第68話:依代

 魔王様がニトロさん目がけて炎弾を撃ち込んできた!


 飛んでくる炎弾への対処方法は、基本的にみっつ。


 ひとつはあたしみたいにひたすら避ける。


 ふたつめは盾で護る。

 これは単純に受け止める以外にも、受け流すことだって出来る。


 最後のみっつめはお馴染みの魔法障壁。

 さっきの雷嵐暴走テンペストの時みたいに破られる場合もあるけれど、多くは相手の攻撃を無効化する便利な魔法だ。

 

 まぁ、他にも相当な使い手であれば剣や斧で叩き落とすことも出来ると聞いたことがあるし、勇者様のインセキアーマーみたいに炎弾ぐらいではダメージを通さない鎧なんて特殊パターンも一応あることはある。


 で、ニトロさんの場合、まず盾を持ってないから二番目はダメ。

 武器もないし、着ている服も特別なものには見えるから特殊パターンでもなさそう。

 さらに今回は炎弾を避けると、後ろの後衛部隊に被害が出るかもしれないから、きっと一番目でもない。

 

 となると、今回の対処方法は残った魔法障壁の三番に間違いない、はずだったんだけど……。


「おりゃあああ!」


 魔法障壁を展開するどころか、ニトロさんは半身の構えから右の拳を飛来する炎弾めがけて殴りかかった!


 拳は見事炎弾に命中し、当然爆発を起こす。


 ここにきて、あたしは理解した。

 わかった。この人、バカだ。間違いない。

 さっきはちょっとカッコイイと思ったけど、とんでもない大馬鹿者だ。

 炎弾を拳で撃墜するなんて完全に頭がイカれている。だって、そんなことをしたら拳はもう……。


「おお、さすがは魔王! ただの炎弾なのになかなかじゃねーか!」

「えっ!?」


 ところがニトロさんはまるで何もなかったかのように、ピンピンしていた。

 それどころか右手も全くの無傷。

 え、なに、この人の体、どうなってるの?


「が、こんなもんでやられるほど、今回の俺っちはやわな鍛え方してねぇんだよっ!」


 さらに次々と襲い掛かる炎弾を、左右の拳の連打で悉く撃墜するニトロさん。

 爆発にも臆することなく、それどころかむしろ楽しんでるように見える姿は、もはや鬼神の如しだ。

 スゴイ。すごすぎる。

 ニトロさんは単なる肉達磨じゃなかった。


 スーパー肉達磨だ!


「えーい、しゃらくせい! 全部消えちまいなっ!」


 連打に飽きたのか、炎弾の切れ間にニトロさんは後ろに引いた右足にぐっと力を入れた。

 そして溜めこんだ力を放出するように、右の拳を思い切り下から上へと振りぬく。

 

「うわわっ! 目が! 口の中がぁぁ!」


 ニトロさんのアッパーで背後にも舞い上がった砂煙をモロに喰らってしまった。

 ううっ、目にも口の中にも入ったよぅ、ぺっぺ。


 でも、その迎撃力は絶大だったらしく、砂埃を喰らって混乱するあたしの耳にもニトロさんの「うっしゃー」って声が聞こえてくる。

 

 なにが「うっしゃー」だ。だからさっきから周りの人のことをよく考えてって言ってるじゃん、まったく。


「よっし! 気合入ったぜ! 行くぞ、コウエ!」

「ああ。でも、その前にひとつ」


 と、突然、ざざっと近くで誰かが近づいてくる音が聞こえた。

 誰だろうとまだ砂ぼこりで涙目を懸命に開けて、その誰かを見上げる。

 コウエさんだ。

 なぜかコウエさんが戻ってきてあたしを見下ろしていた。

 いや、正確に言えば、なんか虫けらでも見るような目で地べたに這い蹲る私を見おろしていた。

 

「この芋虫みたいな娘をどうするべきか?」

「芋虫ってヒドイ! そもそもコウエさんの魔法束縛糸マジックバインドで、地面をのた打ち回るようなハメになったんですけどっ!?」

「いや、それよりもあの雷嵐暴走を魔法障壁なしでどうやって生き残ったんだ、こいつ?」

「そんなの死に物狂いで逃げ回ったに決まってるでしょ! 人間――あ、魔族か――、死ぬ気でやれば何でもできる!」

「でも魔王の奴、嬢ちゃんを執拗に追いかけるよう雷嵐暴走を発動させてなかったか? アレを全部避けるとは、聞きしに勝る回避能力だな」

「ホント、キィちゃんって結構とんでもないよね」

「運営もキィの回避能力には呆れていたのじゃ」


 そしてみんなが一斉に聞いてくる。

 で、これからどうするつもりなんだ、って。


「あたしの方こそ知りたいよっ!」


 ホント、あたしはいったいどうすればいいんでしょうねっ?

 開き直った。

 もう開き直るしかなかった。

 コウエさんの魔法束縛糸で縛られ、魔王様の雷嵐暴走で地面を這いずり回り、メイド服はもちろんあたし自身もボロボロだ。もう、なんとでもなれ。

 

「なるほど、面白い娘だね」

「ええ、よく言われます。あたしとしてはとっても不本意なんですが!」

「あはは、ハヅキがこだわるのも分かんなくはねーな」

「え、ちょっと!?」


 ニトロさん、余計なこと言わない!

 だって、ほら、今、ぴきーんってミズハさんがあたしを冷たい目で見つめたの、感じなかったの?


「ふむ、だったら彼女の背中を剣でつついて『このメイドの命を助けたければ、もっとキリキリ戦え!』とハヅキに喝を入れるというのはどうだろうか?」

「うわん、魔王様レベルの鬼畜がここにもいたーっ!」


 コウエさん、人質はもっと丁寧に扱いましょう!

 てか、魔王様相手じゃなくて、なんで勇者様を強請るんだよっ!

 それにそんなことをしたら、ミズハさんが……って、ああっ、ミズハさんっ!?


「コウエさん、つまらない冗談を言っている暇なんてないんじゃないかな?」


 口調はいつもと変わらなかった。

 だけど、コウエさんの背中を細身の剣でツンツンとつつくミズハさんの目は冗談じゃなく、本当に怖かった。


「そ、そうだね。さすがにそれは悪趣味がすぎるか」


 コウエさんも迫力に負けて前言撤回。うむ、賢明なご判断だ。


「まったくもう。それより、キィちゃんの回避能力を目の当たりにして、あたしの話を少しは信じてくれるようになりました?」


 うん? ミズハさんの話ってなんだろう?


「ああ、見た目はこんなでも、実際にそうなったらかなり厄介だな」

「でしょ?」


 コウエさんとミズハさんがあたしを見つめてくる。

 うう、なんなんだ一体? なんかヤな予感がするぞ?


「次の魔王の依り代は、間違いなくキィちゃんです」


 ……。

 ……。

 あー、うん。

 その、なんだ。

 はい、言っている意味がまったく理解できないです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る