空間を完全にこの世界から消滅させる魔法であり、決して他者を守る魔法とはいえない。しかし、既に防ぐような魔法で受け止めきれる限界を、この光の柱は突破してしまっているのだ。
攻撃を防ぐには盾以外にも方法はある。剣は剣で弾くことだってできるはずだ。
「消し去れぇ――!!!」
黒板消しでチョークの文字を消すように、左右の手を内側から外側へとスライドさせた。そして、訪れるのは沈黙。
相変わらず魔法陣が無限に増殖を続けていた。だが、今度の魔法陣はタスクへと向けられているものだった。
乾いた笑いが出て来るが、ヒメカの瞳の輝きは消えてはいない。
「全てを消してほしいと求めた……そのための消滅の魔法だった。でも今は……大切なものに迫りくる脅威を消滅させるための魔法になった! 殺すだけじゃない、私には守るための魔法もあるんだ!」
ほんの数メートル後ろでルキフィアロードの操作に専念するタスクの姿をチラリと見る。
この私を信頼しているから、ここまで無防備に自分を晒しているんだ。
生まれて初めて兄の隣に並び立つことができた気がした。
生まれて初めて兄を本気で守りたいと思った。
生まれて初めて兄のことを理解できた。
――後は、この世界を救うだけだ。
幼い頃、ヒーローショーの舞台に立つ英雄に憧れた二人が英雄になる日が来たのだ。
「お兄ちゃん、ステージは私が盛り上げておくよ! さあ、二人でヒーローになるんだ! 子供の頃から追いかけ続けた、ヒーローの幻を私達で現実にしようよ!」
いつか見たヒーローショーを、いつの日か見ようとしたヒーローショーを、今ここに――英雄を幻視せよ。
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