第67話:嵐のち本命登場!?

 それは一瞬で世界を焦げた臭いで充満させた。

 ホント、雷嵐暴走とはよく言ったものだ。数え切れないほどの雷が、まるで嵐のようにありとあらゆるものに襲いかかる。

 地面は黒く焼かれ、大木は炎に包まれ……そしてもちろん、冒険者たちだって例外じゃなかった。


 魔法障壁が破られ、あちらこちらで悲鳴が上がった、と思う。

 状況を目の前にしながら「思う」なんて言うのも変な話だけど、それも仕方がない。

 雷の爆音がすべての音を掻き消していたし、それになにより


「うぉ! うはっ! おおっと!」


 あたしも生き延びようと必死だったからだ。

 ホントぎりぎりの攻防が続いていた。

 まず第一弾、ピカっと光って思わず縮こまった両足の先に、雷が落っこちた。

 うおおおお、あぶなーいと叫ぶヒマもなく襲い掛かった雷第二弾は、あたしの横腹を掠めるように落ちた。

 第三弾に至ってはスカートが燃えた。慌てて鎮火すべく体をごろごろさせて転げるあたしを、追いかけるように第四弾、五弾、六弾が次々と飛来する!

 

 なんだこれ?

 なんかあたしを狙ってないか!?

 天から疾走する雷に意志なんてないはずなのに、どうにもあたしにお仕置きを喰らわせようとするどこかの魔王様の魂が乗り移っているように感じられてしょうがなかった。




 やがて圧倒的な暴力を振るっていた雷の嵐が去った。

 上空を覆っていた黒雲は霧散し、魔方陣は青空に溶け込むように消えていく。

 いまだ戦場のあちこちから煙が上がっているけれど、風で緩やかに吹き流されていくので煙たくはない。

 加えてそれまであったが崩壊したこともあって、視界は以前と比べてかなり良好だった。


「こうなっては、もうこれは必要ないな」


 ぶおんと音がして千里眼の映像が消える。

 うん、確かに必要ない。

 だって雷嵐暴走テンペストが発動する前、私たちがいる指令部隊から前線の様子は肉眼では見えなかった。それぐらい冒険者たちが「壁」となって立ち塞がっていたんだ。

 

 ところが今は大勢の冒険者たちの骸の向こうに、魔王様の姿が肉眼でもはっきりと見える。


「おいおい、攻撃部隊がほぼ壊滅かよっ?」


 眼前に広がる大敗北な光景に、ドエルフさんの口ぶりはちょっと軽いかもしれない。

 

「攻撃部隊で生き残ったのは、四、五人ってところか……魔王にしてやられたな」


 コウエさんもいたって冷静だった。

 うーん、なんかおかしいぞ?


「あのー、ちょっと質問イイデスカ?」

「何故にカタコト!?」


 コウエさん、ナイスつっこみ。でも、残念。意味なんてない!


「これ、完膚なきままにやられちゃいましたよね? そのわりになんか余裕に見えるんですけど……なんで?」


 コウエさんたちの作戦は魔王様を大勢の攻撃クラス冒険者で取り囲み、反撃できないよう絶え間なく攻撃を仕掛けるというものだった。

 けど、もはやその戦略が継続出来そうにないのは、素人のあたしから見ても明らかだ。


 戦略が破られた。

 味方に甚大な被害も出ている。

 確実に敗北の足音が近づいてきているはずだ。

 

 なのに二人には焦っている様子がまるでみられない。それどころかコウエさんに至っては両手を組み、掌を頭上高く掲げてストレッチなんかしてるし。

 

「完膚なき、か。ふん、お前の眼は節穴か?」


 ドエルフさんの憎まれ口も、切れ味を失っていない。


「節穴なわけないでしょ! てか、どう見ても魔王様にこてんぱんにやられちゃったじゃないですかっ!?」


 大勢の冒険者たちが倒れこんでいる光景は、いくら彼らの中に入っている人が無事と分かっているとはいえ、ぞっとする景色だった。


 あ、ちなみに彼らは、戦闘が終了してから二十四時間以内であれば、こちらの世界での復活が可能らしい。 

勇者様が死んでも死んでもすぐに蘇ってきた例のアレだ。

 仮に二十四時間を越えると消滅してしまうらしいけど、そうなると魔王様を倒した場合に貰える賞金の分け前は配られない。


「だから今回ヤラれた奴らも、もし勝利で戦闘が終われば必ず復活するはずだ」と事前に魔王様に教えてもらっていた。

 おかげでこんな悲惨な状況にあっても、ニーデンドディエスの丘の時みあいに慌てふためくあたしじゃないのだよ、へへん。


「こんな状況じゃあ、もう魔王様に勝つ見込みなんてないのに、どうして?」

「嬢ちゃん、悪いが俺たちは確実に勝利に近づいているぜ?」

「どこがですか!?」

「決まっているだろう。今、こうして僕たちが話している間も、ハヅキは一撃必殺に必要なパワーを着実に溜め込んでいるんだ」


 あ、とバカっぽい口を開けて、あたしは勇者様たちを振り返る。

 全身を黒いスーツアーマーに身を包み、うなじあたりで結んだ黒い髪を風に踊らせて、勇者様が戦いの始まった時と何ら変わらぬ勢いで、魔王様に剣を振るい続けていた。

 するとそこへ。


『作戦第二段階への移行に伴い、指揮官を変更する』


 戦場に突然響き渡るドエルフさんの声。

 え、第二段階? そんなのあるの? それに指揮官変更って?

 驚くあたしに、さらにコウエさんによるサプライズが!

 

「どうだい? 後ろで見ていてコツは掴めたかい、ミズハ君?」


 ええっ、ミズハさん?

 あ、そう言えばこの戦いが始まってからミズハさんの姿を見ていなかったって今頃になって気付いた。


 てっきりどこかの攻撃部隊に入っているんだろうなぁとぼんやり思っていたんだけど。そうか、コウエさんの代わりを務めることが出来るよう、後方の魔法支援部隊でこれまでの指揮を見ていたのか……。


 あたしは、勇者様と魔王様の戦いから目を逸らし、再び振り返ってみる。そこには確かに。

 

「うん。もともと、ずっと後姿を見てたんだもん。こっちでもちゃんと受け継いでみせますよ?」

 

 ぐーの形に固めた手で、任せてくださいとばかりに自分の胸をぽんぽんと叩くミズハさんがいた。


『これより全軍の指揮をミズハが執る。代わりにコウエが前線に出るぞ!』


 おおーっと後方の部隊から歓声が上がる。

 と言っても。

 

「待ってましたーっ、ミズハさん!」

「生徒会長、ガンバって下さいー!」

「瀬賀中の魂、見せてやりましょう!」


 ミズハさんへの声援ばっかりだった。どうやら後方の支援部隊には、主に勇者様たちが連れてきた学校の方々が配属されていたらしい。

 ついに来た自分たちのリーダーの晴れ舞台に、盛り上がるのも無理はない。けど、ちょっとはコウエさんを応援してあげてもいいんじゃないかな。だって、

 

「おいコウエ。残念だったな。みんなお前が生徒会長をしてた時のことを忘れちまったらしいぞ」


 不意にミズハさんの後ろから現れた男の人が声をかけてきた。

 

「ニトロさん! え、ニトロさんまで温存されてたの?」

「ふふふ、まぁな。戦闘はここからが本番だぜ!」

 

 ニトロさんがやってやるぜと太い腕をぱんぱんと叩きつけてみせる。

 

「ニトロ、最初から全力で行くよ。それからミズハ君、後衛部隊の補助魔法をかけるタイミング、しっかり頼む」

「おう!」

「任せてください!」


 応えながらミズハさんは早速勇者様の状況に目を凝らし、ニトロさんは頭をぐりぐり、腕をぐるぐる回しながらコウエさんより先行して歩き始めた。

 

「それにしても前衛のみんなはよく頑張ってくれたよ」

「ああ、倒れちまった奴らの分もひと暴れさせてもらうぜ。そうだ、ちょっと挨拶をさせてもらうとするか」


 まだ指令部隊からは数メートル、まだまだ魔王様には距離があるところで不意に立ち止まるニトロさん。


「おい、魔王! 先の大戦ではえらい世話になったな! このニトロさんが、あの時のお礼を返しにきたぜい!」


 眼前で構えた握り拳を振り払い、魔王様に向かって吼えるニトロさん。

 おおっ、なんかニトロさんがカッコイイ!

 

 すると魔王様もニトロさんに気付いたのだろう。こちらの方を向いた。

 正直、さすがに遠すぎて表情までは分からない。だけどいつものようにニヤリと笑っている魔王様を、あたしは容易に想像できた。

 だってお得意の炎弾を周囲に浮かべると、次々とニトロさんに向けて放ってきたんだもん。

 炎弾による攻撃は、魔王様にとっては挨拶代わり。

 手強そうな相手がどこまでやれるのかを推し量る、魔王様の常套手段だった。

 だけど。


「うわぁぁぁ、こっちまで巻き込まないでぇぇぇぇぇ!」


 うん、近くでもぞもぞと動くことしか出来ないあたしが巻き添えを食らうかもしれないってことを、二人ともちょっとは考えて欲しかった。

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