第73話:決断
「こやつの好きなようにはさせぬ」
魔王様は確かにそう言った。
地団駄を踏みながら言った。
『貴様、ふざけるなっ! 自分が何をしているのか分かってるのかっ! このままでは我と共にお前も滅びるのだぞ?』
「分かっているとも。むしろ魔王魂よ、お前こそ往生際が悪すぎやしないか?」
再び体を支配しようと抵抗する魔王魂への対応に、魔王様も大変なのだった。
まぁ、こちらから見たら、なんともヘンテコな一人芝居で面白いんだけど。
って、それはともかく。
「好きなようにさせないって、一体?」
「魔王魂が詠じた世界移転魔法を封じておる! 今ならば逃げられたりはせぬから、余ごと貫けば魔王魂を倒すことが出来るはずだ」
「ええっ? ちょっと、魔王様ごと貫くってそんな……」
そんなことしたら、魔王様だって死んじゃうじゃん!
「ダメだよ、魔王様っ! それよりも魔王魂を自分の体から吐き出して! そうしたらみんなが魔王魂を攻撃する手はずになってるから、それで!」
「残念ながら、それはダメだ」
「なんで?」
「余の体を飛び出した魔王魂は、キィに乗り移ろうとするであろう」
「分かってるよ、そんなの! 大丈夫、ちゃんとみんなが魔王魂を倒すまで逃げ切るから!」
魔王様だって、あたしの奇跡的な回避能力は知っているんだ。ここは是非ともあたしを信頼してほしい!
「ダメだ、キィ」
「なして!? ここは『分かった、キィ、お前に世界の命運を賭けてみよう』って流れじゃないの!?」
それにダメ出しがあっさりすぎる! そんなにあたしは信用ならないのかっ、おい!?
「そうではない。キィならば余のようにあっさり魔王魂に取り憑かれるなんてことにはならぬであろう。が、魔王魂が別世界へと逃げられぬのは、余の体が檻の役目をはたしておるからだ。もしここで魔王魂を外に出しては、たちまち逃げ去られてしまうであろう。それでは世界は救えぬ。救えないのだ、キィ」
な、な、な、な、なななななんですとーっ!?
「だから余ごと魔王魂を倒すのだ。そうすればこの世界は救われる」
ぐおおおおおおおっっっと魔王様の口から、魔王魂の咆哮が轟く。
しかし、それも無視して魔王様は爽やかな笑顔で、辛い選択をあたしたちに強いる。
「さぁ、勇者よ、頼む。余は余の役割を全うしよう。そなたも自分の任務を果たすがよい」
魔王魂が別の世界へ逃げようとすることまで読んでいたのかは分からない。
だけど、この結末は魔王様が戦いが始まる前から企んでいた計画通りなんだろう。
自分が打ち倒されることで、世界を継続させよう、と。
実際は魔王様本人ではなくて、魔王魂の消滅が世界を救う鍵なんだけど、こうなっては結局は同じことだ。
以前、勇者様を蘇らせて挑発し続けたのは、勇者様に別世界への門を開かせる為だって魔王様は言った。
でも、それとは別にこんな未来も、勇者様のパーソナルスキルを知った瞬間にもしかしたら思い描いていたのかもしれない。
万が一のために自分を倒し得る勇者を育てておこう、と。
未熟な勇者様を心身ともに鍛えておこう、と。
だから、魔王様は勇者様に付き合い続けたんだ。
全ては世界を救うため。
そのために魔王様は自らの命を、とっくの昔に差し出していたんだ……。
「魔王様……」
「キィ。何故そのような寂しい顔をする。これで世界が救われる、喜ばしいことではないか」
「でも、魔王様。そのために魔王様が死んじゃうなんて……」
「キィよ、以前にも話したであろう、誰しも成すべき宿命を持って生まれてくる、と。そして余の宿命とは」
魔王様がやさしく、あたしの濡れた頬に触れる。
「この素晴らしい世界を、こんなところで終わらせないことだと思うのだよ。何故なら余は魔族とは言え、王であるのだから。王が民の平和のために命を尽くすのは当然であろう?」
「魔王……さま……」
魔王様は、ホント、最後まで魔王様だった。
「だからキィよ、余は今とても誇らしい気持ちなのだ。余は見事宿命を果たした。困難な道のりであったが、勇者たちの頑張りのおかげでついにこの時を迎えた。本当に感謝する。だが、最後にもうひとつだけ求めることができるのならば」
魔王様が微笑む。
「キィよ。余の成し遂げた宿命を見届けた、忠実なる
魔王様の言葉に、ただでさえ滲む視界がさらにぼやけてしまった。
これでは魔王様の顔もちゃんと見えない。
ダメだ、ダメだ。
こんなことじゃあ失敗しちゃう。
あたしは右腕でごしごしと涙を拭って、笑顔で言った。
「魔王様……あたしも……あたしの宿命が分かっちゃいましたよ」
笑顔で答えて、思い切り、その胸に飛び込んだ。
「な、キィ!?」
「魔王様、ごめんなさい!」
「やめろっ、キィ!」
魔王様が慌てて逃げようとする。
でも、あたしは魔王様をぎゅっと抱きしめると。
精一杯背伸びして、魔王様の唇に自分の唇を押し付けた。
瞬間、あたしの中に何かが入ってくる。
『ははははははっははははははははははははは、よくやった、よくやったぞ、キィ! よくぞ我をこの男から解放した!』
その余韻を味わう暇もなく魔王様から素早く飛び退いたあたしの口から、到底自分のとは思えない穢れた声が出てきた。
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