第74話:スキル発動

 話は少し前に遡る。

 そう、魔王様が自分ごと魔王魂を貫け、と言い出した時のことだ。

 

 最初は驚いたけど、話を聞けば聞くほど、確かにその方法しかないと思った。

 でも、魔王様が魔王魂を抱えて死んじゃうなんてあんまりだ。

 あたしたちは魔王魂から解放出来るはずだった。

 魔王魂だけを倒し、魔王様も世界も救って、勇者様たちは賞金をゲットして、ハッピーエンドに終わるはずだったんだ。

 なのに、こんな結末なんて……。

 悲しすぎた。

 辛すぎた。

 なんとかしたいけど、何も出来ない自分がもどかしかった。


『まだ諦めるには早い。魔王を助ける手立てはあるぞ、キィ』


 そんな自分の心に直接話しかけてくるヤツがいた。

 本当なら聞く耳も持たない、全ての元凶が発する言葉。

 だけど、諦めたくないあたしに、ヤツの言葉はあまりに甘露だった。


『確かに我は今、奴の体に封じ込められて、自由に外へ出ること叶わぬ。だが、もしお前が直接奴と触れれば、我はお前へと乗り移ることが出来るであろう』


 こいつバカ?

 そんなことをしたら、魔王様の計画が全て台無しになるじゃないか。

 出来ない。

 出来るわけない。

 でも。


「直接触るって、普通に握手でもいいの?」


 気付けばそんなことを尋ねていた。


『いや、もっと深い肉体的な接触が必要だ』


 え、ちょっと。

 いくら魔王様を助けたいとは言え、肉体的な接触なんてそんな恥ずかしいこと、人前で出来るかっ! 


『……口づけぐらいは出来るであろう?』


 あ、そっちか!

 キスならキスとはっきり言えばいいのに。

 おかげであんなことや、こんなことまで想像しちゃったじゃないか。

 しかし、キスかぁ。うーん、いや、よくよく考えるとそっちでも十分に恥ずかしいなぁ、って。


「問題はそこじゃないよ! 仮にあんたを魔王様からあたしに移したところで、あんたが逃げるだけで誰も得しないじゃないか!」


 まぁ、結果としてあたしも世界の滅亡から脱出できるんだろうけど、今さらあたしひとり助かりたいなんて思わないやい。


『ああ、我は生き、世界は滅びる。勇者たちの念願も果たせぬ。だが』


 魔王魂が認めつつも、さらなる甘い誘惑の言葉を囁く。


『我の無限の魔力をもってすれば、この世界中の生きとし生ける者を我とともに別世界へと転送することが可能だ』


 なんだって?


『こう言っても信じてはもらえぬであろうが、我はもとよりそのつもりであった。が、この体の男が邪魔をしおってな。こやつは世界そのものを愛し、世界の継続と、勇者たちの念願が果たされることを希望しておる。ゆえに我が最大限の魔力を使うのを阻止せんと抗っておったのだ』


 うーん、さっきまでの魔王魂の振る舞いを見ているから、まったくといっていいほど信じられない話だった。

 だけど、もし本当だったら?

 世界は滅んでも、また別の世界でみんながやり直すことが出来るんだとしたら?


 勇者様たちには悪いけれど、あたしはどうしても魔王様を救いたかった。


「分かった」


 よーく考えて、あたしは結論を出した。


「あんたの誘いに乗ってやる!」






「キィよ、なぜ?」


 魔王様があたしに問いかける。

 魔王様を救いたかったから、と答えたかった。

 が。

 

『あははははははははは、まったく馬鹿な娘だ。我の甘言にあっさりと騙されおったわ』


 あたしの口からは魔王魂の禍々しい声しか出てこない。

 

『こいつはな、お前を助けたいという泥沼に沈んでおったのだ。そこに我が救いの手を差し出してやった。ははははははははは、本当に絶体絶命だったのは我の方であったのにな』


 ケタケタケタと本当におかしくてたまらないとばかりに笑い転げる。

 うう、ちくしょう。人の体で好き勝手するな。


「貴様ぁ、キィを返しやがれ!」

『おっと、勇者。お前にこいつが攻撃できるか? お前はとっくに一撃必殺キラータイトルの発動条件を満たしているのだろう? そんな状態で攻撃してみろ……こいつ、死んでしまうぞ?』


 魔王魂が挑発する。

 が、その考えは甘い。

 勇者様ならなんの躊躇いもなく、あたしを攻撃するに決まってるんだ!


「……く、卑怯だぞ、こんちくしょう!」


 ……はい?

 え、ちょっと? なんでここで悔しそうに剣を降ろすんだ、勇者様っ!?

 いつもなら「あははは、そんなの関係あるかーい!」って感じであたしをドカンと殴るじゃん。あの遠慮なさはどこにいったし?


「ハヅキが出来ないなら、僕がやろう!」

「うおおお!?」


 あ、あぶねー。勇者様の思わぬリアクションに驚いていたら、死角からコウエさんが全然躊躇いのない一撃を繰り出してきた。

 ひょいと逃げられたから良かったものの、もしあんなのが当たっていたらと思うと……あ、いや、今は当たらないとダメなのか。でも、もうちょっと遠慮して優しくしてほしい。

 

「くそう、やっぱり当たらないか……」


 コウエさんがさらに剣を振り続けるも、あたしはどれも器用に凌いでみせる。


「バカめ、こいつの体に攻撃を当てるなぞ、出来るものか!」


 自慢げに魔王魂がぬははははと笑った。。

 くそー、こいつ、ホントに他人の能力に頼りっきりのヤツだな。

 こんなヤツに好き勝手されるなんて、さすがに情けなくなってきた。


「ハヅキ、やはりお前の一撃必殺しかないぞ、これ!」

「やるんだ、ハヅキ! 依り代を変えたばかりの今なら、世界転移の呪文は再度詠唱しなおしになるはず。今ならヤツをやれるはずだ!」


 みんなの注目が勇者様に集まる。

 けど、勇者様はただ辛そうな表情を浮かべるだけで、動けなかった。


「ハヅキ君、気持ちは分かるけど、なんとか出来るのってハヅキ君しかいないんだよっ!?」 

「……分かってる! 分かってるけど……」


 ミズハさんの言葉に、勇者様はうなだれて呟く。


「だけど……キィを……俺の手でなんて……」


 勇者様の口から、悔しさという感情が言葉となって零れ落ちた。


「嫌だ……出来るわけ……ないだろう」


 そしてさらなる感情が地面にぽとりぽとりと落ちて、染みを作り上げていく……。

 ああ、マジですか?

 マジだったんですか、勇者様?

 これまであたしが勇者様に愛されていると、みんなにからかわれてきた。

 その度に「んなことあるかいっ!」って思っていた。

 でも、こんな姿を見せられたら、あたしだって分かる。

 勇者様があたしのことをこんなにも大切に思っていてくれていたんだって。

 嬉しいというか、なんというか。

 心のどこかがくすぐったいような、それでいてちょっと温かいような、不思議な気分だ。

 でも、苛めることでしか愛情表現出来ないなんて、ホント、子供っぽい人だなぁ。

 おかげであたしはなんども酷いめにあったんだぞ!

 だけど、うん、もういいよ。全部許してあげるよ、勇者様。

 だから、あたしを。



 あたしを殺して――



 と、願っても勇者様に伝わるわけでもなく。

 あたしは相変わらず、魔王魂に体を乗っ取られていた。

 言葉も発することが出来ず、やれることといえば、せいぜいちょっと体を動かす程度。

 何もできないまま、魔王魂の世界転移の詠唱はどんどん進んでいく。

 おまけに陽もかなり傾き、この世の終わりも刻一刻と近づいていた。


「ハヅキ!」

「ハヅキ君!」


 みんなに励まされるも、いまだ勇者様はただ俯くだけ。あたしを見ようともしない。

 ああ、もうどうすればいいんだろう。

 正直なところ、魔王魂がウソをついているのなんて、分かりきっていた。

 それでもウソに乗っかかってやったのは、魔王様の代わりにあたしが魔王魂を抱いてやられちゃえばいいやと思ったからだ。

 アホみたいに回避能力が高いあたしでも、勇者様の一撃必殺の前ではひとたまりもない。

 むしろ勇者様なら一撃で済ましてくれるから、痛いのも一瞬だなって思っていたのに……。

 ああ、もうホント、勇者様のヘタレ! バカタレ!

 せめてあたしの眼を見ろよ、おい!


 と、そこでふとあたしは思いついた。


 そう言えばあたし、自分に注目を集めるスキルを持ってなかったっけ?

 虹色スライムを倒し、レベルが上がった時に『応急処置』と一緒に確か入手したはずだ。

 名前は……そうだ、『ギャザリング』だ! 

 こいつを使えば、勇者様に目を向けさせることぐらいは出来るかも!?


「……ッ……!」


 相変わらず言葉は魔王魂に支配されている。

 だけど、心で念じれば、きっと届く!

 お願い勇者様、あたしを、あたしを見て!

 思いっきり気持ちを込めて、あたしは



『ギャザリング』を発動させた。


 

 途端、白い何かが私の視界を覆った。

 目を凝らしてよーく見ると、その白い何かは土やら草やら焦げ跡やらで結構汚れていた。

 本当は純白という言葉がふさわしいほど真っ白なのに。なんとも痛ましい限りだ。

 

 それにもうひとつ、気になることがあった。

 下半身が……。

 下半身が、なんかね、あの、その……どうにもスースーするんだ。

 

 なんだろ、なんだか嫌な予感がするよ。

 ふと見上げると、あたしの両手が何かを掴んで、頭のあたりにあった。

 なにを掴んでいるんだろうと、眼を凝らしてよく見てみると、それは青い布。

 これまた結構汚れたり、ほころびが出来たりしていて、なんというかとても愛着があるような……ぶっちゃけ、あたしが着ているメイド服のスカートにとても似ているような気がする。

 

 って、ああ、なるほど!

 ようやくあたしは理解した。

 両手に持っているのはスカートの端で、視界を覆ったのは私のエプロンだろう。

 うんうん、冷静に考えれば単純明快だった。

 じゃあ、つまり、あたしは今、エプロンごとスカートを捲り上げているんだな、うん……。


 あたしは恐る恐る上げた両手をゆっくり降ろして、みんなの反応を伺う。


 みんなからガン見されていた。


 うわん、もうお嫁に行けない!

 ふざけるな! 自らスカートを捲り上げるなんて、うら若き乙女になんてことをさせるんだ、このスキルは!?

 しかも、あたし、あ、あ、あのとんでもないパーソナルスキル……ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ、パンツ穿いない、があるんだぞうおおおおおぅぅぅ!?


「キィ! 貴様、何やってやがるんだぁぁぁぁ!」


 と、パニックになっているあたしに勇者様が顔を真っ赤にして近付き、拳を振り上げる。


『え?』


 魔王魂が驚きの声をあげた。

 次の瞬間。

 ツッコミにしては激しすぎる衝撃が体全体を揺さぶり、あたしはあっさりと意識を失ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る