第69話:たったひとつの冴えたやり方

 ざっざっざ。

 

 やたらとあたしたちの足音が大きく聞こえた。

 多分、さっきまでの喧騒がウソのように静まり返っているからだろう。

 前線へと赴くあたしたちを、魔王様や勇者様たちは戦闘を一時中断して待ってくれていた。

 うう、なんか見られていると思うと緊張するなぁ。

 

「は、はろー、魔王様」


 緊張感を誤魔化す為、両脇にコウエさんとニトロさんを付き従えて魔王様の前に立ったあたしは、出来るだけフランクに挨拶なんかしてみた。

 

「ふ、キィよ、よくぞ戻った」


 戦闘を中断し、優しげに笑う魔王様は、いつもの魔王様に見えた。


「魔王様……」

「いや、正しくは捕虜なんぞになってよくもおめおめと戻ってこれたな、と言うべきか」


 あたしがほっとしたのを確認した途端、口の端を吊り上げて哂う魔王様。

 うん、やっぱりこういうのも、いつもの魔王様だった。


「魔王、このは僕たちが預かるよ」


 あたしの隣に立つコウエさんが告げると同時に、ニトロさんが右腕を強く締め上げてくる。

 ちょ、痛い、痛いってば、ニトロさん!

 さっきは調子に乗って「付き従えた」なんて表現したのは訂正しますから、もうちょっと優しく扱ってー。

 

「ふむ、そうしてくれると助かる。なんせこやつ、余がどこか安全なところに避難せよと命じたにも関わらず、自分でも何か出来ると思い込んで命令無視する愚か者であるからな」

「魔王様、それはあんまりだー」

「挙句には敵の士気を高めるポカまでやらかすのだから、なんとも性質が悪い」


 あうっ。それを言われると何も言い返せない……。


「ああ、僕たちも彼女のことは理解した。この娘は賽の目みたいな存在だ。また次も僕たちに有利な目が出るとは限らないからね。だから捕虜にすることにした」

「それがよい」

「ただし何をしでかすか分からないから、常にこちらの目の届くところに置かせてもらうよ」

「む?」


 かすかに魔王様が眉間に皺を寄せる。

 でも、すぐに「それでよい」と了承した。

 その仕草はミズハさんが説明してくれた話と一致していて、あたしはなんとも複雑な気持ちになった。


★★★


 ほんの少し前。

 

「まず、はっきりさせておくとね」


 突然「次の魔王様」だの「依り代」だの言われて混乱の極みになったあたしを落ち着かせるように、ミズハさんがゆっくりと話を始めた。

 よ、よし、落ち着けー、落ち着くんだあたし。

 落ち着いて話をちゃんと聞くぞ。

 しっかり聞くぞ。

 理解するぞ。


「今の魔王さんは、やっぱり私たちが知っている魔王じゃないの」

「はい!?」


 あ、ダメだ、いきなり訳わかんないぃぃぃぃぃ。

 

「前の大戦で僕たちが戦った魔王と、今の魔王は別人って意味だよ」


 すかさずコウエさんが助け舟を出してくれる。


「僕たちが戦った時の魔王は、もっと筋肉質なヤツだった。顔はフルヘルムで隠れて見えなかったけど、体型的に明らかに違う。思考や口調に至っては完全に別人だ」

「だからよ、俺たちが初めて魔王さんに会った時も正体には気付けなかっただろ?」


 あー、そういえば魔王様がパトって名乗っていた時、みんな旅芸人だって信じていたっけ。

 それに魔王様の正体が明かされた時も「本当にあの人が魔王なのか?」って、運営のドラコちゃんにコウエさんは確認していた。

 でも。

 

「えっと……じゃあ、もしかして魔王様っていっぱいいるんですか?」


 例えば北の魔王とか、東の魔王とか?

 頭の中で魔王様が分裂して、やいのやいのとあたしをからかう様子を想像してうげっとなった。


「ううん。魔王は常にひとりだけ。ただし、代替わりするらしいの」

「代替わり? えっと、それって魔王という称号を受け継ぐとかそういう奴ですか?」

 

 話をしていて、あたしは魔王様が語ってくれた学者な魔物の話を思い出していた。

 あの時もふと思ったんだ。

 もしかしたら魔王様は、前の魔王様からその座を譲られたんじゃないか、って。

 もしそうだったら、魔王様も同じことをしたら死ななくてもいいんじゃないかな、って。

 

「それに近い。が、魔王の称号は好き勝手に譲ることはできないんだ」

「どうしてですか?」

「魔王っていうのはね、正確に言えば膨大な魔力と記憶を持った『魔王の魂』に取り憑かれた存在のことを言うんだよ」

「魂に取り憑かれる?」

「うん。体はあくまで借り物で、魔王本体はその中に宿った魂なの。キィちゃん、覚えてるかな? 私が『魔王様のゲーム』の話をした時に、運営の目的はこの世界に魔王の人工知能を放ち、自由学習させてから回収することだって」

「あー、そういえばそんな話をしていましたね……」

「その人工知能が『魔王の魂』なわけ」


 なるほど。

 つまりはなにか、ミズハさんたちがこの世界の人たちの体を支配するみたいに、魔王様もその魂に取り憑かれているってことか?


「え、ってことは魔王様は乗っ取られているってことですか?」

「いや、乗っ取られる、というほどではない」


 続けてコウエさんが言うには、魔王本体の魂――面倒くさいのでこれから魔王魂と呼ぶーーは、その存在を隠しているらしい。

 それは徹底していて、他人にはもちろんのこと、取り憑いた体の本人にすらも気付かせないようにしているそうだ。

 

「そうなんですか……ん、でもどうしてそんなことが分かるんです? まさか魔王様に直接聞いたとか?」

「まさか。仮に魔王にこんな質問をしたところで、魔王魂の影響でちゃんとした答えは返ってこないだろうね」

「だったらどうして」

「簡単だよ。運営に問い詰めたの。だって今回の魔王討伐には全てがかかってるんだもん。魔王を倒したと思ったのに実は違いました、なんて話になったら洒落にならないよ。だからねネットでこの話題をバズらせて運営に答えを迫ったんだ」


 おおっ、だったら間違いないですね!


「そしてここからは私の推測なんだけど、魔王魂は何かあった時にキィちゃんを次期魔王にするため傍に置いているんだと思うの」

「うえええ!? なんであたしが!?」

「だってキィちゃんの回避能力は、魔王さんが本気で戦っても当たらないぐらいに凄いんでしょ? 何が何でも生き残りたい魔王魂としては、キィちゃんのその能力は魅力的だと思うんだよ」

「ええええええええ!?」


 いや、確かに言われてみればそうかもしれないけど、それでもヤだよ、あたしが魔王なんて。

 魔王になって君臨し、世界中の人たちの頭を下げさせ、ありとあらゆる欲しいものを手に入れてなんてそんな……。

 

「おい、嬢ちゃん。よだれが出ているぞ、よだれが!」


 おっと、いけない! ニトロさんに言われてなんとか我に返れたよ。

 

「まさかと思うけど、キィちゃん、魔王になりたいなんて思っていたりするとか……」

「ま、ま、ままままさか! そんなことこれっぽちも全然考えてないこともなかったりなかったり」

「おいおい、さすがにそれは勘弁してほしいな」


 あうっ、あたしの返答にコウエさんたちの目が冷たい。

 

「あははは。まぁ、キィちゃんらしいといえばらしいけど、ごめんね、魔王になるのは諦めて」

「ももももも勿論ですよぉ! でも、諦めるとは何ゆえに?」


 いや魔王になるのは嫌だよ。だけどこれはもしやするといわゆる一つの人生におけるビッグチャンスなのではないかな、と。

 

「だってね、あたしたちの真の目的は、魔王魂がキィちゃんに乗り移ろうと出てきたところをやっつけることだから」

「……えっと、それはどういう? 今までの魔王様を倒すことと何の変りも……ああっ!?」

「そう! これなら魔王さんを殺さずに魔王を討伐することが出来るってわけ!」


 そ、そうか!

 魔王討伐とは、何も魔王様を倒さなきゃいけないってことじゃない。

 魔王様に取り憑いている魂を回収できれば、それでいいんだ!

 そうすれば魔王様は死なずに済むし、勇者様たちだって賞金をゲットできる! 結果として魔王が討たれたわけだから、魔王様の話を信じるなら世界も存続できるはずだ!

 

 これまでのすべてを覆す可能性が、ここにあった!



 ☆☆☆



 あたしの処遇を巡る魔王様との交渉が終わり、戦闘再開に向けて機運が再び高まっていく。

 

「さっきは痛くしてすまんかったな、嬢ちゃん。それにしても魔王のあの様子を見ると、嬢ちゃんが次の魔王候補ってのは間違いねぇようだ」


 ニトロさんがあたしの頭をぽんぽんと叩いて、魔王様に向かって歩いていく。

 あはは、あたしは今もあまり信じられないですけどね。

 自分がまさかのために魔王魂が用意した、次期魔王の依り代だったなんて。

 

「怖いかもしれないけど、ここで大人しく待っていてくれ。魔王はその時が来るまでお前には危害を加えないはずだけど、それにその時が来たら、僕たちが全力で君を守るから」


 ニトロさんに続いて戦場へと赴くコウエさんの言葉は、なんだかとても頼もしかった。


「キィ、そこで見ておくがよい」


 二人の屈強な冒険者を前にして、魔王様も嗤ってあたしに声をかけてきた。

 多分、いや、間違いなく、これは魔王様本来の言葉じゃない。

 魔王魂の影響下で言わされている言葉だ。

 だって、本当の魔王様ならこう言うはず。


「キィ、もっと離れておれ。そこでは巻き添えを食らってしまうぞ」と。


 あたしに炎弾を次々と放ってきた魔王様。

 あたしを囮にしてドラコちゃんを攻略した魔王様。

 頑なにスコーンを死守した魔王様。

 そして雷嵐暴走テンペストであたしを酷いめに遭わせてくれた魔王様。


 正直、どれが魔王様本来のもので、どれが魔王魂の影響によるものなのかは分からない。

 だけどこれだけは、はっきり言える。

 魔王様はなんだかんだで、とても優しいんだ。

 いざという時の為に乗り移ることが出来るよう、危険な場所にあたしを近くに置いておくなんて卑怯なこと、魔王様は絶対に考えないんだ!


「魔王魂はね、取り憑いた相手にも気付かれないように細心の注意をしている。だけど言動への影響力はあって、それとなく魔王魂に有利な状況を作るよう、取り憑いた相手を誘導するの」


 ミズハさんの言葉を思い出す度、魔王魂への怒りがふつふつと湧き出てくる。

 ふざけてる。めっちゃふざけてる!

 本当は優しい魔王様に、なんてことをさせるんだ!

 それに魔王魂が次期魔王の依り代にすることを考え、あたしを奴隷にして近くに置いておくよう魔王様の意識に働きかけたなんて、絶対に信じないぞ。


 魔王様は自分の意志で、あたしを手元に置いておきたいと考えてくれたんだ。

 絶対。

 絶対そうなんだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る