第71話:誤算

 陽が傾き、赤く染まった戦場に、六つの長い影が今もなお激しいダンスを描き続けていた。

 

 多少の遅刻があったとはいえ、朝から繰り広げられた最終決戦。

 長時間にわたる戦闘にみんなの消耗も激しく、ちゃんと戦えるのはもう前線の四人だけだ。

 後方から強化や回復の魔法で支援していた人たちは体力的には問題ないけど、魔力をすっからかんに使い果たし、準備したアイテムも底をついてもはや完全にお役御免状態となっていた。

 

 そんな彼らに出来るのは、あたしと同じようにちょっと離れたところから祈るような気持ちで、勇者様たちと魔王様の戦いを見守ることぐらいだろう。

 

 そう、もう祈るしかない。

 勇者様のパーソナルスキル・一撃必殺キラータイトルが、どうか間に合いますように、と。

 

 何故なら陽が完全に落ちた時、世界は時を刻むのをやめてしまうからだ。

 時間切れになってしまった場合、あたしたちは何一つとして得られない。

 魔王魂から魔王様を救出することも、魔王討伐の賞金も、当然世界すらも救えない。

 終わる。終わってしまう。何もかもが無駄になってしまう。

 考えない、考えたくないと思いつつも、どうしてもその不安が頭をよぎる。

 

 だけど、そんなあたしの不安を笑い飛ばすように

 

「よーし、まさにクライマックスって感じじゃねーか! 盛り上がってきたぁぁぁ!」

「まだ一時間もあるよ! 絶対勝てる! 諦めないで!」

「いいぞ、計画通りに進んでいる。問題はない」

「俺たちの勝利の為、剣を振り続けろや、ハヅキ!」

「おっし、まかせとけー!」


 全軍の指揮が不要になり、途中から前線に加わったミズハさんとドエルフさんを含む五人の、ひたむきに勝利を信じる姿はとても心強かった。


 イサミさんの一件以降も、勇者様たちの戦い方に変わったところはなかった。

 ただ、あの事件で勇者様の気持ちはさらに引き締まり、剣筋が鋭くなったのかもしれない。それまで勇者様の攻撃に合わせて仕掛けていた魔王様も、まともな反撃が出来ないようになっていた。

 いや、もしかしたらもう魔力切れなのかも。

 いくら魔王様だって雷嵐暴走テンペストみたいな禁呪魔法を使ったんだ。相当に魔力を消費したに違いない。

 

「いいや、魔王の魔力は底なしなのじゃ」

「あ、やっぱり」


 いつの間にかあたしの隣にやってきていたドラコちゃんが否定してきた。

 あうっ、また考えを読まれた。

 ホント、この顔、なんとかしたい……。

 

「勇者の攻撃もスゴイが、決して反撃できないほどではないのじゃ。なのに反撃をしない魔王……なんか変じゃな。まるで大きな魔力を必要とする何かのために、力を貯めているかのようじゃ……」


 うーん、力を貯める必要があるほど大きな魔法?


「まさか、また雷嵐暴走を使うつもりとか?」


 今の状況であんなのを喰らえば、勇者様たちの敗北は必至。

 あたしだって、また地面を転がり回るハメになるのかと思うとうんざりする。


「それはないの。今、アレを放ったところで、後ろの連中は全滅かもしれんが、前線の奴らはきっと持ち堪えるじゃろう」

「んーと、じゃあなんだろ?」


 魔王様が最後の最後に見せる、とっておきの魔法。きっと全てを覆すような大魔法に違いない。あ、そうだ!

 

「分かった! きっと魔王様、時を戻す魔法を使って、最初からやり直すつもりなんだっ!」

「キィよ、これはそんなゲームじゃないのじゃ!」


 ドラコちゃんが憐みの目であたしを見てくる。

 うう、やめて。ついノリで言っちゃったあたしを見ないで……。


「まったく、おバカな勇者のパートナーとしてお似合いじゃな、キィは」

「ひどい! あんなのとお似合いなんてあんまりだ!」

「はぁ、とにかく今はそんなのどうでもいいのじゃ。それよりも魔王はきっと奇想天外な何かを企んでおる。なんだか嫌な予感がするのじゃ」

「嫌な予感って?」

「詳しくは分からんが、なんだか尻尾がムズムズするのじゃ」


 あたしたちの作戦は、勇者様が一撃必殺発動に必要な条件を満たし、慌てて魔王様からあたしに乗り移ろうと飛び出してきた魔王魂を、ぶちのめすこと。

 これで何もかもがハッピーエンドになる。

 しかも状況によっては、これまでなんにも良いところがなかったあたしの、華麗に魔王魂を避けて避けて避けまくるというカッコイイ見せ場のおまけつきだ。

 だけど、それももしかしたら魔王様に読まれていたとしたら……。

 

「うーん、魔王様の考え、魔王様の考え……。魔王様は面白い戦闘が好き、魔王様は皮肉屋、魔王様は方向音痴、魔王様は結構ムッツリスケベ、魔王様はああ見えて優しい、魔王様は私をからかうのが好き、魔王様は……って、あれ? ねぇ、ドラコちゃん、この場合、魔王様でいいの?」


 ふと気になった。


「? どういう意味じゃ?」

「だって、魔王様の中に魔王魂がいて、魔王様の思考をある程度操るってミズハさんたちから聞いたよ? だったら今の状況なら、魔王魂が生き残る為に魔王様に最大限介入しててもおかしくない?」

「あっ!」


 やった、なんか当たりくさいぞ。ドラコちゃんが驚いた声をあげると、なにやら考え始めた。

 ふふん、どうだい、あたしだってやる時にはやるんだ。

 キィ様、改心の一撃、ってね。


「キィ、『会心』って言葉を間違えておきながらドヤ顔するのは恥ずかしいからやめるのじゃ」


 うわわわわ、なんで想像した字の間違いまで分かるんだ? 

 もう一体どうなってんだ、この世界!?


「そうかっ、魔王魂の狙いが分かったのじゃっ! このままじゃあ勇者たちは!」

 

 その時だった。


 ぱらりーらりーらーらー♪ ぱらりらーぱっぱらー♪


 なんともオマヌケなファンファーレが轟いた。

 あたし、これ知ってる。

 一年前、勇者様に無理矢理連れ出されて、あちらこちらを旅する中で何度も聞いてきたこのファンファーレは……。


「きた、きた、きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ついに一撃必殺キラータイトルが発動条件を満たしたっ!」


 おおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!


 勇者様の咆哮に、戦場が歓声で満たされた。

 やった、間に合った。

 勇者様のパーソナルスキル・一撃必殺が、とうとう魔王様に追いついた。


 前線で戦うコウエさん達も一瞬顔を綻ばせる。

 が、すぐに顔を引き締めなおした。

 そうだ、そうだった。まだ戦いは終わってない。

 むしろここからが本番。魔王様から飛び出てきた魔王魂を倒さないといけない。

 勇者様の一撃必殺は自由にターゲットを切り替えることが出来るけど、攻撃する暇もなくあたしに乗り移られちゃったらおしまいだ。あたしはしっかり魔王魂から逃げないと、ね。

 

 って、おっと、こんなに離れたところにいては、魔王魂がばびゅーんと飛んできた時に勇者様たちは対応できないや。今のうちに勇者様たちに近付いておこうっと。

 

 あたしは迎えた大一番にドキドキしながら、勇者様たちに向かって駆け出す。

 失敗は許されない。

 絶対!

 絶対に成功させてみせると、意気込むその背後から。

 

「勇者よ、魔王を今すぐ倒すのじゃ! 早く!」


 慌てた様子のドラコちゃんが発する、とんでもない言葉が聞こえてきた。


「さもないと、魔王は逃げるのじゃ!」


 魔王様が逃げる?

 えっと、それってどういう……。

 

「……そうか、しまった、その手があった! ハヅキ、作戦変更だ。今すぐ魔王を倒せ! 今すぐにだ!」

「え? あ、ああ」


 だけど、あたしが話をよく理解出来ないうちに状況は急展開していく。

 コウエさんに急かされて、おそらくはやはり事情をよく分かっていないであろう、バカタレな勇者様が剣を構えた。

 

「うわぁ、ちょ、ちょっと、勇者様っ、話が違うよっ!」


 状況分析を一時中断し、慌てて勇者様の腰に飛びつくあたし。


「うおっ? キィ、なにをする、やめれ!」

「やめないです! だって、魔王魂がまだ外に出てきてないじゃん! 今、攻撃したら、魔王様が死んじゃうよっ!」


 魔王様は何も悪くない。ただ、魔王魂に取り憑かれただけなんだ。

 そんな人を殺させてたまるかっ!


「キィ君、やめるんだ! さっさとハヅキに攻撃させないと、魔王に逃げられる!」


 コウエさんが強引にあたしを勇者様から引っ張り離そうとする。


「逃げるって、だから、魔王魂がまだ出てきてないじゃないですかーっ!」


 あたしは水平に持ち上げられながらも、必死に勇者様の腰にしゃがみついていた。


「お、おい。そうだよ、コウエ、その嬢ちゃんの言う通りだ。まだ魔王魂が出てきてないのに、なんでそんなに慌ててるんだ?」

「ニトロ、その頭は単なる飾りか!?」


 やはりこれまた状況が飲み込めないニトロさんの言葉に、コウエさんの辛辣な声が飛ぶ。

 しょぼーんとするニトロさんの横で、「あっ」とミズハさんが小さな声をあげた。

 どうやらミズハさんは状況が飲み込めたらしい。


「……そうか、魔王さん、私たちの世界に来たことがあったから!」


 ミズハさんの顔色が俄かに青ざめる。

 うん、私たち、ミズハさんたちの世界に行ったヨ。だけど、それが今どういう関係が……ああっ!?

 

「そうだ! 奴は別世界の存在を知っている。それどころか、実際に行ったこともある。となれば、いざって時の為に、そちらへ逃る段取りを準備していてもおかしくはない!」


 うわん、その手があった!

 あたしが戻ってきた時、別世界への穴は消えてなくなっちゃったから、もうミズハさんたちの世界には行けないと思っていた。

 だけど、膨大な魔力を持つ魔王様なら違うのかもしれない。もし自由に別世界への移動を可能にしていたら……。


 あわわわわ、それってすごくマズいよ、きっと。


「だから今すぐ奴を倒さなくてはいけないんだ!」」

「で、でも、それだと魔王様も一緒に死んじゃう!」

「諦めるんだ!」

「そ、そんな! あっ!?」


 コウエさん渾身の力に、勇者様の腰に回していた手がついに引き離されてしまった。


「うわん!」

「うおっ!」


 引っ張る勢いそのままに後ろに倒れ込むコウエさんと、失礼ながらその体の上にどたっと乗り掛かるあたし。

 

「よし、ハヅキ! 今だ!」

 

 むぎゅうとあたしを押しのけて、コウエさんが叫ぶ。

 けど。


「くっくっく」


 次に聞こえてきたのは勇者様の雄叫びではなく、魔王様の含み笑いだった。

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