第63話:勇者様たちの作戦

 戦争が始まる――。

 

 勇者様たちの目的は、魔王様を倒して手に入る賞金一千万。

 それを山分けし自分たちの取り分を、勇者様は学園祭につぎ込んで大失敗の分を取り戻そうという魂胆だ。

 

 集まった冒険者は勇者様たちと同じ学校に通う仲間428名と、教鞭を振るう先生5名。

 さらにコウエさんとニトロさんら従来のプレイヤー約200名を加えた、総勢600名を超える大軍団である。

 

 そしてこれらを迎え撃つは無敵の魔王様と、その片腕とも懐刀とも呼ばれるあたし、キィ・ハレスわわわわわっ!


「キィよ、いつまでぼけっと突っ立っておる。ここにいては巻き添えをくらう、早くどこかへ隠れておるのだ」


 ちょ、ちょっと魔王様っ、人がせっかく格好良く名乗りを上げようとしているのに、あたしの頭をむんずと掴んで放り投げないでぇぇぇぇ。

 

「なんだ、キィを魔族にしたんだから、何かを手伝わせるつもりだと思ってたのに。使わないのか、魔王?」

「無論であろう。キィに助けてもらおうと考えるほど余は落ちぶれてはおらぬ」

「ああ、それは分かる」


 戦いの幕は切って降ろされたというのに、お互いに笑いあう魔王様と勇者様。

 ちょっと緊張感がなさすぎじゃないですかね? っていうか、勇者様っ!


「あたしを盾にしたり、魔法束縛糸マジックバインドを解いてくれと泣いて頼んだ人が、何が『それは分かる』だぁ!!!!!」

「うぉ、キィ! 貴様、一体何をする?」


 ぽーんと放り投げ出されたあたしは空中で一回転し、軽やかに地面に着地。

 すかさずダッシュでふたりの元へと戻ると、勢いのまま勇者様にとび蹴りを食らわしてやったわっ!

 

「まったく調子に乗りすぎですよ、勇者様! って、今は勇者様なんてどーでもいいや。それよりも魔王様!」

「キィよ、何故に戻ってきた?」


 あうっ。なんか魔王様が冷たいっ。

 でも、負けるもんかっ!


「あ、あたしだって戦います!」

「戦う? なにゆえに? キィに奴らと戦う理由なぞなかろう」

「そ、それは……でも、それを言ったらホントは魔王様だって!」


 そう、魔王様だって本当は戦う理由なんてこれっぽっちもないんだ。

 

「否。余は魔王である」


 だけど魔王様はあっさりとそれを否定した。


「余は魔王としての責務を全うする義務がある」


 ……ホント、なんて不器用なんだ、この人は。

 でも、それを言ったらあたしだって……。

 

 正直に告白すれば、あたしだって結構悩んだんだ。

 失敗した学園祭を今度こそ成功させたいって勇者様たちの気持ちはわかる。応援もしてあげたい。

 それに魔王様が倒されたら、あたしたちは、あたしたちたちの世界は生き残れるんだって、ちっとも考えなかったかと言えばウソになる。

 

 だけど。

 けれども!

 あたしは、こんな魔王様だからこそ、言わずにはいられなかったっ!

 

「だったらあたしは魔王様のしもべです。ご主人様がピンチなのに、隠れて黙って見ているわけにはいきませんっ!」


 ええ、面白半分で育て上げたり、怪しさ爆発な宝物の開封をさせたりする人のピンチは黙って見守りますけどねっ!

 

「まったく頑固なヤツであるな。余が敗れた時には勇者に返せねばならぬから連れてきただけだというのに……」


 それが本心なのか、それとも魔王様なりの照れなのかは、結局最後まで分からなかった。

 何故なら話を続けようとしたところに、突然勇者様の剣が炎に包まれて、あたしたちの会話は中断せざるをえなくなったからだ。


武装強化エンチャントウ《《》ェポン》確認。続いて神足召還クイックムーブ詠唱完了まで、あと二秒』


 続いてドエルフさんの声が戦場全体に響き渡る。


 な、なんだ、これ?

 とんでもなく大きな声……どころじゃない。

 まるで天高くから声が降り注ぐような、不思議な感じだ。


 と、驚いている暇もなく、今度は勇者様の足元から旋風が巻き起こった。

 

「そりゃああああああ!!」


 風の波に乗るように、勇者様が地面を滑って、あっという間に魔王様の懐深くへ飛び込む。


「うおりゃあああ!!」


 そして剣を鞘から抜き取る勢いで、一気に下から斜め上へと跳ね上げた。

 炎の赤い軌跡が、空間を真っ二つに切断する。


「おおっ!?」


 魔王様の表情に一瞬苦戦の色が浮かんだ。


『勇者攻撃終了。離脱と同時に攻撃部隊は前へ』


「よっしゃ、どけどけどけどけどけぇぇぇぇぇい!」


 再びドエルフさんの声が天から降り注いだかと思うと、今度は土煙を上げて女闘士が魔王様の死角から突っ込んでくる。

 

 先ほどの勇者様が滑空するように接近したのとは異なり、こちらはまるで獣みたく全身のバネで地面を蹴り上げて魔王様に拳を突き出した。

 

「おら! おらっ! どっせいぃ!」

「おおおっ!?」


 魔王様のボディに二発の正拳、続いて流れるような動きで魔王様の頭をめがけて水車蹴りを繰り出す女闘士……って、よく見れば、イサミさん!?

 す、すごいよ、イサミさんっ。ダメージはそれほどでもないみたいだけど、魔王様がこんなまともに攻撃を喰らったのって初めて見たっ!

 

「うおおおおっ、やったーっ!」

「いける! いけるぞ!」


 イサミさんの攻撃に、一呼吸遅れて飛び込んできた冒険者たちも気勢を上げて、それぞれの得物を打ち込んでくる。

 が、そこはさすがに魔王様。イサミさんの攻撃に驚きこそすれ、動揺は微塵もない。

 冷静に攻撃を避けたり、いなしたりして簡単に当てさせない。


『武装強化詠唱開始。勇者スタンバイ……って、おい、やめろっ! 深追いすんじゃねぇ!』


「ちっ、まだまだ!」


 ドエルフさんが叫ぶのを無視して、戦士の一人が打ち下ろした大剣を跳ね上げて、その暴力的な顎を魔王様に向けた。

 でも。


「まずはひとり」

「あ?」


 あっという間だった。

 魔王様が魔力を凝縮した片手を上げて、襲い掛かってくる戦士にかざす。

 たったそれだけのことで魔王様の命を狙った大剣が、主人の手元を離れ空中でくるくると回り、やがて地面にぐさりと突き刺さる。

 その横。先ほど襲い掛かった戦士が首から上を吹き飛ばされて、地面に大の字になって横たわっていた。


「うっわー、エグいなー」


『くっそ、おいおまえら、一撃を与えたらすぐに離脱しろ! 作戦どおりにやれ!』


 あっけなくやられた戦士の姿と、ドエルフさんの怒り狂った声に、襲い掛かってきた冒険者たちはさっきまでの興奮がウソのように魔王様から距離を取った。

 

「おりゃああ! 次はまた俺の番だっ!」


 でも、だからって勇者様たちの攻撃は止まらない。

 退避する攻撃部隊を追撃しようと呪文の詠唱に入る魔王様に、先ほど一撃を与えた後に離脱したはずの勇者様が、突如として現われ襲い掛かってきた。

 

「なるほど! 退く輩の影に潜んで余に近付いてきたかっ!?」

「ああ、以前の俺と思って油断してたら、あっという間に終わらせちまうぜ、魔王よっ!」


 燃え盛る炎を携えた剣と共に突っ込んできた勇者様は、素早い三連突きを魔王様にお見舞いする。

 って、あれ? 

 三回目の突き、ちょっと剣の色が変化したような……。


「なんとっ!? 武装強化エンチャントウェポンの効果が切れるタイミングを見計らい、すかさず次の武装強化を成立させたかっ!?」


 ええええ? それってちょっと無茶苦茶じゃないですか? 

 だって、今の、二回目と三回目の突きの間ってコンマ数秒しかないですよ?


 ちなみにこれの何が無茶苦茶かというと、武装強化とか能力向上などの付与魔術は、同じものを重ねがけ出来ないようになってる。

 だから効果を持続させようと思ったら、予め掛かっている付与魔術が切れてから改めてもう一度付与するしかない。

 ただし詠唱と魔法執行にも微妙なタイムラグがある。それを踏まえたうえでわずかコンマ数秒のタイミングで継続を成立させるなんて、奇跡以外の何物でもないんだ。

 でも、それを勇者様たちは狙ってやったと魔王様は断言するわけで……。

 うん、最終決戦ながらハチャメチャすぎる。

 

「そうか。見事だ……見事な作戦だぞ」


 そして勇者様の攻撃を凌いでも、休む間もなく先ほどとは別の攻撃部隊のアタックに晒される魔王様が見つめる先に――。

 幾重にも折り重なる魔王様包囲網のちょうど真ん中あたりに、この戦略の要となる人物――コウエさんとドエルフさんがいた。

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