第65話:魔王様、怒りの呟き

「うん、『幼女作戦』大成功だ!」


 がっくしと膝を付くあたしを見下ろして、コウエさんがサイテーな作戦名を自慢げに披露してくる。


「てかアレって完全に死亡フラグじゃねーか」


 そんなコウエさんにドエルフさんが呆れかえってツッコミを入れる。

 

「それでいいんだよ。むしろ死亡フラグって分かってるからこそ、みんなも死んでたまるかと不用意な行動は取れなくなるだろ。ドラコ君、グッジョブだ」

「コウエ、人の子の分際で高貴なわらわの頭を撫でるでない」


 ドラコちゃんが憮然と尻尾をバスンと地面に叩きつけた。


「それは申し訳ない。それはそうとキィ君は一体何しに来たんだ?」

「いや、何しにって、そりゃあ」


 邪魔しにきました、とはさすがに言えない。

 仮に言ったとしても、この状況では大笑いされるのがオチだ。


「…………」


 沈黙は金だよ、ふふん。


「なんだこいつ、今更だんまり決め込んだぞ?」

「キィ、もう手遅れのようじゃぞ」


 見るがよいとドラコちゃんが顎をふいっと動かす。

 指し示す方向を目で追ってみると……なんだ? 何もない空中に戦う魔王様たちの姿が映し出されているぞ?

 

「俺のパーソナルスキル・千里眼オペレータービジョンだ。まぁ、千里眼と言っても、見ることが出来るのはせいぜい二、三百メートルぐらい先までなんだがな」


 あ、解説ありがとうございます、コウエさん。

 って、そうじゃない!

 ご丁寧に説明してくれたから、思わずお礼を言いそうになってしまったじゃないかっ。


「『黒虹』と『飛輝』の人数が減ってきたな。これらを統合し、空いたところに控えの『伽羅』たちを前進させよう」


 ああ、なんてこったい。この能力を使って、離れていながらも戦況を掌握していたのかっ!


『黒虹部隊と、飛輝部隊に通達! そろそろ人数が厳しくなってきたから、ポイント03に合流しろ。続いて伽羅部隊に命令。ポイント12に前進!』


 そして指令を伝えるのは、さほど大きくない体つきには不似合いな大声を持つドエルフさん。

 

「大声ってバカか、お前は? これは神の声ゴッドボイスという立派なパーソナルスキルだ!」


 って、なんであたしの考えていることが分かるし!?


「いや、キィよ、さっきから考えていることが思いっきり顔に出ておるぞ?」

「マジですかっ!?」


 ええい、この顔め! 修正してやるっ!

 

 と、自分で自分の顔を殴っても痛いだけなのでやめた。

 それよりも今は千里眼で映し出された魔王様の様子の方が気になる。


 相変わらず、勇者様とその他攻撃部隊の波状攻撃が続いていた。

 だけど、さっきと比べて魔王様の苦戦は明らかだ。

 それまで勇者様にはともかく、攻撃部隊の攻撃には上手く魔法をあわせていた。おかげで一度のアタックで一人や二人を確実に屠り去っていたのに、今はひたすら回避に専念している。


 魔王様が早くも疲れてきた?

 ううん、そんなことはないはず。以前に虹の頂で勇者様と何度も戦ったけど、中には十時間近く動き回っていたこともある。

 それでもピンピンしていた魔王様だ。確かに休む暇がないのは辛いけど、こんなに早くスタミナ切れなわけがない。

 

 となると、考えられるのはむしろ逆。

 今、勇者様たちが『派手に行こうぜ』状態なんだ……誰かさんのせいで。


「ん、なんか魔王が呟いてねーか? おい、コウエ、ちょっと魔王の口元をアップしてみろ」


 ドエルフさんの要望に応じて、コウエさんが片手をかざすと画面が魔王様の口元に寄った。

 おおっ、ホントだ。魔王様の口元、なんかもごもごとゆっくり動いてる。

 しばらく見ていたけれど、どうやら四文字を繰り返しているらしい。

 えーと、なになに。

 

「キ」


 最初の言葉をドラコちゃんが解読。


「コ」


 続いてドエルフさん。


「ロス」


 最後の二文字はコウエさん。

 

「キコロス!」


 纏めは、ひとり読唇術が仕えないあたしが務めさせていただいた。


「ところで、キコロスってなに?」


 うん、聞いたこともない言葉だ。

 あえて言うなら、語感的に太古の神様の名前っぽい。けど、今それを繰り返す必要なんてないよなぁ。


「いやいやキィよ、『キ』は『キィ』なんじゃねーか?」


「ああ、なるほど」


 となると『キコロス』は『キィコロス』となる……わけ……で……。


『キィ、殺す!』


「ひぃぃぃぃぃぃぃ、怒ってる! 怒ってらっしゃる! ってか、なんであたしが邪魔するのを失敗して、それどころか敵の士気をあげちゃったって知ってるし?」

「やっぱり邪魔しに来たんだね、キィ君」


 ……あ。


「まぁ、どうせそんなことだろうと思ってはいたけど、こうも間抜けだとなにやら魔王の罠なのではないかと疑いたくなるね」


 ううっ、マヌケって。コウエさん、酷い。


「とりあえず捕まえておけばいいんじゃねーか。いざって時にはこいつを人質に交渉のひとつやふたつできるかもしんねぇぜ?」


 おおう。失敗をやらかしたっていうのに、さらに人質になって魔王様に迷惑なんてかけられない! 早く逃げなければ!

 って、あれ?

 なんだ? 足がまるで地面に張り付いたように動かない……。


「交渉に使えるかどうかは分からないけど、普通に戦ったら虹色スライム以上の回避能力とハヅキから聞かされているからな。囮に使われてこちらを混乱させられても困る。戦いが終わるまで、ここで大人しくてもらうか」


 むぎゅっと。

 足だけじゃなくて、今度は腕ごと体が突然縛られた。

 よーく目を凝らしてみると、なにやら光っている縄みたいなのが私の体に巻きついている。

 こ、これって、勇者様が魔王様にやられた魔法束縛糸マジックバインド!?


「ふんぬー!」


 腕に力を入れて、ぶち切ろうとする。


 当然だけど、無理でした。

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