第45話 喰らう理由

 「すまない、マハガドさん……言っていることの意味が分からないんだが」


 愕然とする俺の前で胡坐をかいたマハガドさんがしょうがないなといった様子で話をする。


 「時間もねえんだから、何度も言わせんな。お前達の得意技だ、俺の命を喰らえば奴に匹敵するぐらいの力が手に入る。ただ大事なのは、二人で同時に俺を殺せ。同時に喰らった形にしないと、でかすぎる魔力はうまく取り込めねえんだよ」


 ほぼ無意識に、面倒くさそうに説明するマハガドさんの胸倉を掴んでいた。


 「俺に大事な仲間を殺せと言ってるんですか!? そんなこと、死んでも嫌だ……! もうこれ以上、仲間を殺したくも喰らいたくもない!」


 「そう言うなよ、俺はお前達の一部となって生き続ける。これは原初の俺とマハガドの俺とで相談して決めた結果だ。このまま奴を放っておけば、今度こそ世界は終わる。奴のせいでこの世界の種族は緊張状態に陥っている。本当なら戦争を起こすはずがなかった人魚族も魔族を殺すつもりがなかった人間族も、みんな奴という存在に狂わされた結果なんだ。既に奴は、世界を崩壊させる準備はできている……奴は自分が最後の一押しになることで、今度こそ終わらせて世界の創造とやらを開始するつもりだ」


 マハガドさんの右目は優しく見守る兄のような眼差しで、左目は勇敢な強い輝きを持っていた。二つの目の中にある二つの人格が、俺とヒメカに全てを背負って戦えと語っていた。

 正直なところ、恐怖でしかなかった。もしかしたら、マハガドさんを喰らえば勝てるかもしれないが、今度こそ人間性を失うかもしれない。世界の危機を前に、本音を言えば尻込みをしていた。

 言葉を返すこともできずに震える俺の手をマハガドさんが握ると、そっと離した。


 「俺の命を背負いきれないと思ってるだろ。その為に、ヒメカと二人で俺達の命を背負うんだ。お前達どちらか一人では二人のマハガドの命と絆は重過ぎる……だからこそ兄妹で……異世界からやってきた絆を喰らう英雄達に喰らってほしいんだよ」


 「俺は……どうしたらいいのか分からない……」


 お兄ちゃん、と呼ばれて振り返るとヒメカは俺の肩に手を回してぎゅっと抱きしめた。


 「私はマハガドを喰らうよ。そして、世界の破壊者も喰らってみせる」


 「……お前、それがどういう意味か分かってんのか」


 「もちろんだよ、今はセンセイから解放されて気持ちもずっと落ち着いている。自分がどれだけ異常な状態だったのかも思い出した。……贖罪がしたい。奴を倒すことこそが、私が今まで喰らってきた命への償いになるような気がするんだ」


 「ヒメカ……」


 ヒメカは俺の涙を指先で拭うと、立ち上がり右手に炎を宿らせる。


 「お兄ちゃん、立って。そして、マハガドさんを喰らうよ!」


 ガハハハッと少し前に聞いたはずが、ずっと昔に聞いたような笑い声を耳にした。


 「話が早くて助かるぜ、さすがおてんぱお嬢さんだ!」


 「さすが、世界規模の存在! 私の悪行をおてんぱで済ませるなんで、凄い神経だね。……でも、自分の為に喰らう命はこれで最後にするよ」


 「ガハハハッ! そこまで言ってくれるなら、思い残すことはねえな! ……さあ、お嬢さんの準備はできたみたいだぜ! 次はお前の番だ!」


 奪われて失われた命が目の前で生きていた。それだけで嬉しかったのに、今度はその命を壊せだなんてあんまりな仕打ちだった。

 思い返せば、この世界に来てから失うことしかしていない。常に奪われて壊され続けて、そして、望みもしないのに奪って壊す道しか選べなかった。

 ヒメカは贖罪だと言った、そんなの俺も同じことだ。彼女だけじゃない、俺だって償わなければいけない贖罪を抱えている。

 償う為にさらに罪を重ねるしかないなんて、本当にこの力は残酷だ。でも――。


 ――残酷だが素敵な世界だ。

 ――壊してしまうには、あまりに綺麗だった。


 「……分かりました、マハガドさん」


 立ち上がる俺の右手には水の魔法陣が発生した。超高密度の魔力の水の塊をぶつければ、一瞬にしてマハガドさんを粉砕することができる。痛みなんて一度も感じないほど。

 ずっとうなだれていて見ることのできなかったマハガドさんの顔は、酷く穏やかな顔をしていた。


 「二人とも、頼むぜ。確かにお前らは大勢の命を奪ったかもしれねえし、きっと恨んでいる人間も居ることだろう。お前達が奴に翻弄されていたとしても全員が許すことはない。……だが、この世界で全ての人間がお前達の敵になっても、俺だけは味方だ。俺はこの世界で唯一、お前達の気持ちを理解し受け止めることができるんだ。さあ、来いよ。永遠に続くかもしれなかった悲劇を――喜劇に変えようぜ」


 ヒメカが魔法陣を振りかぶると炎の輝きに強い漆黒の色が混ざり、さらに、また別の魔力の迸りが流れ込む。炎、黒い炎、消滅の力が一つになろうとしている。

 俺もヒメカに合わせるように振りかぶれば、背後にいくつもの水の剣が出現する。宙に浮かんだそれらは、魔法を放つと同時に徹底的にマハガドさんを刻むだろう。


 「最後まで偉そうな奴ね! だったら、そうやって胡坐でもかいて――」


 ヒメカの魔法の炎が火柱を上げて高くなる。


 「いつか、きっと! そこに行きます! その時にちゃんとお礼を言いますから……だから――」


 俺達はこの世界に来て初めて、互いの目的の為に魔法を発動させた。

 恩人を――喰らう為に――。


 「「――幸せな結末で待っていて!!!」」 


 破壊を形にしたような俺達の魔法の力は、マハガドさんを飲み込んだ。

 俺達の耳に、最後にとても幸福そうな、あの豪胆な笑い声がいつまでも耳に残っていた――。

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