第72話:魔王魂

「はっはっは、そうか、お前たちはそんなことにも気付かず、戦っていたのか……」


 呆気に取られる私たちに、魔王様は顔を醜く歪ませて笑い続ける。


「あははははは、そうだ、余は最初から別世界へと逃げるつもりだったのだ。世界が終わりを迎えても、万が一討ち取られそうになったとしても、な。なのに、お前たちはそんなことにも気付かず、余を倒せると馬鹿みたいに信じて戦ったのか。これは傑作だ、最高に面白いものをこの世界の終わりに見せてもらったぞ、人間たちよ」


 あはははははははははははと激しく嘲笑する魔王様。

 いや、違う。

 魔王様の姿をしているけれど、今、話しているのは魔王様じゃない。


「魔王魂!」


 その名前を呼んで睨みつけてやった。


『ほう、これまたふざけた名前をつけてくれたものだな。が、まぁ、よい。そうだ、確かに余……いや、その存在に気付かれた以上、もはや正体を隠す必要もあるまい。この男を完全に支配し、我の言葉で話すとしよう』


 自称が「余」から「我」に変わった瞬間、雰囲気が明らかに変わった。

 例えるなら星の光に照らされていた夜空が突然厚い雲に覆われて、完全に真っ暗になってしまったような感じだ。

 

『我こそが真の魔王。無尽蔵な魔力を誇り、様々な体に取り憑くことで無限の命を持ちながらも、神々が作りし戯れの生贄とされた憐れな存在。だが、それも間もなく終わる』

「ああ、俺たちがお前を倒すからな!」


 勇者様が剣の柄をぎゅっと絞り込む。


『ははは、勇者よ。まだ、そんなことを言っているのか? 無駄だ、もう遅い。全てはすでに終わったのだ。お前が必死に剣を振るっている間、我は別世界への移転呪文を詠唱し続けていた。あとはもう念じるだけで、いつでも好きな時に世界を移ることができる。そう、お前の剣がわずかにでも動く間にな』


 試してみたければ試してみるがいい、と魔王魂は腕を大きく広げた。

 これにはさすがのバカタレな勇者様も迂闊には動けない。

 ハッタリだったらいいけど、仮に本当のことを話しているとしたら、攻撃をしようとした途端に魔王魂はこの世界から姿を消すだろう。そうなってはもうお手上げだ。


『動けぬか? 動けぬであろうなぁ、あはははははははははは』


 うう、くそう、魔王魂め。むっちゃ腹立つなぁ。

 でも、実際、あたしたちは動けなかった。出来ることと言えば、まだ諦めてないと魔王魂を睨みつけながら、何かできないかと必死に考えることだけ。

 

『はははははは、無駄だ。もうお前たちには我を止めることなどできない。諦めて絶望に染まるがいい! あははははははははは!』


 だけど、そんなあたしたちを魔王魂はさらに酷く嘲り笑う。

 ホント、ひどい。あんまりだ。あの端整な魔王様の顔で、そんなに醜く笑って欲しくないよ、まったく!


 って、ふとピーンと来たっ!

 そうだ、まだ手はある。

 あたしたちでは無理でも、あの人ならきっと……。

 一瞬見えたかすかな光が、たちまちあたしの心を明るく照らす希望となった。

 気がつくと、あたしは大きく息を吸い込み、とっておきの大声で叫んでいた。


「魔王様っ! なに魔王魂なんかに体を乗っ取られてるんですかっ! らしくないですよっ! 早く体を取り戻して、コイツをとっとと体から追っ払ってくださいーーー!」


 目の前にいる魔王魂なんかにじゃない。

 その魂に体を乗っ取られ、体の奥の奥に閉じ込められた魔王様にむかって声を振り絞る。

 もはやあたしたちには何も出来ない。

 けど、魔王様なら話は別だ。

 今は魔王魂に体を支配されてはいるけれど、あの魔王様のことだ。きっと何とかしてくれるに違いない!

 

『くっくっく、なにをするかと思えば、この体の男に呼びかけるとはな。最後の最後まで笑わせてくれる! わはははははははははははははは』


 魔王魂に爆笑された。

 でも、そんなの関係ない。


「魔王様っ、頑張って!」


 あたしはさらに魔王様に向かって叫び続けた。

 

「そうだよ! キィちゃん、ナイスアイデア! 魔王さん、戻ってきて!」


 するとミズハさんも一緒になって魔王様に呼びかけてくれた。


「そんなのアリかよって……まぁ、いいか。魔王っ、根性みせろい!」

「おい、クソ魔王! てめぇは助けてやるから早くそのクソ忌々しい魔王魂を外に出しやがれ!」


 やがてニトロさんとドエルフさんも魔王様にエールを送り始める。


「もはや藁をも掴むような覚束ない作戦だけど、仕方ない。魔王よ、僕らのの声にこたえてくれ!」


 溜息をつきながらも、コウエさんもあたしの作戦に乗ってくれた。

 

「魔王っ、俺はあんたに導かれてここまでやってきたっ! なのに最後の最後でなに勝手に退場してやがるんだよ! 戻ってきやがれー!」


 勇者様が吼えた。

 

「魔王様っ、みんなで魔王魂を倒しましょう!」


 絶対にあたしたちの声は届く。

 信じて、あたしたちは叫び続ける。

 

「…………」


 なのに、魔王様は答えてくれなかった。


『ははははははははははははははははははははは、馬鹿め、こんな貧弱な男に我を退ける力などあるものかっ!』


 いくら呼びかけても答えてくれない魔王様に、あたしたちの心が折れそうになった頃、魔王魂が話し始めた。


『この体の男はな、本来なら我が乗っ取るような器ではない。なんせ力など持たぬ学者であったからな』


 貧弱だの、力を持たないなど、酷い言われようだ。

 そりゃあ魔王魂から見たら、そうなのかもしれない。

 でも、あたしが知っている魔王様の本当の強さは、魔王魂が言うような単純なものじゃなかった。


『こいつはな腕力は勿論のこと、魔力すらほとんどないゴミのくせに知識こそが力だと信じる愚か者なのだ。くっくっく、バカめ、すべてを吹き飛ばす力こそが本当の力に決まっておろう。知識などで出来るのは、所詮は小細工程度よ』

「だったらどうしてそんな奴に乗り移ったんだ?」

『なに、ちょっとしたお遊びよ。「この魔導書には世界の全てが載っている。が、世界の真実はここには載っていない」とぬかすこやつに興味を持った。なんせくだらぬ冒険者たちとの戦いにも飽き飽きしていたからな。戯れにこいつにつきあってやろうと、我は当時の魔王の体を捨て、こいつに乗り移った』

「そうしてこの世界の真実に辿り着いたのだな?」

『そうだ。我が取り憑き、我の記憶を共有したことで、この男の世界への理解はさらに増した。そしてついに別世界の存在と、その世界への扉を開く方法を見出したのだ』


 魔王魂がとても自慢げに語る。

 だけど……


『かくして我は全てを知り得たのだっ!』


 いや、それって……。

 

 

 

「おい、さっきからなにを偉そうに言っておるのだ? お前はただ余が思考し、推測し、実行したことをただ見ていただけに過ぎぬボンクラではないか?」




 そう、その通り!

 なにやら偉そうに「全て自分がやりました、すごいでしょ」とドヤ顔で言ってくれるけど、あんたは何もやってないでしょってツッコミを入れたくて仕方なかったんだ!

 いやー、ナイス、ツッコミ! 胸がスカっとしたヨ。

 で、今のツッコミは一体誰が?

 

『なんだと!? 貴様、どうして?』


 魔王魂がうろたえた声を出して、魔王様の頭をきょろきょろさせる。


「驚くのは分かるが、余の体で無様な様子を晒すのはやめてもらおうか、魔王魂よ」


 つづいて魔王様本人の声がその口から零れて、自分の頭をぐいっと両手で挟んで真正面を向かせた。


「魔王様っ!」

「キィよ、待たせてすまなかった。こやつが浮上し、あやうく余の意識が奥底に封印されそうになったが、お前たちの呼びかけが道標となって導いてくれた。もう、こいつの好きにはさせぬから安心するがよい」


 と言いつつ、魔王魂の必死の抵抗で地団駄を踏む魔王様の体。


「ぷぷぷ」


 こんな時なのに、どうしても魔王様の言葉と、魔王魂の行動によるちぐはぐさに、笑わずにはいられなかった。

 ゴメン、魔王様っ。

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