第64話:ディープスロートぽんこつメイド

 勇者様たちの作戦は単純明快だった。

 勇者様と複数の攻撃部隊による途切れることのない連続攻撃で、魔王様に一切の反撃を許さない。

 さらに勇者様にだけ武装強化の呪文を施し、勇者様のパーソナルスキル・一撃必殺キラータイトルのポイントを稼いで、あとはひたすら発動を待つ。

 

 と、言うのは簡単。でも、実際に実行するとなると、連携の指示など難しい問題も多い。

 それらを一手に引き受けているのが、魔王様が睨みつけた部隊だった。


「よーし、分かりました。じゃああたしがあの人たちをなんとかしてきましょう!」

「おい、キィよ、待つが良い。なんとかってどうするつもりなのだ?」

「なーに、あたしだって魔族になったんです。必殺技のひとつやふたつぐらいあるでしょ?」


 そりゃあもう、魔王様直々の、文字通り「魔改造」を施されたのだ。

 目から稲光疾走サンダーボルト、口から炎石襲来メテオファールぐらい放ててもおかしくないだろう。

 ふっ、我ながら恐ろしい。やりすぎて命を奪わないように気をつけなければ。

 

「いや、そんなものは無いが?」

「無いの!?」

「ああ」

「これっぽっちも?」

「うむ。必殺技どころか、ステータスも人間の頃から一切変わってはおらぬ」


 ええっ!? マジで?


「じゃ、じゃあこのツノは? この大袈裟なツノは一体何? いざって時に放り投げると、しゅぱぱぱぱーんって感じで周りの敵の首を次々と刎ね飛ばして手元に戻ってくるんじゃないの?」

「……キィよ、普段はのほほんとしておるくせに、えらく物騒な妄想をするでない」


 そんなことをのたまいながら、またまた襲い掛かってきた冒険者の頭を吹き飛ばした魔王様に言われたくないやいっ!


 ……はぁ、でも、ないのかぁ、必殺技。

 魔族になったんだから当然あるだろうと、密かに楽しみにしてたんだけどなぁ。


「分かったであろう、キィ。だからどこか安全なところで」

「でも! それでも何かあたしにも出来ることがあるかもしれないじゃないですかっ!」


 そうだっ、こんなことで諦めない。諦めるわけにはいかないぞっ。

 なんせあたしは相手に気付かれることなく近づける秘策がある。

 きっとなんとかなるはずだ!


「ほ、ほら、必殺技なんてなくてもハタキで脇をこちょこちょしてやれば、相手も指令を出すどころじゃないでしょ!?」


 万が一、私の行為がバレたら相手からどんな酷い反撃を食らうかは考えない、考えない、考えたくないー。


「何やら途端にヤケクソ気味になったな?」

「誰のせいですかっ! 誰の!」


 もういい、とにかく行ってきます! だから魔王様、例の秘術を……。


「あ、ちなみに言っておくが」

「……なんですか、止めても無駄ですよ?」


 今のあたしの決意は花崗岩並に硬い。


「いや、キィの決意は金剛石のように硬いであろうから止めはせぬが……ただ、もしや余の認識不能ステルスをアテにしておるのであれば、アレは使えぬぞ。既に認識された状態で、姿を消すなんて出来るはずもないからな」


 ……えっ!?


「さらに言えば、今のお前は人間の攻撃が有効な魔族。下手に反撃を食らって、あっさりお陀仏なんてことにならぬよう気をつけるのだ」


 ……ええっ!?


「まぁ、回避能力に優れておるから、めったなことはないと思うが……くれぐれも用心するように」

「ちょ、ちょっと魔王様!」


 さっきまで引き止めていたくせに、なんで「どうぞ、どうぞ」な状態になってるんですかっ!




「あ、どーもドーモ」 


 魔王様から離れ、ひとり指令部隊へと向かうあたし。

 しかし、そのためには魔王様を取り囲む、幾つかの攻撃部隊の間を通り抜けないといけない。

 無益な戦闘はなるべく避けねば。


 ってことで。


「あー、すみません、ちょっと通らせてもらいますよっと」


 姿を消すこともできないあたしはへこへこと必要以上に頭を下げながら、難所を潜り抜けることにした。


「おい、なんか、変な魔物モドキが通り過ぎるんだが、いいのかアレ?」

「ああ、ハヅキのとこのメイドだろ? なんでも魔王に捕まって魔物にされちまったとかいう」

「しかし、今回の大戦に魔王が唯一連れてきたんだ、結構強いんじゃないか?」

「んなわけねぇだろ。見てみろよ、あの姿」

「うん、きっと単なる魔王のペットだね」

「魔王のペットって……ごくり……つまりはそういうことか!?」

「ああ、多分もう魔王なしでは生きてはいけない身体になっちまったんだ」


 おいおい、戦場でなんてピンクな妄想を膨らましてるんだ、この人たちは!

 うう、一発どついてやりたいっ。


「お、なんか顔を赤くしてるぞ。俺たちに見られて恥ずかしがってるのかな?」


 しかも怒りのバーニングレッドと、恥じらいのサクラピンクの区別もつかないらしい。

 あたしにとって都合はいいけれど、この人、絶対ドーテーだ!


「結構可愛いじゃん。魔王、いい趣味してるよ」

「そーかー? 中途半端じゃね? 俺としてはむしろドラコちゃんの方がいいな」

「おい、ドラコちゃんなんて軽々しく呼ぶな! ドラコ様と敬え!」

「ドラコ様万歳! ロリ万歳!」


 あたしが通り過ぎても、ロリ患者のシュプレヒコールは続いていた。

 開始早々の鮮やかな連携に、勇者様たちの軍団が強固な一枚岩のように感じたけれど、どうやら案外そうでもないらしい。

 中にはこんな乱れた、乱れきった集団もいるようだ。


 まぁ、でも今回はたまたま運が良かっただけなのかも。

 目的の指令部隊まで、この手の難所がまだふたつほど残っている。

 あたしはそのまま相手を油断させるべく顔を緩めつつも、気はしっかりと引き締めた……のだけれど。


「ロリよ、永遠なれ!」

「ドラコ様に永久の忠誠を!」


 他の部隊も総じてこんな感じだった。

 あー、病んでる、病みまくりだよっ! この人たち怖いっ!

 そんなもんだから。

 

「コウエさん! 部隊にロリコン病が蔓延してますよっ!」

 指令部隊に辿り着いた時、あたしは隠密行動も不意打ちも忘れて、この戦いの指揮を振るうコウエさんに全力で訴えていた。

 

 あ、と言っても別にロリコン軍団の狂気に圧倒されたわけじゃないぞ。

「あんたらの軍団、みんな変態ばっかじゃん! へへーん」とバカにしてやって、相手の動揺と仲間への猜疑心を産み出し、指令系統を混乱させようという極めて高度な攪乱作戦なのだっ。


 なのにコウエさんったら動揺どころか、ニヤリと笑って。


「そうか、よし、ではここでもう一押ししよう」


 と、隣にいたドラコちゃんを呼び寄せて、何か耳打ちをする。

 ドラコちゃんは露骨に嫌そうな顔をしたものの、渋々ドエルフさんのところへ行って


『あー、あー、アリスローズなのじゃ! おまえら、この戦闘に勝てば抽選で一名様とご褒美デートしてやるぞ』


 例の天の声を戦場に響き渡らせた。


 次の瞬間。


 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 

 地だけじゃなく、天すらも震わせるほどの大歓声が戦場を包み込む。

 あたしにも伝わってくる、冒険者たちの迸るアドレナリン。

 分かる、分かるぞ、これは……


「ごめん、魔王様。相手の士気、高めちゃった」


 思わず呟いちゃうぐらいの、大失敗だった。

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