第70話:復活のクリスタル
「うおおおおおおおおおおおっっ!」
ニトロさんの雄叫びで戦闘が再開する。
魔王様めがけて力の篭った突きを放つニトロさん。
その対応に追われる魔王様の死角から、勇者様がすかさず剣を振るう。
さらに勇者様と同士討ちにならないよう、絶妙にタイミングを計りながらコウエさんも切り込んでいく。
「おおっ! すげぇコンビネーション! 燃えてきた!」
おまけに雷嵐暴走も耐え切ったイサミさんもテンションを上げて、戦闘に加わってきた。
背後からはミズハさんの指揮によって、魔法部隊からの支援詠唱がひっきりなしに続く。
みんなが打倒魔王魂に全力を尽くす中、あたしだけ何も出来ないのはなんとももどかしい。
だけど、今はただ待つしかない。
あたしの出番は、勇者様の
魔王様が倒されるという状況になれば、きっと魔王魂は堪らず体から飛び出してくるだろう。
そして依り代として用意していたあたしに乗り移ろうとするはずだ。
そこをあたしはひたすら避ける。
避けて、避けて、勇者様やコウエさんたちが魔王魂を撃退するまで、避けまくってやる。
それがあたしの戦い。
世界を救い。
魔王様を救い。
勇者様たちの願いを叶える。
全てをハッピーエンドにする作戦だった。
再開された戦闘も、基本的にはそれまでと同じ展開だった。
が、人数はさっきと比べて圧倒的に少ないにも関わらず、戦闘は数倍、いや、数十倍ほどにも激しさを増している。
「おりゃあああああ!」
あんなの一撃でも喰らったら一発であの世逝きなんじゃないかな。
「第三拘束解放。地獄門、展開!」
本来は片手で持つ剣をコウエさんが両手で握り締めると、淡く発光する刃が眩しいほどに輝いて、見る見るうちに
どうやらコウエさんの武器は自在にその姿を変えるらしい。
剣や斧、槍に鎌……相手との間合いに応じて常に有効な武器を選択し、魔王様に休む暇を与えずに攻め続ける。さっきまでの陽動部隊数人分の働きを、コウエさん一人で実現していた。
「おっしゃ、閃いた! こんなのはどうだ?」
戦力的には、歴戦のふたりと比べて落ちるのは仕方ないイサミさん。だけど完成されていない分、成長は著しい。
おまけにタイプ的には似ているニトロさんの参戦で、色々と学ぶところも大きいのだろう。ニトロさんの動きを参考にした新技を次々と繰り出し、魔王様を苦しめ……ているかどうかは微妙だけど、間違いなく周りに勢いをもたらしていた。
『
もちろんミズハさんの指揮と、後方部隊の支援も抜かりない。
ドエルフさんの言う通り、少し強化魔法のタイミングがずれることもあったけど、勇者様には常に武装強化が掛かっている。
ミズハさんも、ドエルフさんも、その後ろに控える後方部隊の人たちもみんながみんな、その時のために頑張っていた。
「よし、いける! もう少し! あともう少しのはずだ!」
そして勇者様はひたすら剣を振り続ける。
みんなの想いを力にして。
絶対に勝てると信じて。
魔王魂が魔王様を解放するその時に向けて、一歩一歩前進していた。
だけど。
「はっはっは、面白い。これほど楽しい戦いは本当に久しぶりだ!」
明らかな劣勢にも関わらず、魔王様は笑った。
負け惜しみじゃない、心から戦闘を楽しんでいるのを証明するような、屈託のない笑顔だった。
次々と襲い掛かってくる勇者様たちに、魔王様の対応はシンプルそのものだ。
圧倒的な暴力を誇りつつも、ややスピードに欠けるニトロさんの攻撃は全て避ける。
逆に鋭い一撃を放つコウエさんの攻撃には魔法障壁で対応。
絶対にふたりからの攻撃を喰らわないという立ち回りを中心に、イサミさんや他の生き残った冒険者からの攻撃にも対応する。が、こちらは比較的ガードが甘く、時折攻撃を喰らっていた。
もっとも、ダメージがあるかどうか、判別出来るほどの変化はまったく見せないのだけれど。
そんな防戦一方の魔王様が、唯一攻撃に出る相手……それが勇者様だった。
勇者様からの攻撃は絶対に当たらないという確信のもと、自分の命を晒しながらも迎撃、反撃の炎弾を放つ。
魔王様は知っているんだ。
勇者様のパーソナルスキル・
ゆえに勇者様には全力で当たる戦いでなければならない、と。
もっとも勇者様だって、自分が魔王討伐の鍵だと理解している。
だから一撃必殺の発動に必要な力を貯める為に攻撃しつつも、決して無理はしなかった。
迎撃されないよう、反撃を食らわないよう、速やかに攻撃と離脱を繰り返す勇者様に、さすがの魔王様も一発ぶちかますのは至難の技。
加えて前線にコウエさんが参戦してからは、勇者様の行動にあわせて魔王様の注意を逸らすような攻撃を仕掛けてくる。
決して倒されることはないけれど、下手にダメージを食らっては結果的に勇者様の一撃必殺の稼働を速めてしまう。だからコウエさんへの対処も必要なわけで、ますます魔王様の攻撃は正確性を欠くこととなった。
それでも、魔王様は笑う。
楽しそうに笑っている。
「この期に及んでも笑うとは余裕じゃねーか、魔王!」
すかさず勇者様が懐深くへ侵入。
剣を一気に振り上げる勇者様もまた笑っていた。
「ふん、そういう勇者も笑っているではないか。おそらくは全てが上手く行っていると確信しているのであろうが」
目の前を通り過ぎる剣先にも魔王様は動じず、右手をふわりとあげる。
危険を察知して、すばやくバックステップで距離を取る勇者様。
「だが、『もう少し』とは少々見込みが甘いのではないか? まだ余を倒すに必要な力の半分も貯まってはおらぬと思うぞ」
「なっ! なにっ!?」
魔王様の言葉に、勇者様の体が一瞬強張った。
この戦いの中で初めて見せた勇者様のかすかな隙。
見逃すような甘い魔王様じゃない。
「まずい! 避けろ、ハヅキ!」
「ふん!」
コウエさんが叫ぶのと、魔王様がかざした掌から炎弾を放ったのは全くの同時だった。
おそらくただコウエさんが叫んだだけだったら、魔王様は炎弾を正確に勇者様目掛けて放っていたことだろう。
が、コウエさんは叫びながらも魔王様の背中めがけて槍を放っていた。
そして魔王様もまた、コウエさんの攻撃に対して魔法障壁を展開。わずかながらも意識を背後にも向けざるを得なかった為か、炎弾は勇者様の少し前で大きく曲がって逸れた。
おおう、危ない。まさに危機一髪だったなぁ。
……なんて、ほっとするには早すぎた。
「お? おおおおおおお!?」
勇者様を逸れて外れたはずの炎弾が、今まさに魔王様に飛びかかろうとしていたイサミさんを直撃した!
「イサミ!」
「ちっ、本当の狙いはそっちか!?」
「うわ、うわわわわわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然飛んできた炎弾にすかさず反応し、両手を顔の前に押し出して受け止めたのはさすがイサミさんナイス運動神経。
でも、さすがに爆発まで何とかなるわけもない。目の前で爆発した炎弾に吹き飛ばされたイサミさんは、地面をまるで人形のように受身も取れずごろごろと転がり、岩にぶつかって止まった。
「うわわ、イサミさん!」
慌てて駆け寄り、イサミさんの上半身を持ち上げて呼びかける。
イサミさんはぐったりするだけで、返事はなかった。
「くそー、筋のいいねぇちゃんだったが、さすがに経験不足がアダとなっちまったか」
「仕方あるまい。むしろ
ニトロさんが拳を構え直す。
コウエさんはさらに武器をレイピアに変化させた。
なんというか、ふたりとも切り替えが早い。
そりゃああたしだって、ホンモノのイサミさんはあちらの世界でピンピンしているのは分かっているけど(もっとも今頃は「うがー」とか叫んでそう)、それでも仲間の突然のリタイアに心がきゅーと締め付けられる。
やっぱり多少なりともイサミさんと交流があったからかな。この感傷を抑えるのは難しい。
「だが、戦力的にはさほどダメージはない。変わらず作戦の実行を……って、おい、ハヅキ、なにやってんだ!」
コウエさんが先ほど以上に驚いた声をあげた。
でも、それも仕方がない。
突如として。
勇者様が魔王様に猛然とラッシュをかけていたからだ。
「ちくしょう!」
繰り出される連続の突きは三回、五回、八回、十回……武装強化の詠唱が全く追いつかないのもおかまいなしに、ひたすら魔王様の喉元めがけて怒りを剣に籠める。
「ちくしょう、ちくしょう!!」
いっこうに当たらない突きに苛立ちを感じたのか、勇者様は続いて剣を上下左右無尽に斬り付け始める。
突きが豪雨なら、こちらはまるで嵐だ。刃の嵐がまるで空間ごと魔王様を八つ裂きにせんとばかりに、思う存分猛威を振るう。
「くそっ、当たれ! 当たれよっ、こんちくしょう!」
だけど、いくら剣を振るい、いくら叫ぼうが、勇者様の攻撃はいまだ魔王様には届かなかった。
「馬鹿野郎、落ち着きやがれ! 本当にあのねえちゃんが死んだわけじゃねーだろうがっ!」
しばし、呆気に取られていたニトロさんが、いまだラッシュを叩き込む勇者様を落ち着かせようと叫ぶ。
でも。
「そんなのは分かってるっ!」
勇者様は強く頭を横に振る。
「だけど、俺が不甲斐ないあまりに、大切な仲間がまたやられたっ! そんな俺を、俺自身が許せねぇんだよっ!」
思い切り振りかぶり、勇者様は魔王様めがけて渾身の一撃を振り下ろす。
一瞬、魔王様がまっぷたつになったように見えた。
「ハヅキィ、逃げろぉぉぉぉぉ!」
でも、コウエさんの絶叫が私を現実に引き戻す。
まっぷたつに見えたのは、魔王様が作り出した幻。
本体は今まさに勇者様の横に立ち、その頭めがけて掌を広げていた。
かざした掌に急速に収束する魔王様の魔力……ああ、マズイ、これは!
「勇者様っ、逃げ」
あたしは最後まで言い切ることが出来なかった。
無情にも魔王様の掌から放たれた炎弾は、無防備な勇者様の頭を直撃。
倒れる勇者様の姿が、爆炎のむこうにちらりと見えたけれど……。
多分、これはさっきのような幻なんかじゃないんだろう。
倒れていく勇者様の体はちゃんと見えるのに。
首から上が何も見えなかった。
「さらばだ、勇者よ!」
勝利を確信した魔王様が勇者様に別れを告げる。
だけど、あたしは見てしまった。
魔王様の顔に勝利の喜びや高揚感ではなく、ただただ深い悲しみに暮れる表情が一瞬浮かんだのを。
よくよく考えれば、魔王様は結構こんな表情を見せていたように思う。
戦いを挑んできた勇者様の攻撃が物足りなかった時。
いくらパワーアップして勇者様が戻ってきても、いまだ自分には至らぬことを知った時。
魔王様はいつもつまらなそうな顔をしていた。そこには今思い返すと、どこか寂しさや悲しさを感じさせる色合いがあったように思う。
そして今見せた表情はいつも以上に深く、魔王様の本当の感情を色濃く映し出していた。
すべてが終わった。終わってしまった。
突然の終幕にまだ呆然とするあたしなんかより、自ら幕を降ろした魔王様こそ、誰よりも早くその絶望感を味わっているのかもしれなかった。
「いや、まだだ!」
しかし、終わったはずの劇場に、コウエさんの声が鳴り響く。
「こんなところで終わってたまるかっ!」
コウエさんが腰の皮袋から何かを取り出すと、ぽーんと勇者様に投げつけた。
投げつけられた何かは空中で光り輝き、勇者様の体を包み込む。
「うわん、眩しっ!」
光がどんどん増していって、ついには直視できないぐらい輝いたかと思うと、
「お?」
思わず目を瞑るあたしの耳に、なんだか聞きなれた声が聞こえた。
「おいおいおい、それってまさか!?」
ニトロさんが信じられないって声をあげる。
「なんと! もしや今のアイテムは?」
あの魔王様まで驚いていた。
なに?
一体何が起きてるの?
あたしは光に眼をやられないよう、恐る恐る目を開ける。
光の氾濫はすでに収まっていて、代わりに奇跡が起きていた。
「勇者様っ!?」
頭を吹き飛ばされて倒れたはずの勇者様が、まるで何事もなかったかのように元のレベル99の体つきのまま、何が起きたのか理解出来ない様子で立ち尽くしていた。
「うわぁ、マジで『復活のクリスタル』じゃねーか!? なんでそんな超激レア高額アイテムを持ってたんだよ、お前!」
思わず右手を額に置き、驚きとも呆れとも取れる表情を浮かべるニトロさん。
「やはりそうかっ! 実物は見たことがあったが、実際に使われるところは初めて見たぞ!」
さきほどまでの悲しみを湛えた瞳をどこか輝かせて、魔王様も感嘆する。
本当なら倒したはずの相手が不条理に蘇ってきて、うんざりするようなものだと思うんだけど、魔王様はむしろこの奇跡を楽しんでいるようだった。
しかし、復活のクリスタルってどこかで聞いたような……はて、どこだっただろう?
名前と起きた奇跡から、死んだ仲間を戦闘中にも関わらず復活させるアイテムのようだけど、そんなトンデモナイ効力のものなんて相当なお値段が……
「って、ああっ! 思い出した! 街の高級ショップにあった激レアアイテムだ!」
そうだ、姿を消してニーデンドディエスの街を彷徨った時に、高級ショップで見かけたアレだ。確かお値段は
「そう! こいつ、十億エーンの激レアアイテムを使いやがったーっ!」
ニトロさんがコウエさんを「こいつ、マジ信じられねぇ」とばかりに指差す。
てか、ホントにそう。勇者様に十億エーンを使うなんて
「なんて勿体無い! そんなの勇者様に使っちゃうなんて、ドブにお金を捨てるのと変わらないじゃないですかっ!」
あ、つい口に出ちゃった。
自分の身に起きた奇跡に呆然としていた勇者様も、さすがにこのあたしの暴言にはぴくっと体を震わせて反応した。
うわっ、ジロリとこちらを睨みつけてるよ。
もう、あたしのことなんか放っておいて、さっさと戦闘を再開してくださいな。ほらほら、そんなことをしてたらまた魔王様に頭をぼかーんとふっ飛ばされちゃいますよ?
なんて思っていたら。
ぼかっ。
ほーら、言わんこっちゃない。勇者様め、コウエさんに殴られた。
って、コウエさん?
「ハヅキ! 仲間がやられたからと言って、取り乱したりなんかするなっ!」
突然頭にげんこつを落とされ、なにしやがると食ってかかろうとする勇者様を、コウエさんが一喝する。
「何のためにみんなは倒れていったのか、よく考えてみろ!」
「……ああ」
コウエさんに諭されて、勇者様は唇を噛み締める。
「みんなはお前の勝利を信じて倒れていった。僕もお前が最後には勝つと信じて、戦っている。そのために先の大戦争でも使わなかった復活のクリスタルを使ったんだっ! だけどなっ、そんなみんなの想いを背負っているお前が、一時の感傷に溺れてまた全てを台無しにしてみろ。僕は、僕たちはもうお前を二度と信じたりはしないぞ!」
確かにコウエさんの言う通りだった。
友だちのイサミさんのリタイアに、動揺するのは仕方がないと思う。でも、だからと言って、それまでの仲間が託していった想いを無視していいわけがない。
勇者様の行動は責められてしかるべきだったし、勇者様もちゃんと分かっているのだろう。
「……ごめん」
素直に頭を下げた。
「もう二度と自暴自棄になるな! 仮に僕たちが倒れ、お前ひとりになったとしても、最後の一振り、最後の一秒まで足掻け。足掻き続けるんだ!」
コウエさんが勇者様の胸にとんとゲンコツを置いて喝を入れると、魔王様の方に振り返った。
「さぁ、魔王! 僕たちはまだまだ戦えるぞ! あんたはどうだ?」
魔王様もふっと笑みを零す。
「言うまでもない。とことん付き合ってやるぞ、人間よ」
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