第66話:雷嵐暴走

 士気高まる勇者様たちの猛攻を前に、防戦一方となってしまった魔王様。

 このままでは危ない。一刻も早く助けに行かなければっ!


 なのに!

 だというのに!

 あたしときたらまんまと敵の汚い罠に陥り、がんじがらめに捕まってしまった!


 ああ、なんてことだ。今すぐにでも魔王様の元に駆けつけたいのに。

 ああ、魔王様、貴方様のピンチに何も出来ないあたしをどうかお許しください……。


「と、魔王をピンチに追い込んだ張本人が、わざとらしいことを言ってやがるんだが……」

「ちょ、ちょっと、ドエルフさん! 他人の心を勝手に読まないで! それにわざとらしいとは何ですか、わざとらしいとは!?」


 あたしは本気だぞ。本気で魔王様を助けたいと思ってるし、なにより魔法束縛糸マジックバインドで拘束されている我が身を嘆いているぞ。

 くそー、なんとか脱出できないかなぁ、これ。


「ん、魔王の呟きが変わった?」


 千里眼オペレータービジョンの画像は相変わらず魔王様の口元を映しているけど、コウエさんの言うように確かにその動きに変化があった。

 おおっ、これはもしかして?

 

 キィよ助けてくれ、とか。

 こんな時にキィさえいてくれれば、とか。


 そんな類のものだったりするのかな?

 うん、さっきまではあたしの失敗に怒り心頭だったけれど、状況が状況だけに助けを求めてもおかしくないもんね。

 

 よーし、待っていてください、魔王様。なんとかこの罠から脱してみせます!


「なになに、『そこで大人しくしておれ』、か……」


 うわぁぁぁぁぁん、魔王様、見捨てないでぇぇぇぇ。

 それになんで遠く離れた魔王様まで、あたしの心をリアルタイムに読んでくるのぉぉぉぉ!?

 

「案外、捕虜として扱うよりも、このまま魔王に差し出してやった方が面白いかもしれないな?」

「何が面白いんですかっ! いいですか、仮に釈放されても、あたしはてこでもここから動きませんからねっ!?」


 前言撤回。

 なんだかんだあるけれど、結局、魔王様はあたしの助けなんてなくて大丈夫なんだ。

 だってみんなから集中攻撃を受けてる最中でも、あたしへの怒りを忘れないんだもん。

 きっと魔王様はああ見えてまだ余裕なんだろう。

 

 となるとあたしが駆けつける必要なんてないよね。うん、今はここに居座るのがベストチョイス。血の惨劇を避けるべし。

  

 かくしてあたしは足掻くのをやめて、ちょこんとその場に正座した。

 

「なんとも、たくましい嬢ちゃんだな」


 ドエルフさんに呆れられた。

 いいもん、いいもん、呆れられるぐらい。

 痛い目に遭うよりずっといい!


「……でも、ちょっとおかしいな」


 うわっ、ショック! コウエさんに頭がおかしいって言われた!?

 いやいやいや、全然おかしくないよ! 誰だって痛いのはイヤでしょ、絶対。

 

「僕が知っているあの魔王はピンチな時ほど笑うような奴だ。それにこんな他人の失敗をぐちぐち責めるようにも見えなかった」


 あ、おかしいってそっちか。

 言われてみればたしかにだけど、でも、後半はちょっと違うよ? しつこく根にもつってことはないけど、やられたら確実にやりかえす人だよ、魔王様はっ!

 

「しまった、罠だっ!」


 が、そんなあたしのツッコミは無視して、ちっとコウエさんが舌打ちする。


 その時だった。

 あたりが俄かに暗くなったかと思うと、上空に戦場全体を覆うほどに巨大な魔方陣が現れた。

 あまりの大きさに一瞬誰もが戦闘を忘れて、空を見上げる。


「マズイ! 雷嵐暴走テンペストだ!」

「雷嵐暴走って、そんなムチャクチャな! 詠唱もなく禁呪を、しかもこんな巨大魔方陣で展開するなんてありえねー」

「違うよ、ドエルフ。ヤツは……魔王は詠唱をしてたんだ! 僕たちが見ていることを察して、詠唱に気付かれないよう口の動きでフェイクをかまして……くそっ、後方の魔法支援部隊に至急連絡! 急いで魔法障壁を全軍にかけさせて」


 コウエさんの命令に頷いたドエルフさんの、慌てた声が戦場を奔る。

 なんというか、さすがは魔王様。

 あっという間に戦況が大逆転だ。

 おまけにあたしへの呪詛の言葉も、口の動きから魔法の詠唱がバレないよう仕向けたトリックだったらしい。

 ってことはつまり、あたしの失敗にそれほど本気で怒っているわけじゃないってことで。こちらもまさかの大逆転だった。

 

 よし、だったらこの勢いであたしの失態も逆転させてやるぞ。


「あっはっは、あたしと魔王様の演技にすっかり騙されちゃったみたいですね?」


 正座の姿勢から、ぴょんと勢いよく立ち上がって言ってやった。

 ホントは右手で指差し、左手は口元に当てて「あー、おかしい」ってやりたかった。くそー、忌々しい魔法束縛糸め。


「……」

「……」

「……」


 みんなが黙ってあたしを見つめる。

 ふふん、これが世に聞く「ぐうの音も出ない」って奴かっ!?


「さぁ、あたしの拘束を解くのです。今ならまだ貴方たちの命は助けてあげてもいいのですよ?」


 さらにたたみかけてみる。 


「ここまで調子に乗る奴も珍しいな」

「キィ、なんだか今のお主はかつての勇者みたいじゃぞ」

「ダメ人間ならぬ、ダメ魔族か……」

「ヒドイ! 確かに調子こきましたけど、そこまで言うなんて、あんたら鬼かっ!?」


 思わぬ反論につい涙目になりそうになった。

 く、くそっ、負けてたまるかっ!

 

「と、とにかく今すぐ解除ディスペルを……って、え?」


 ぶおんって音がしたかと思うと、あたしの前に透明な壁が現れた。

 あ、違う。正確にはあたしの前に現れたんじゃない。

 コウエさんたちが魔法障壁に包まれたんだ。どうやら対雷嵐暴走の障壁詠唱が間に合ったみたい。

 

「これで凌げるかは分からない! ドエルフ、衝撃に備えて!」


 それでもまだ心配らしくコウエさんの指示にされるまでもなく、ドエルフさんは険しい顔付きを崩さない。


「いやぁ、大変ですねぇ。無事にやりすごせるといいですねぇ」


 そんな緊張感を逆手に取って、ちょっと煽ってみた。

 うん、我ながら嫌な奴だ。


「余裕だな、嬢ちゃん?」

「ええ、余裕です。だってあたし、魔族だもん。人間の放った魔法は人間に当たらないように、魔王様の魔法は私には通用しませんからねー」


 出かける前に魔王様から言われた「魔族になったんだから、人間の攻撃が当たるぞ気をつけろ」って話が、ここにきて役立った。

 魔王様、ありがとう! おかげで今のあたし、最高のドヤ顔してるよっ!

 

「雷嵐暴走の対象は無差別だが?」

「……へ?」

「お前の言うように、基本的に同族間での攻撃や魔法は無効だ。が、あくまでそれは基本的な話。雷嵐暴走みたいな禁呪に、そのような法則は通用しない」

「なんですとー!?」

「くっくっく。お前は魔王がそれほど怒ってないと踏んだようだが、どうやら早合点だったようだな?」

「魔王の奴、激おこなのじゃ」


 あわわわわわ、そうだったそうだった、魔王様はなんだかんだでやられたらやり返す人だった!

 優しい人だけど、失敗にはそれなりの報いを与えるタイプっていうか、なんていうか、と、とにかく!

 

「入れて! 今すぐあたしも障壁の中に入れてくださいー!」


 お願いします! じゃないと、ホントに死んじゃう!


「いやぁ、入れてやりたいのはやまやまだけどな。この手の障壁は一度展開すると破られるか解除されるまで中には誰も通せないんだわ、嬢ちゃん」

「そ、そこをなんとか!」

「なんとかと言われても……あ?」


 あ? なに、なんかいい方法でも思いついたのかな、ニトロさん?


「魔方陣完成。雷嵐暴走、来るぞ!」


 ぎゃー。そっちかーっ!?

 コウエさんの言葉に、ドエルフさんとドラコちゃんが障壁の中でしゃがみ込んだ。

 そ、そうか、雷って高いところに落ちるっていうもんね、あたしもしゃがまないと。

 いや、しゃがむだけじゃ障壁のないあたしには分が悪すぎる。もっと低くならないと。

 

 そんなわけであたしは地面にうつ伏せに寝転がった。

 上空からゴロゴロと轟く雷鳴だけが聞こえてくる……。

 うう、怖い。怖いよう。

 迫り来る危機への不安に押し潰されてしまいそうになる。

 あうあうあー、やっぱり、うつ伏せはダメだ。何も見えず、その時をただ待つのは怖すぎるヨ。


 仕方なくあたしは地面でもぞもぞと体をよじった。

 見たくはないけれど、見るしかない上空の様子が瞳に飛び込んでくる。

 妖しく光り輝く魔方陣。空一面を覆いつくす黒い雲は、今すぐにでも地上へと駆け下りようと意気込む幾筋ものの稲妻を携えている。

 空の向こうには天国があると聞くけれど、今見えているのは間違いなく地獄の入り口だった。


「あ!」


 そしてついに地獄から。

 無数の光の竜が地面めがけて駆け下りてきた!

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